第47話 縁談を押し切った理由

「結婚相手は誰だってかまわないか」とラドルフに尋ねられ、ロビンは心を射抜かれるようにズキリと苦い痛みが広がった


「相手が貴方であっても臆さず、はっきりと自分の意思を伝える女性を私はひとり存じておりますが、ロビン様は彼女のことをどうお考えですか。」

ラドルフは夏休みの宿題が全て残っていると最終日に気が付いた母親のように何かを諦めた顔で、ロビンのほうをまっすぐ見ている


「どうって、もう、嫁にいっただろう。」

怒られてもなお駄々を捏ねて謝罪の一言がでない少年が言い訳をしているようにロビンは少し口をとがらせ、ラドルフとは視線を合わせない


「いつまで、そう、ご自分の気持ちに嘘をつき続けるおつもりですか。でしたら、本当に縁談を取り付けてまいりますが、ロビン様はそれでよろしいのですね。」


いいとも、いやだ、とも言えず、ロビンは視線を泳がせたまま黙りこくった


「ロビン様!はっきりなさってください!」

ぴしゃりとラドルフが𠮟りつけ、ロビンは諦めたように

「わかった。じゃあそれでいい。適当に、合いそうなのを何人かお前が決めてきてくれ。その中から選ぶ。」

ため息交じりにロビンは答えた


ロビンの返事にムッとした表情を浮かべたラドルフに腹を立て、ロビンは一気にまくし立てた


「だったら、どうしろって言うんだよ。リィナは俺の妹だ。想われた人にもらわれていってよかっただろ。それに、リィナの中に宿した剣だって、本来の所有者のもとに戻った。それでリィナの身体から剣がなくなれば、万々歳だ。


いつまでも、俺が自分の身を危険にさらしたことに怒ってんのか。もし、剣を手にした勇者がここへ襲ってきたら、俺の命が危うい。それは、万全を期した体制で迎え撃てるようすでに対策を講じて、それでお前も納得したはずだ。そうだろ。」


マシンガンのような勢いでたたみかけたロビンへ、ラドルフはふぅと息を吐いて、

「そうですよ。」

とひとことだけ、あきらめたように返す


ラドルフが何度もロビン止めたリィナと勇者ライアンとの縁談話だ


リィナが魔王の封印を破るため身体の中に宿した『退魔の剣』は彼女の中で力を増し、すでに限界が近かった

そんなおり、魔王の敵であり、本来の『退魔の剣』である勇者ライアンから突然降ってきたような縁談話に首をひねらないほうがおかしい


けれど、本来の持ち主であるライアンのもとに嫁げば、リィナの身体から剣が抜けるかもしれない、抜けなくても体調ははるかに良くなるだろうと予見し、ロビンが押し切ったのだ


勇者のもとに剣が渡れば、自分の首が危ないと分かっていながら、ロビンはリィナを想い、半ば強制的に彼女を送り出した


もちろんラドルフは「ご自分のお命をかけるなど言語道断です」と反論したが、ロビンは「リィナには俺を封印から解き、自由にしてもらった恩がある」として譲らなかった


「余りにも急な勇者からの縁談です。裏があることを予想し、それでもロビン様がリィナ様の体調を重んじ、自らのお命を危険にさらすという選択をしたことに、異論はありません。もしも、があったときの体勢も万全。仮に万の大軍が襲ってきたところで負けはしないでしょう。

私が言いたいのは、そうではありません。ロビン様のお気持ちについてです。」


「なんだよ、気持ちって。」

リィナがいなくなってから、ぽかりと開いた穴に冷風が通って気色が悪い

俺を支えてくれる家族同然の仲間たちはこんなにも大勢いるというのに


もしかすると勇者が踏み込んでくるかもしれないという俺の招集に対し、多くの魔族が駆けつけ魔王城の周りを固めてくれている

強制ではなく有志での軍にしては多すぎるほどの数の魔族たちが集まり、「必ず魔王様を御守りします」と誓ってくれたじゃないか


人にも恵まれている、何不自由ない生活に、どこにだっていける足と自由がある

他に何を求める

持ちきれないほどの幸せをもらっているだろう


なかなか気持ちの定まらないロビンを見かね、ラドルフは少しばかりいらだちを含んだ口調でロビンへ問いただす

「では、はっきりと申し上げて。次にリィナ様をお迎えするときは、妹としてか、それとも奥様としてか、どちらになさいますか。」


「おい、次にお迎えするって、どういう意味だ。リィナは向こうで幸せになってないのか。」

ロビンは目を飛び出さん勢いで大きく見開き、思わず立ち上がった


立ち上がった勢いで滑っていった椅子が壁にガツンと当たり大きな衝撃音をたてる

太陽がちょうど空の真上に上がるころ、強く白い光がロビンの部屋に差し込み、彼の驚嘆した表情を強く焦がしている

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