魔王か勇者か
第52話 新たな結婚の形
あっという間に陽は落ち、星がちらほらと瞬き出すころ、涼しくなった風が部屋にひゅうっと流れて来ると同時、パステルグリーンの遮光カーテンが大きくはためいた
ライアンに連れられて自室へと戻ったリィナは大きく柔らかいソファに重い身体を預けながら、彼の本性を知ったショックと少しの安心感が胸に広がる
ショックはもちろん、彼が本当に私を愛していなかったこと
そして、自らの過ちで兄を危険にさらしてしまったことを猛省している
比重としては後者のほうがかなり大きく行き場のないため息をもう何十回と吐き出してはクッションに顔を埋めた
少しの安心感はライアンを愛さなくて良くなったことだ
胸に秘め続ける恋心をまた罪悪感なく燃やすことができる。私はなんて薄情な人間だろうとあきれ笑いながら、まだ一途に兄を想い続けていても良いのだと黄昏て、家から持ってきた洋服のにおいをくんと嗅いだ
家のにおいと、そして、荷造りを手伝ってくれた兄のにおいがうっすらと残る
この香りもやがて薄れてわからなくなってしまうだろうが、今はせめて肺一杯に大好きな人の香りを炊きこんでやろう
ぎゅうっと抱え込み抱きしめた洋服は、想像よりもはるかに兄の香りをしたためていたようで、まるでそばに立ってくれているかのような安心感がある
心なしか、外から流れて来る風にも兄の香りが混じっているような
いえ、決してそんなはずはないのだけれど
がらんとした部屋でひとり。ここに味方はいないのだと知って心細いのかもしれない
「ロビン・・・お兄様・・・。」
気持ちが溢れ言葉となって零れ落ちる
言いようのない淋しさと切なさが胸の中を占めて、これからの偽装夫婦生活を思い、ついぞ逃げ出したくなってしまいそうだ
「リィナー。」
そう、少し低くて、単調で、冷たい印象のある兄の声
はじめはそれがとても怖くて、いつ餌にされるのではと怯えていたけれど、彼の中の寂しさに触れ、運命を知って、ゆっくりと親愛へと変わっていった
今なら誰もいないのだからと、兄の香りのこもった洋服を胸の前でぎゅうっと抱きしめ、まさに恋人同士のハグのように「もう離したくないよ」と願いを込める
「リィナ。おい、いつまでも、何してる。」
照れくさそうに腕の中で身体をよじるんだろうなぁ。本気になれば私なんていつでも引きはがせるのにそうしないで、真っ赤な顔でそっぽ向いてたりなんかしちゃって
幾度となく花を咲かせた妄想の世界で、彼氏になったお兄様を想像し、ありえもしないのに恥ずかしがって身をくねらせた
「うへへ・・・いいなぁ・・・・。」
それで、そのあと・・・
ノリにのったリィナの妄想はとどまることなく、さらにその後の展開へと気持ちを募らせる
が、
どごっと脳天に衝撃が走った
ふぇ?
衝撃が起きた方向へ視線を上げるとそこには先ほど想像で抱きしめていたまさにその人が、額に青筋をひくひくと立てながら腰に手を当てて立っているではないか
「ロビンおにいさ・・・・むぅぅ・・・。」
彼の手のひらが口元に当てられ、顎のあたりに長い手指が添えられる
「でけぇ声で名前呼ぶ奴があるか。馬鹿が。」
近くで深い青の瞳がリィナの顔を覗きこんで、心配そうに揺れている
「ど・・・・さっきの、見てました?」
どうしてここに。の前に、心配事がひとつ。さっきのやり取りを終始見られていたのだとしたら、顔から火を出しながら、忘れてくださいと土下座しておけなければならない
「はぁ?平和な奴だな、お前は。」
平和じゃないんですってば。あんなの見られちゃったら一発アウトじゃないですか。ずっと隠してきたのに。いいえ、これからも隠し通して想い続けるつもりなんですから
良かった。勢いあまって「好きですー。」って叫んでなくって
一度、ラドルフに思いっきり聞かれてしまって、あえて無言で立ち去られたのは良い思い出だ
落ち込んだ気分のまま電気をつけずにいた自室に、ちらっと入ってくる月光に照らされた兄の横顔は曇りひとつない輝きを放ち、凍りかけていた私の心を一気に溶かしていった
リィナの様子にロビンは安心したのか、ゆっくりとリィナのすぐ隣へ腰を下ろした
「どうだ。あいつは。」
ロビンの瞳の奥で光る金色の瞳孔が本音を見透かすようで恐ろしい
「あ・・・、よくしていただいています。」
気まずさで視線を逸らしたリィナの言葉を、ロビンはそのままにとらえたのだろう
「そうか。なら、よかったな。」
そう言って口元を少しだけ緩ませる
「今日は、それを聞きに?」
風と共にやってきた彼は、また風に乗って消えていくのだろう
便りのないリィナを案じてここまで来てくれたことに感謝しつつ、春一番のようなしばしの再会に別れを感じ寂しさを覚えた
「リィナが幸せそうなら、遠くへ行こうと思ってな。」
「遠く・・・ですか?」
驚くリィナにロビンはうなずいて
「せっかくリィナからもらった自由だ。やりたかったこともひと段落したし、ゆっくり地方を回るのもいいかと思って。」
お兄様が遠くの方へ行ってしまう
決して気持ちが離れるわけではないのに、リィナは心にぽっかりと穴をあけられたような虚無を感じ、さぁと血の気が引いていくのを自分でも痛いほど感じた
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