魔王の妹になった新生活は姫待遇

第8話 少女を何に利用するか

 白い服の青年は使用人として使役している女性の魔物にリィナを引き渡し、風呂に入れ着替えさせるように指示をした

 自身は次期魔王であるロビンの元へ向かう


 城の中は豪奢ではないが綺麗に磨き上げられて整理整頓が整っている。魔物のうちの何人かを使用人として雇いつつ魔王やその家族のサポートを担う

 彼ーラドルフはそのうちのひとりだ


 白を基調とした壁と鮮やかな黒地に金のふちが入れられた柔らかい絨毯が廊下中に貼られ、壁にはめられた大きな窓からは大きな月の光が燦然と降り注ぎあたりを照らした


 彼は慣れた足取りで廊下を進みある部屋の前で立ち止まった

 茶色の大きな扉を軽くノックし、中にいる人に声をかける

 「ロビン様、少しお尋ねしたいことがあり参りました。」

 「なんだ。入れ。」


 扉をひいて中へ入ると、机に向かう少年ーロビンは、分厚い魔導書を片手にペンを握っていた


 大人が3人寝てもまだ十分に余裕があるほど大きなベットと、しっかりした作りの机があるだけのロビンの簡素な装飾の部屋を本人はごちゃごちゃしていなくていいと言って気に入っている


 「どうして、あの娘をこちらへ?あれは人の娘ですよ。我々を辺境に追いやって街の中心でのさばっている、人は我々にとって敵となる存在。なぜ殺してしまわなかったのですか。」

 ラドルフはそう、ロビンの背に向かって投げかけた


 ロビンはあくせくと動かしていた手をぴたりと止めてラドルフの方へ向き直る

 「ラドルフは姉さまが人に殺された時のことを覚えているか?」

 「えぇ、それはもちろん。」




今から3年前、まだロビンが幼かったころ、人の奇襲が城を襲って我々は一目散に駆けだした

もうすでにロビンの側付きを担っていたラドルフは小さな彼を抱えたまま、かばって戦うのは不利だと判断し森にじっと息を殺して潜んで敵が去って行くのを待っていた


喧騒が徐々に近づいて、聞き慣れた甲高い叫び声と男の野太い声がまじりあいながらこちらへ向かってやってくる

声の主はロビンの姉と人の剣士であった


姉さまが目に涙を浮かべ必死に首を振りながら、どうにかその手から逃れようとするのをロビンとラドルフは木の陰から見ていたのだ

助太刀に飛び込まんとするロビンの身体をラドルフは必死になって押さえつけ


「いけません。今向かわれてはあなたまで犠牲になってしまう。どうか、どうか、お静かにここで敵が引くのをお待ちください。」

「でも、でも姉さまが・・・」


相手は屈強そうな男ふたり。いや、後から何十人もの敵が先頭を切って姉さまを追うふたりに続いて来ている

ここまで秘密裏に逃げのびてきたというのに、戦闘に出てしまっては全ては水の泡

戦火が位置を示し更なる応援が駆けつけるだろう


ラドルフはロビンを必死に抱きこみながらゆっくりと首を横に振った


人に追われたロビンの姉がついに人の手に捕らえられ、今まさに首元へ刃を突き立てられようとしているのを白い月の光が鮮明に照らしていた


「お願い。殺さないで。お願いします。」


瞳から涙をこぼしながら、必死に男へ懇願する


けれど彼女の願いは届かずに、刃がのどを貫いた

短く低い悲鳴の後で、彼女の首がごどりと力なく垂れる


男たちは姉の亡骸を荷物のように肩に掛けてその場を去って行った




「あのときと同じだったんだ。姉さまが最後にあいつらに頼んでた、その言葉と同じことをあいつが言った。『お願い。殺さないで。お願いします。』って。このまま殺したら、俺もあのときの奴らと同じになるのかと思って、それで興が冷めた。」


そう語ったロビンの瞳は悲しい過去を思い出してゆっくりと床に落ちる

何事にも臆さず、何にも恐れを成さない、飄々とした態度で悠然と歩む彼の中に大きく深く沈む傷跡は身体の中に残った弾丸のように彼の中にしっかりと残って消えることは無い


大きな窓から差し込む青白い月の光りがロビンの右側を静かに照らし、後悔と無念がまじりあって暗く落ちる彼の横顔をラドルフもまた胸がえぐられる思いで静かに見つめた


「それに、囮か潜入捜査か、まだ分からないが何かに利用できるかもしれないだろう。首を刎ねるのはいつだっていい。」

「なるほど。確かにそういわれてみれば利用価値があるかもしれない。」

ラドルフはロビンの言葉に大きくうなずいた

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