第9話 ドックタグ

しばらくして、部屋の扉に軽いノックの音が響いた。女性使用人の高い声が続く


「お申し付け通りお風呂と着替えが終わりましたので、娘を連れて参りました。」

「開けて、連れてこい。」

ロビンが短くそう答えた


大きめの茶色い木目のドアが静かに開けられて、使用人に背中を強く押された少女が転がるように部屋に入り、使用人がそれに続いて頭を下げる


ずずよごれた布切れの服から一転、若草色のワンピースを着せられた少女は居心地悪そうに棒立ちになったまま服の端をぎゅっと握りしめてそわそわと腰が引けながらうつむいている


ロビンは少女を頭の上から足の先まで黙ってじろりと観察し冷徹な口調で娘に言い放つ

「お前、名前は?」



娘はロビンの気迫に気圧されたのか、唇を少し動かしてしかし何も声を発することなく手をさらに握りしめるばかりだ


「おい、聞いてるのか!」

カッと怒りに顔を歪め立ち上がって掴みかかろうとするのをラドルフが優しく制止する

「ロビン様はあなたにお声をかけていますよ。いつまでもだんまりですか。」


少女はおずおずと口を開き、虫の羽音のように弱弱しく言葉をつむいだ

「・・・ナです。」

「あん?」

ロビンは聞き取れない声にさらに腹をたたせる

「リィナ、です。」

少女は今度ははっきりとした口調でそう答えた


ロビンは口元の端をくいっとあげて

「リィナだな。よし、」

ポケットから銀色に光る小さなプレートを取り出して親指ほどの大きさの板にそっと触れる


ただの板だったそれにロビンが手を触れた途端、濃い青色の光りを一瞬にじませた銀のプレートに『リィナ』と刻まれた

同時に上部に丸い小さな穴が開き、そこに数珠状になった同色のチェーンを通していく


ロビンはゆっくりとリィナに近づいて首の周りにそれをパチンと留めた

小さな金属音が響き、固く冷たい枷がリィナの細い首にしっかりと巻かれた


「これは俺の魔力を付与したお前のドックタグだ。これが首についてる限りどこに逃げてもお前の位置が手に取るように分かる。もちろん俺の手でないと外すこともできない。リィナといったな。お前は俺の所有物だ。妹としてここにおいてやるから骨の髄まで俺に尽くせよ。」


にたりと不敵に笑う少年の顔は新しい玩具を手に入れたときのように嬉々とし、しかし目は冷たい


リィナは自分より背の高い少年に見下ろされガクガグと震えながら、言葉の意味もほとんど理解できず、ただ自分はもうここから逃げられないのだということだけを理解して「はい」と返すことしかできなかった


誰かが使っていたのだろう、女の子の部屋らしいピンクやフリルで装飾された部屋に案内され、ひとまず贅沢そうなベットに身体を横たえてみたものの

彼の持つ威圧的なオーラと底なしの冷たさに圧されリィナは彼の部屋を去ったあとも心臓がバクバクと跳ね続けた


魔王・・・と言ったか。彼は。


どうして私を殺さなかったのだろうか。どうして妹にするなどと彼は言ったのだろう


考えても考えても分からないことだらけで、深かった夜の闇はいつの間にか白んでゆく

大きな窓から見える街は黒い煙があちらこちらから上がっていて煙の切れ間から見える家屋はそのほとんどが焼け落ちて黒くなりうずくまっている


父は、母は、兄は、助かっただろうか

私を心配してくれているだろうか

それとも、


いつまでたっても頭の中はどんよりと曇ったまま。晴れ間の一線すらもみあたらない厚く黒い雲に覆われて虚無感ばかりが広がっていく


朝を知らせる高い陽が窓から差し込んで、リィナは重い体をゆっくりと起こした

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