第6話 魔王の妹になった日
昨日まで平和だった街に突然戦火が訪れた。魔物の襲来だと誰かが叫びあちらこちらで火の手が上がる。赤々と屋根から日が昇り星の瞬く夜空に黒煙を昇らせて、焦げ臭いにおいが鼻をつく
人々は口々に叫びをあげ、泣き声をあげ、けれど迫りくる火の手から追われるように、風下へと必死の形相で走る
手に持てるだけの荷物を持って走る街の人間が細い道にひしめいて同じ方向へ逃げて行くのだから寿司詰めになった人たちは思うように身動きがとれず、それに苛立って罵声が飛び交った
轟轟と音をたてて火の手が押し寄せる様は恐怖でしかない
今目の前にいない魔物たちや魔王に恐怖するよりも徐々に迫りつつある火の手の方がよっぽど恐ろしく心がきしむ
まだ7つになったばかりの、幼いリィナもおぼつかない足取りで走って逃げる途中、両親や兄とはぐれ心細い気持ちで一杯になりながらも人の波に飲まれるようにして前へ進んだ
何度か名前を呼んだが返事はない。後にいるのか先にいるのか、それとも違う道を行ってしまったのかすら分からない
きっと街を抜ければ会えるはずだ。リィナはそう信じて何度も押し合い圧し合い、泥まみれになりながら火の手のない、暗闇へ暗闇へと歩みを進めた
小さいリィナが人込みの中を進むのは難しく、だからあえて人のいない森のほうを目指して走った。すでに陽はなく、星空を隔てる真っ黒な壁と化している大きな森にメラメラ燃え盛る赤い炎は見られない
あそこまでいけば大火から逃れられる。リィナは必死に森の奥手に進み、しんと静まり返った冷ややかな森でようやく息をついて、腰を下ろした
「父さん、母さん、兄さん。どこにいるの。」
火から逃げのびたことに安堵してふと息をついた時、その寂しさが思い出されて街を眺めた
焼け落ちていく民家はリィナがずっと過ごし育ってきた街の一角だ
濃いオレンジ色に包まれて大きく火がついたかと思うとすぐに炎に包まれて、家は丸ごと簡単に崩れ落ちる
自分の家はどのへんだろう。もう焼けてしまったのかな
眼下に広がる大火の海の色で瞳を染めながら、木に背中をつけて体重を預けた
その時だ
誰もいなかったはずなのに、瞬く間に現れたその人は冷たい深い青の瞳でリィナを冷ややかに見てゆっくりとした動作で前から近づいてくる
黒く短めのタキシードのを羽織り、胸ポケットには何かの紋章が月光に反射した濃い紅色が鈍く光る
細めの身体に聡明さの際立つシャープな顎ライン、12歳になった兄と同じくらいのまだ少年らしさの残る顔立ちとそれに反する飄々とした動作
少し眺めの深い青色の髪が風に揺れ顔にかかるのを手で払いのけ、腰に刺していた装飾をたっぷりと添えた金色の短剣をゆっくりと抜き身体の前に構えた
森に広がる枯れ葉を踏みしめる音さえも聞こえない。黒の衣服で影のように突然出で立ったその人は、口元を少しばかり緩めて、何かを楽しむようにリィナに寄ってきた
構えた短剣。目は冷ややかなのに、口元だけが笑っている
ー殺される。逃げないと
と、思うのに足がすくんで前にも後ろにも進めない
ゆっくりとリィナに近づいたその少年は冷たい刃をひたとリィナの首筋に当てて、恐怖におののくその表情をたっぷりと噛みしめるようににたりと笑う
「お願い。殺さないで。お願いします。なんでも言うこと聞きますから。お願いです。」
リィナは震える声で少年に訴えた
もう少年が一気に短剣をひくのを待つばかりか
首筋にあてられた無機質な刃はいやに冷たくて固い
がちがちと歯を鳴らし、膝が震えだす。木に背を預けているからなんとか立てているもののこれが無ければ腰が抜けてへたりこんでいることだろう
少年が短剣に力を込めた。迷いのない鋭い瞳。ぐっと横に払いさえすればリィナの細い首からは一気に鮮血が穂飛ばしりあたりの木々に飛び散ることだろう
「お願い。殺さないで。お願いします。」
もう無駄かもしれないと半ば諦めながらもリィナは震える声で懇願を辞めなかった
小さな声で少年にすがる
けれど、少年の瞳は冷たくリィナを見下ろすのみでなにも変わらない
もうダメだ。ここで終わりだ。せっかく火の手から逃げられたのに。家族に最後のお別れも十分に出来ないまま、私は、もう、
リィナは痛みが襲うのに覚悟を決めてぎゅっと固く目を閉じた
刃が突き立てられて引き裂かれる
その想像すらつかない死への痛みと恐れを抱きながら身を固くしてその時を待つ
「やめた。」
少年の短い言葉と共に刃が首筋から離れていく。腰に携えられた鞘に収められたのだろう短い金属音を放って少年の腰もとで金色を放つ
少年は乱暴にリィナの顎を掴んで強制的に顔をのぞき込んだ
深い青色の瞳がリィナをなめるように、全てを見透かすように凝視してから言葉をつむいだ
「俺は魔王ロビンだ。お前を俺の妹にする。俺の命令は絶対だ。いいな。」
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