第45話 ライアンの新たな一面

ライアンはリィナの目をしっかりと見て、説得するようにゆっくりと話しかけた

「リィナ、魔族というのは人に害をなす者たちなんだよ。リィナが優しいのはわかるけど、彼らは慈悲をかけるべき対象ではない。」


はっきりとそう言い切ったライアンにリィナは強く反論した

「そんなことないと思います。もちろん人間と同じように悪い考えを持った者もいます。けれど全てではありません。互いの誤解を解けばきっと、関係はうまくいくはずです。」


「ほぉ。それは、何か証明できるものでも、あるのかな。」

ライアンは意地の悪そうな笑いを浮かべ、リィナに問い詰めた


何か証明できるもの、は私自身、なのだけれど、正直に伝えるわけにもいかない

「えぇと、その・・・・。」

リィナは急に威勢を無くし、ばつの悪そうに言葉を濁した


「まぁいい。今夜はもう遅いし、リィナに免じてそれの処分は明日考えることにしよう。ひとまず地下の牢屋につないでおけ。」

「はい。」


軍服の男たちに囲まれたスラマンドは、足で小突かれながら転げるようにして牢屋へと連れられていった

リィナは彼が見えなくなるまで見送ったが、彼は途中、少しだけ振り返り何か言いたげに目くばせをしただけで、周りの者に阻まれ一言も言葉を発することは許されなかった


何もしてあげられなかったと肩を落とし、ベットに戻るリィナへライアンが強い口調で

「ずいぶんとあれに酔狂のようだけど、何か思い入れでもあるのか?あれか、それとも、魔族に。」

日頃の軽快な口調ではなく、重々しい槍が腹の中へ突き刺さるような威圧感のある言葉がリィナを貫いていく


「いえ、あの・・・・綺麗な花を育てているのを見かけて声をかけただけで、特別なものは何も・・・。」

「そうか。まぁ、魔族といっても見た目はただの爺さんだからな。この城にもいくつかそういう者がうろついている。飼いならしてはあるが、奴らは何をしでかすかわからん。十分注意して、何かするときは必ず誰かと一緒に動くようにしてくれ。」

「はい・・・。」


ライアンの魔物へ対する態度は、馬鹿正直でどこか抜けたところがあるような印象しかもっていなかったライアンの、別の恐ろしい一面を見たようで心の中へ冷たい風が吹き抜けた

もしも、私が魔王の妹だと知ったら、魔族と生活していたと知ったら、ライアンはどんな反応を見せるのだろう

それに、私の家族ともいえる魔族へ対し冷たい態度をとるライアンを心から愛することはできるのだろうか


「リィナ?顔が青いよ?少し、怖がらせてしまったかな。大丈夫、何があっても僕が守るから。心配しなくていいよ。そのために毎日鍛錬していると言っても過言ではないからね。」

にっこりわらって、おまけのウインクまでこぼし、安心させるようにリィナの肩を優しくぽんぽんと叩く


ふたりを照らす間接照明がほんのりと部屋を橙色に染め包み込んでいる


リィナはごくりと唾を飲み込んでから、ライアンへ声をかけた

「ライアンは、魔王を討伐したいと思ってるの?」


温かかった部屋に一瞬ピリリとした電流が走ったように空気がぐっと冷たくなった

ライアンはさきほどの笑顔を絶やさぬままリィナへ

「そうだね。それが勇者の責務だから。だけど、今はそれよりも、もっと大切なものがある。」

「大切なもの、って?」

「国民の平和と安寧。それと、リィナとの幸せな生活、かな。」


魔族への嫌悪感と態度、対応。そして、模範解答のようなライアンの返答が、リィナの腹の中で氷の塊のように疼く

ずんと冷たいものがのしかかるような、春の訪れから一気に冬へ引き戻されたような、苦い不安が口のなかへと広がっていった


ライアンの笑顔は本物だろうか

彼の本当の顔は?

私との結婚は純粋な愛情で結ばれたものなのだろうか


新月の夜にまたロビンお兄様のことを思い出し、身体の中の剣が喜びの声をあげかける

魔王城にいたころは身体の内側からいたるところを貫かれているような痛みと剣のしゃがれごえが頭のなかでわんわんと呻いて、気が狂いそうだった

けれどそれに比べれば今夜はずいぶんと静かだ

きっとロビンお兄様の傍から離れた効果だろう


ライアンに不信感を抱いたとして、魔王城に帰れるか?

いや、ロビンお兄様を襲う刃にこの身体がむしばまれていくのはもう時間の問題だ

彼の傍にいればいずれ、制御を失った身体が彼を襲い、傷つけるだろう

もしそれでお兄様が私を壊したのならそれでいい

だけど万が一そうでなかったら、恐ろしい結末を想像しリィナは頭を抱えた



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