第46話 ロビンの縁談

リィナが嫁ぎに出てから約一週間。積みあがった仕事もようやくひと段落し、魔王城のロビンはふわりとあくびをかます


少し前、山のように積みあがっていた書類の整理と処理を終わらせ、ずいぶん片付いた仕事部屋は趣のある茶色の机に、応接用のソファとガラス張りの机と簡素なもので、派手な装飾や色を好まないロビンには落ち着ける空間となっていた


ラドルフがさっき入れてくれた温かいブラックコーヒーをひとくち、口に運び、香りを楽しみながら飲み込んだ

ほのかな酸味と、後口に残る香ばしい苦味が口の中に広がり、せわしなく働いた身体に安らぎと気分転換を与えてくれる


「リィナ様が嫁がれて、1週間になりますね。どうですか。心境のほどは。」

ラドルフが書類に目を通しながら、ロビンに問いかけた

「何も、ない。」

心境と言われても、うまく言葉にできない感情が疼いてもやもやと胸の内に溜まっているだけだ。ロビンは言葉を濁すようにもうひとくち、コーヒーを口に運ぶ


「そうですか。では、縁談のお話でも進めましょう。」


ぶふっ‼

あわや、飲みかけたコーヒーを吹き出しそうになって寸でのところで食道へと流し込んだ


「げほっ・・・。急に何を言い出すのかと思った。驚かすなよ。」

「急ではありませんよ。ロビン様もよいお年頃です。聡明さ、地位、名声、経済力、端正なお顔立ち、なにをとっても文句ひとつありません。すぐにお相手は見つかると思いますよ。」

ラドルフがにこりとほほ笑む

嘘くさい張り付けたような笑顔だ。こういう笑顔を浮かべる時のラドルフは何か企んでいるときと決まっている


「魔王は代々、世襲制です。魔王様の血を受け継ぐ者をおつくりにならなければ、途絶えてしまいますよ。元気なうちに、さぁ、お早く。」

「なにが、元気なうちに、だ。結婚はまだ、考えてない。それに、俺の次なら、もう考えてある。」

「おや・・・どなたに?」

演技がかった驚き方を見せるラドルフへ、ロビンは大きなため息をひとつふぅと吐いて


「お前だ。ラドルフ。」

と続けた


ラドルフは一瞬驚いたように両目を見開いたがすぐに、恥じらうような笑みを浮かべて

「お子様がいないか、まだ小さく職務が行えない場合、王位継承権は奥様でございます。お気持ちは嬉しいですが。私は、女性の方を恋愛対象にしておりまして、ロビン様のお気持ちはいただきかねます。申し訳ありませんが丁重にお断りさせていただきたく。」

「誰がお前と結婚するっつったんだよ。」

「ですから、先ほど述べましたように、」


「もしも俺が死んだら、お前が継げ。俺の傍にずっとついてくれていたお前なら、業務に支障もでないし、皆が納得する。リィナを勇者のもとに嫁がせたんだ。もしものことがあったっておかしくない。」

ロビンは真剣なまなざしでラドルフを見つめ諭した


「でしたらやはり、お断りします。」

ラドルフはまたにこりと笑ってひらりとかわした。ゆったりと椅子に座っていたロビンも慌てた様子で立ち上がり

「なっ、でも、お前なら任せられると俺は本気で思ってるんだぞ。」

と柄でもなくうろたえた


「もしも、は考えたくありませんし、その、もしもを防ぐのが私の務めでございます。この生涯をかけて、貴方を御守りし、お仕えするのが私の生きる理由です。貴方亡き後、魔王になりたいとは思いません。」


ラドルフにはっきりと言い切られてしまっては、ロビンも返す言葉がなく、立ち上がってしまった勢いを失ったように、へろへろと椅子に座り込む

「じゃあ、どうしろって・・・。」

「ですから、縁談のお話を。きっとすぐにでも良い方が見つかります。ご心配には及びませんよ。」

ラドルフの笑顔の圧に押され、ロビンは眉間にしわを寄せただけで無言のまま彼のいう縁談とやらを受けるべきなのかと迷いが頭をよぎる


「私は、凛とした女性が良いと思いますが、ロビン様はいかがですか?」

「・・・・その理由は?」

「ロビン様の妻ですから。少々短気で荒っぽい貴方の暴走を毅然とした態度で止められる方が適任かと思います。」


おいおい。的を得てはいるが、ちょっと主人を馬鹿にしてないか


「魔王様というのは、権力が強く、一言ですべての魔族を変えてしまえるほどのお力がございます。いわゆる独裁政権と呼ばれるものの一種ですから、その場合、一歩間違えば、全てが大きく傾くことになる。間違っていることは間違っていると止めてくださる方がそばにいるのが、善いかと。」


「そういうのは、お前がいるだろ。」

ときたま本当に敬っているのかと、疑いたくなるほど、言葉だけは丁寧に叱責をうけるわけで、これ以上口うるさい奴が周りにいるのはたまったものじゃない。そういった意味では従順な女のほうが好みなのかもしれない


「ロビン様はそんなに私のことが好きなんですか。つい先ほど、私との縁談のお話はお断りしたはずですよ。まぁ、そんなにいうなら、少し考え直すお時間をいただければ、」

「だから!てめぇとは結婚しねえよ!俺の恋愛対象も女だ!お・ん・な!誰だって構わないが、せめて対象から男は外してくれ。」


ロビンは頭をかかえこんだまま、左右に大きくかぶりをふった


「本当に、女性であれば誰だって構わないのですか?」







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