第35話 黄金に光る退魔の剣
それは、夏真っ盛りの夕暮れ時であった
灼熱の炎で地面を焼いていた太陽が夜の闇に押されて、盛大だった勢力を陰らせる
肩を吹きぬけて行く風はときどきびゅうっと強く吹いて、身体がよろめくほどだった
風は森の斜面を下から上へと吹き抜けるので街の熱さが、ようやくひんやりとしてきた丘の上まで吹きあがってきて気色が悪い
陽が陰ったから少し歩こうかと、先日買った赤いリボンのついた麦わら帽子を頭の上にちょこんと乗せて城の外へ出たものの、生ぬるい夏風にあおられて一気に気が失せた
またもう少し涼しい日に、それか星が出たころにもう一度外へ出てみようかと身体をくるりと反転させ城の中へと戻ろうとしたその時
またも強い風が吹き抜けて「あっ」と漏らす暇もなくお気に入りの麦わら帽子を奪って高く舞い上げた
赤とも青とも紫ともつかない不気味な色合いの空へふわりと上がって、風はそれをもてあそぶようにして何度も宙でひらりひらりと回転させる
リィナは夢中で腕をいっぱいに伸ばし帽子を追いかけた
届きそうになってはまた舞い上がり、ひらひらと落ちてきたかと思えば触れそうなところまできてまた空へと昇っていく
「あ!ちょっと!それ、お気に入りなんだから!」
くるりくるりと回転しながら空を舞う帽子を追ってリィナは丘を上へ上へと昇って行った
風はようやく帽子と戯れることに飽きたのかあんなにも弄んだのにもかかわらずあっさりと地面へぽとりと落っことし、リィナは駆け寄って帽子を拾い上げた
「もぅ・・・。」
ふくれっ面で大事そうに帽子を胸の中に抱きしめてさぁ帰ろうと顔を上げた
さっきまでいた魔王城ははるか眼下に、尖った三角屋根の塔すらもいまではリィナの足元より低い
思いがけなく遠いところまできてしまったことにようやく気が付いて急に心を冷たい風が吹き抜けた
締め付けられる心細さと浮遊感に襲われて浮足立つ
「早く帰らなきゃ。」
リィナは拾った帽子を強く胸の前で出来絞めて丘を降りようとして視界の端でにぎやかに光る何かに気が付いた
リィナのすぐ後ろ、丘のもう少し上のあたりであたりはもう薄暗いというのにやけに眩しく光る光の棒が地面に向かって垂直にまっすぐ突き刺さっている
リィナは先ほどの心細さを忘れ、光る棒にひかれるように、導かれるように近づいていく
棒・・・ではない。剣だ。
全身を黄金でたぎらせた全長が8つになったリィナの肩から足先まではあろうかという大きく太い剣である
鞘から刃先まで全てが金とダイヤモンドを一緒に砕いて一気に流し込んだようなまばゆい光が剣自身から漏れて黄金に包み込まれている
リィナはその剣を見た瞬間、いつかラドルフに聞いた言葉を思い出した
「勇者はその『退魔の剣』をもってこの地へ魔王様を磔になさいました。」
魔物が入ることのできない山の頂きに封印されているという『退魔の剣』
これを抜けばお兄様を自由に
今、私なら
魔物が近づけない封印も私には関係の無いもの。近くにいたって平気だもの、きっと大丈夫。できる、かもしれない。
リィナはゆっくりと剣に手を触れようとして、すんでのところで思い出す
「『魔の剣』を持つのは魔王を殺す者です。」
魔王を殺す。これを持ったら私がお兄様を殺すことになる?
それは嫌だ。最愛のお兄様を自由にしてあげたいのであって、殺すなんて絶対に出来ない
だけどこれがある限りお兄様は城と森以外には行けなくて、歪まない表情の奥で本当は何を抱え込み悩んでいるのかリィナにははかり知ることができない
「『退魔の剣』の力を破壊すれば魔王は完全に復活を遂げられるでしょう。」
お兄様が私を殺せばいい
私が魔の剣の所有者になって、そして私ごと破壊すれば
それは難しいことではないはず
剣に精通した勇者ならともかく鍛え上げた肉体もなければ包丁を握ったことすらない私にお兄様が負けるというのか
他の人が剣を見つけて握ることがあれば、それでもしお兄様が負けることがあれば、今ここで手にしなかったことを後悔する
お兄様が私を妹にした日
私の首に短剣を突きつけたあの日の後、お兄様は言ったよね
「お前のことはいつか利用するから、それまで大人しく待っていろ」って
それが今だよ。
これ以上の利用価値が見つかる日なんてきっとないから
お兄様を自由にする、自由にして私は、一緒に出かけられないけど。でもそれでもお兄様が笑ってくれるならそれでいい
だって私はこんなにも笑顔にさせてもらったから。貴方からいろんなものを貰った。大切にしてもらった、美味しいご飯いっぱい食べて、ふかふかのお布団で寝て、欲しいものもたくさん買ってもらった
本当はあの日死んでたんでしょ。それが少しだけ後になっただけ
長い長い幸せな夢を見せて貰っていただけだよ
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