魔王に溺愛されてる妹は、勇者と結婚します

紅雪

勇者との結婚話は突然に降ってきた

第1話 門出の日

大地までもが祝福するように澄んだ青空がどこまでも広がり、穏やかな春風が肌を撫でる


新緑の青葉が生えた芝の上、純白のドレスに身を包んだ私は今日、いつまでもいつまでも背を追いかけていた貴方に見送られここを去る


ずっと傍にいたいと思った

叶わなくとも貴方を追いかけていたいと願った

握ってくれた手はいつも少し冷たくて、それでも不器用にぎこちなく笑う貴方の横顔を見るのが好きで、これからも隣にいたいと誓った


貴方は一番近くて、一番遠い人

どんなに願っても手に入らない人


それでもいい。だって傍にいられるんだもの。

貴方といられればそれだけで幸せで、続柄なんてなんだって構わない

そう思っていたのに


それではいけないと気が付いたときにはもう手遅れで


私の背中に声をかけるの

一番好きな声で。一番聞きたくない言葉を。


「幸せにしてもらえよ。」


貴方の最後の一言に私は振り返って、最高の笑顔を浮かべて答えた

「はい。ロビンお兄様。」


でもね、やはり振り返るべきではなかった

最後に一目、もう一度、その顔を見たいと振り返って見えたのは最高の笑顔


天使と神父が舞い降りて同時に喜びを与えてくれたかのように柔らかくて優しくふわりと笑って、小さく手を振る貴方の姿


黒の礼服に身を包み、短髪が風で揺れている

深い青色の大きな瞳がまっすぐに私を捉えて、ほんのすこしだけ目尻を下げる


惹きこまれるように美しい深い海の青色が私を誘って底に沈めてはくれないだろうか。それとも呼吸さえも奪って貴方のものになれないだろうか。


例えこの身体が壊れても構わない。

優しさも温情も全て捨てて、貴方の手で思いっきり壊してくれて構わないから

私が使い物にならなくなるその日まで貴方の傍にいたかった。


晴天の清々しい日差しさえも降り注がない、毒々しくうっそうとした深い森に視線を戻す


この森を抜けたら、私はあの人の妻になってしまうの。大好きな貴方をひっそりと追いかけていられなくなるの。


柔らかい春風が一片たりとも吹かないじっとりと湿った森の中はどっさり葉を茂らせた木々がみっちりと猛っていて、さらに同じような景色ばかりが後も先も見渡す限り続いている


迷い込んだ人間はたちまち自分の向いている方向すらも分からなくなって酩酊するか、いつのまにか森に入った位置に戻ってきてしまう

けれど、通り慣れた私はまっすぐ前だけを見て街を目指し歩いた


落ちた葉を踏みしめるたびカサカサと葉が合わさる音がし、踏みしめる足元は土がじわりと湿っぽい


お兄様から頂いた純白のフレアワンピースが泥でにじむのも気にせずに、頭を空っぽにして前を見た


何か考えればすぐに帰りたくなってしまうから。

「お兄様の傍にいたい。」と言って困らせてしまうから。


どこかまがまがしい雰囲気を纏った森の中は獣の足音も虫の羽音も聞こえない

空を覆うほどの葉の茂みは太陽からの温かい日差しを完全に遮断し春先だというのにどこかひんやりとしていて冷たい


いつもなら森の出口を待ちわびて、気だるげに歩く兄の手をぎゅっとひき足早に歩くのに、今日はここに座ってうずくまってしまいたくなる。


せっかく丁寧に飾って貰ったのに。

お化粧も、髪形も、「綺麗だよ。」って言ってもらったのに、涙で見る影もないだろう。


純白のドレスで貴方の隣に立ちたかった

ずっとずっと貴方と笑っていたかった


森の出口から光りが差し込んで白んでいる

あそこを抜ければ街に出て、指定された場所で彼に会って婚姻を結ぶ


私は幸せな花嫁になるんだ

誰もがうらやむ騎士様との結婚。そして、彼の深い愛情を一身に受けて素敵な家庭を築く。


ようやく森は明け、柔らかな春の日差しが私を照らした

余りの明るさに少しだけ目を細め、街を眺めた


舗装されていない砂地の道を少し行けば賑やかな市があり、沢山の人が商売に訪れて珍しいものや生活に必要なものまで幅広く取りそろえている

赤や黄のテント張りの屋根が風にはためいて多くの人を吸い込んでいる


見慣れた明るい街並みは色とりどりの商品が所狭しと並べられていて、活気のある声がいつも高く響いているからここに来るたび心は踊り、気分が高揚するというのに

今日はモノクロにかすんだままだ


どこかぽつりと蚊帳の外にいるようで、何か取り残されたようで、心にぽかりと穴が開いて大事なものがほろほろと零れていってしまった


「リィナ様。こちらにいらっしゃいましたか。さぁ、馬車へ。」

大仰な鎧を纏った兵士風の男が仰々しく首を垂れて馬車へと誘った

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