第11話 魔王との新しい生活

窓ふきが終わったら洗濯だろうか、それと、部屋の掃除に皿洗い、日が傾くまで使用人の仕事はたっぷりとあるがそれでも、高級そうな衣服と寝室の代金は何日働けば返せるのだろうかと気が遠くなってため息が出る


このまま夢が叶えばよかったのに。たとえ魔族の城だって構わない。お姫様になってみたかった


「あ・・・」

と廊下の奥で手を動かしていた使用人の女性が声をあげ、間髪入れずに

「おはようございます。ロビン様。」


女性は廊下の端で腰を折り、昨夜リィナの首にドックタグを巻き付けた少年は女性の前を悠然と歩く


「うん。おはよう。シャーロット。」

短く返事を帰したロビンは窓を吹いているリィナを見るや否や、ダッと走って近づくと

「てめぇ、何してんだよ。」

と低い声で唸り、刺すような鋭い目でリィナを睨む


「え・・・あの、お仕事を。」

リィナは全身を震わせながらなんとかそれだけロビンに返した

「そういうのはこいつらの仕事だ。お前はこっちにこい。」

ぐいっと強く腕を掴まれ、引きずられるようにして廊下を進む。柔らかい絨毯がびっしりとひかれた廊下をロビンは強く足音を鳴らしながら迷いなく先へと進んだ


「あの、どちらへ。」

リィナは腕を強く握られたままロビンに引っ張られ、顔をしかめながら彼に尋ねた


「朝飯。」

「あ・・・あさめし・・・ですか。い、いたっ・・・。」

ロビンに掴まれた腕がしびれるほど痛くてリィナは思わず声に出してしまう


「あん?」

ロビンはリィナが涙目になりながら強く掴んだ腕を苦悶の表情でじぃと見ているのに気が付いて、掴んでいた手を離す

「あ・・・ありがとう、ございます。」

リィナは腕を少しさすりながらロビンに礼を添えた


ロビンは少し視線を泳がせて、何か言いかけたが口を少しもぞもぞと動かしただけで言葉にはせず

「ついて来いよ。」

と言い捨ててリィナの半歩前をすたすたと歩き出した


大股で悠然と歩くロビンは一度も振り返ることなく颯爽と行ってしまうので、リィナは彼の背中を必死に追った

彼は深い茶色の大きなドアの前で足を止め、ドンと扉を突いて開ける


長い長方形のテーブルと仰々しいクッションと装飾のついた椅子が10脚ほど並べられた部屋は、白い壁紙が部屋全体に張られ、中央には豪華なシャンデリアが吊り下げられて部屋を温かみのあるオレンジ色で包み込んでいる


ドアが開けられた瞬間、食べ物の香ばしいにおいが漂い中で彼を待っていたのであろう使用人と、昨夜リィナを城へ案内してくれた白の礼服の彼が朝の挨拶とともに腰を折る


「おい、なにしてる。」

ドアの前で見たことの無い部屋の豪華さに圧倒され棒立ちになっているリィナへロビンが振り返って声を掛けた


「ふぇっ、すみません・・・。私も、入っていいのですか。」

「誰がそこで待てと言った。早く来い。」


机の上には白い皿に乗せられた、こんがりとした小麦色のロールパンがひとつとみずみずしい野菜のサラダボール、野菜の甘い香りが漂うスープがほのかに湯気をあげ、さらに鼻腔をくすぐった


「どうぞ。リィナ様。」

利用人らしい男性が椅子をひき、リィナを優しい笑顔を添えて待つ

「え・・・わたし・・・。」


こんな豪華な椅子に座らせていただいていいのだろうか

これもまたお金とられる?もしかして、これを食べたら一生馬車馬のように働かされるんじゃ・・・

どんでん返しが、どんでん返しがきっと待ってるはずだわ。


「お前は俺の妹だ。魔王の妹らしく、堂々としてろ。」

「妹・・・。魔王の・・・。」


リィナは昨夜のことをゆっくりと遡って思い出す。『お前を俺の妹にする』彼の言葉は本当だったのだ。彼の妹として、ここで暮らせとそう言っているのだろう


さっきの雑巾がけを怒って辞めさせたのも、綺麗なお洋服を着せていただいたのも、広くてふかふかのベットで寝かせてもらえたのもすべて。


「あの、どうして私を妹に?」

「なんだっていいだろ。せっかく作ってくれてんだ。温かいうちに早く食え。」

ロビンはサラダにフォークを突きさして、大口でそれを口の中に放り込んだ

「はい。いただきます。」


しゃきっとした野菜のみずみずしさ、外はかりっと、中はふわっと焼かれたロールパン、じっくりと野菜の甘みが引きだされた薄黄色の野菜スープ


どれをとってもほっぺが落ちるほど美味しくて、冷たく固いパンや薄いスープしか食べられなかったこれまでの生活とは大違いだ


「お、美味しいです。」

ほうとため息を漏らしながら、呟いたリィナの言葉を傍にいた使用人が拾って、にこりと笑う

「ありがとうございます。」


「じゃあ、俺は部屋に戻る。何か不都合があれば誰かに声をかけるといい。」

リィナより一足先に食事を終えたロビンはナフキンで口元をぬぐうとその場を立って、悠然と部屋を出て行ってしまった


とくに何を話すでもなく、かといってリィナに手を加えるわけでもなく

もう少し太らせてから食べようとかそういう計画なのだろうか。魔王って人間食べるのかな


だからこんな豪華な食事を。ああそうだ。きっとそうだ。絶対そうだ。


逃げられないようにドックタグもつけたし、逃げようと考えないように良い生活を与えて、満足し、洗脳されたところを、大口でぐばぁっといくんだ。あぁきっとそうに違いない。


ぐるぐるぐるぐると思考を巡らせながら、野菜をつついているリィナに昨夜の白い礼服の男が声をかけてきた


「リィナ様は今日どうされますか?」

「どう・・・って、なにも。それより、少し尋ねたいことがあるのですが」

「はい。ではのちほど、リィナ様のお部屋までお伺いいたします。」


彼は他の使用人たちと服装も違い、ロビンの傍にいることが多い。色素の薄い銀色の瞳は笑みを浮かべているようでいて、その奥は笑っていない


焼けた後の炭のように白い肌と、ウェーブのかかった真っ白な肩までほどの長さの髪は、黒の衣装が似合う魔王ロビン様とは対極の純白な妖艶さを放っている


どこか底抜けに冷たい雰囲気を漂わせる、氷の微笑みを持つ彼はロビンの側付きで、地位も高いのだろう。この男に聞いてみれば少し分かることがあるかもしれない

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