第59話 演技だったらどうしよう

リィナはベットから跳ね起きて、あたりを見回した

パステルピンクの壁紙と、淡いピンク色のひとり用にしては大きめなベット、ふかふかの枕に、いつも一緒に寝ていたお気に入りのくまさんのぬいぐるみ


なにひとつ変わっていない風景が心を落ち着かせ、やはりここが我が家だと感じさせてくれる

勇者の城で着せられていた窮屈なお姫様らしいドレスは、いつの間にか着慣れたパジャマへと替えてくれていて、おかげさまで私はぐっすりと眠りこけていたらしい


結婚してからはずっと、隣にライアンがいたからひとりで寝るのは久しぶりだ

気を遣わず、大になってぐーすか眠れるというのはなんとも幸せだなぁ、としみじみ・・・感じている場合ではなくて


部屋の扉を少し開け、外を覗くと私に気が付いた顔なじみのメイドたちが、ぱぁと顔を輝かせきゃいきゃいと騒ぎ出す

「リィナ様、お目覚めになられたのですね。おかえりなさいませ。」

「リィナ様、いつ帰って来られるのかと、首を長くしてお待ちしておりました。」


それはつまり、私の結婚破綻は予期されていたということだろうか

恋愛話をする独特の含み笑いをして互いの顔を見合わせながら

「起きたらすぐに呼ぶようにと、ロビン様に仰せつかっておりますので、リィナ様はもうしばらくお部屋でおまちください。」


彼女はウサギにでもルーツを持っていると言わんばかりに、ぴょこぴょこと嬉し気に跳ねながらロビンの仕事部屋のほうへと消えて行った


せっかく再会できたというのに、快適な空の旅が戦々恐々として詳しいことは何も聞けないまま今の今まできてしまった


どんな顔をして会えばいいんだろう


もしかして昨夜のお兄様の言葉と行動は、気まぐれか、もしくは強制的にライアンと離婚させるための狂言ではなかろうか

天にも舞い上がり、星の霞のさらに上まで飛竜しても届かないほど、心を躍らせたのは私だけで、その実、お兄様は演技と割り切って冷めきっていたら


私は、お兄様の告白に有頂天になってついうっかり本音をこぼしてしまったというのに

「リィナは妹だ。そんなわけないだろう。」なんて氷点下の眼差しで貫かれてしまったら

私は瞬間冷凍されて凍死してしまうかもしれない


今でもはっきりと一言一句たがえず、思い出すことが出来る

「リィナを愛している。」という言葉とそして、軽く触れた唇の温もり


思い出して身体の芯がかぁっと熱くなり、嬉しさと喜びで小刻みに体を震わせていたその時、扉をノックする音が聞こえた

「リィナ、俺だ。入ってもいいか。」

「は・・・は、はい。だいっ、大丈夫、です。」


緊張で顔を上げられず、おそらくゆでだこのように真っ赤になっている顔を必死で隠す


「強制的に気絶させてしまって悪かった。あんまりうるさいから、俺とラドルフの鼓膜がやられそうで。」

「すいません。」

「まぁ、元気そうで何よりだ。」

「あ・・・はい。」


ロビンは扉のすぐ前で立ったまま、一向にこちらへ近づいてこようとはしない

いつもなら、傍の椅子か私のベットの端に腰かけるのに、今日は少しも動く様子はなく対応もどこかよそよそしいような気がする


「あの・・・・。」

リィナが一歩近づくと、ロビンは一歩後退り、リィナと一定の距離を保つ


「私、なにか、しましたか?」

「いや、別に。」

「だって、全然傍にきてくれないから。」


リィナはしょんぼりと肩を落として、口をすぼませる


これじゃ、元の仲良し兄妹にすら戻れないよ

いっそ、夢のような幸せなんて味わわなければよかったのに

あれはやっぱりライアンと離婚させるための嘘で、本気で兄に恋をしていたのは私だけなんだよ


「発作が出ると、身体に悪いと思って。俺が傍にいると、苦しくなったりするんだろう。」

「え・・・・?あぁ・・・そういうことですか!」

リィナはぱぁぁっと顔を上げて輝くような笑顔を見せる


「では、私は嫌われたわけではないのですね!」

「えぇ?あぁ・・・うん。嫌うっていうか、その・・・。」

「『大事な妹』、ですか?」


リィナは期待を込めた眼差して、ロビンを見つめた

もしも「そうだ」と言われたら、全部、全部、全部諦めて、世界一の素敵な妹に全振りしてやるんだ


ロビンは妙な間を持たせ、言い出しづらそうに視線を逸らした


あぁ・・・・終わった。かもしれない

鼻の奥がツンと痛くなり、それと並行して目の前がぼやけだす

だめだ、泣いちゃだめ。困らせるだけなんだから


「・・・もう一度、リィナの気持ちを確認したい。俺はもうリィナのことを『妹』としては見れない。本当にリィナはそれでいいのか、俺には、あまり、自信がなくて。」

ロビンらしくない、歯切れの悪い物言いと、あちらこちらに泳ぐ視線。ほんのり桜色に染まっている頬と耳が、彼が魔王であることを忘れさせ、ただの健気な青年のようだった


「私はずっと、ロビン様のことを愛しています。昨夜のことも、とても嬉しかったです。私は貴方の妹ではなく、恋人になりたい。そう、思っています。」


ロビンはそれを聞き、緊張が一気に解けたようにふわりと笑った。照れくささをにじませるロビンの横顔が、あまりにも可愛らしくて

背伸びをして手を伸ばしても、絶対に届かないと諦めていた四葉のような奇跡の幸運が今そこにあるのだと知り、胸が熱く震えだす


「俺も、リィナと恋人になりたい。ずいぶん待たせてしまって、悪かったな。」

吹っ切れた笑みを見せて、ロビンはリィナの部屋を後にした





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魔王に溺愛されてる妹は、勇者と結婚します 紅雪 @Kaya-kazuha

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