第49話 恵梨香が部屋から出てこない

「おねーちゃーん、部屋から出てきてよー」


 部屋の外から聞こえてくる妹の声でハッと気が付いた。恵梨香に泣かれたショックで眠れなかったのに、それでもいつの間にかうつらうつらしていたみたいだ。


 気が付いたら窓からは夏の朝の光が差し込んでいる。


 部屋のドアを開けそっと廊下に出てみると、寝巻を着たままの妹が恵梨香の部屋の前に立っていた。

 髪の毛は結わえていないけれど、恵梨香の部屋の前で「おねえちゃん」と言ってるのだから絵里萌だろう。


「絵里萌、どうした?」

「お兄ちゃん大変!お姉ちゃんが部屋から出てこないの」


 夜中の記憶が鮮明によみがえってきた。


「それで恵梨香なにか言ってる?」

「なんか、お兄ちゃんは絵里萌にあげるって」


 あちゃー。どうしよう。恵梨香の泣き顔が頭に浮かんでくる。



 ◇



 とりあえず着替えてから、廊下にいた絵里萌を階下に連れていった。二人で向き合ってダイニングテーブルに座る。


「絵里萌さ、ちょっと聞いてほしいんだけど」

「なに、お兄ちゃん?」


 絵里萌は真面目な顔で僕を見てくる。


「実は、、、恵梨香にいろいろバレた」

「うーん、まあいつかはバレるかなって思ってたけど、思ったより早かったかな」


 妹は少し困惑した表情をする。


「それで、夜中に恵梨香が『私がおにいちゃんを好きになったのがいけないんだ!』って言い出して……」

「だからお兄ちゃんを私にあげるとか言ってるんだ」

「多分そう……」


 絵里萌は眉を寄せて困った様子だ。僕も困っている。どうしたらいいんだろう。


「で、お兄ちゃんはどうするの?」

「どうって、僕が悪いんだし……」

「しっかりしてよ、お兄ちゃんでしょ!」

「まあそうなんだけど……」


 兄というだけで絵里萌から責任を押し付けられているけれど、それもしょうがない。やっぱり僕が悪かったんだろう。


「やっぱり恵梨香に愛想をつかされるのもわかるっていうか、僕がずるかったかなって……」

「なにいってるの、お兄ちゃんがお姉ちゃんを支えてあげなくてどうするの!」


 そんなこと言われてもどうしたらいいのか。


「いやでも、もう僕の事嫌いなんだろうし……」

「じゃあいい」


 妹は少し怒った顔で僕を見た。


「お姉ちゃんがお兄ちゃんを好きじゃなくなるんなら、私もお兄ちゃんを好きじゃなくなる!」

「えっ、それは……」

「だったら、お兄ちゃんは私たちのどっちかを選ぶの?」

「いや、それも……」


 だって、一人を選ぶということはもう一人を拒むということで……


「二人とも僕の大事な妹だし、どっちかを選ぶとかできないよ」

「お兄ちゃんなかなか駄目なこと言ってるって自覚ある?」

「だって僕たちは家族じゃないか!」


 僕にとって家族ほど大事なものは他にはないのだ。


「理屈になってないけど、とりあえずは納得してあげる」

「ありがとう絵里萌」

「でも困ったねお姉ちゃん」

「うん、困った」



 ◇



 しばらく二人で困ってみたがなにも思いつかない。ここはまず最初から考えてみよう。


「そういえば絵里萌、元はといえばお前、何で夜中に僕の部屋に入ってきてたんだ」


 まずはここからだな。妹は困った表情のままでイタズラっぽい目を見せる。


「え?、あーそれ?、図書室で借りたラノベで義理の妹がお兄ちゃんを好きになるっていうのがあって」

「それって恵梨香が借りてたやつかな。義妹だから結婚出来るとか、義妹がベッドに忍び込んでくるとか、なんかそういうやつ」

「そう、そういう本。私がお姉ちゃんに薦めたの。面白かったし」

「ふーん」


 やっぱりあの本はもっと前に絵里萌が借りてたんだな。


「でね、その本の通りに、お姉ちゃんの振りしてちょっとやってみたの。それからお姉ちゃんにいろいろアドバイスして」

「なんで?」


 普通の人間はラノベに書いてあることしないと思うんだけど……と思ったけど、絵里萌はするんだよな。原作に忠実なタイプだし。


「だって私たち友達も少ないしもちろん彼氏なんていなかったし、ここでお姉ちゃんとお兄ちゃんが恋人になったらいいかなって思って」

「はあ」

「そしたら、やっぱりお姉ちゃんはお兄ちゃんのこと好きになっちゃったし、そうなるとほら、私もお兄ちゃんのことが気になって」


 前半はまだわかるが後半が意味不明だ。


「なんでそうなるんだよ」

「だって、お姉ちゃんが好きになるぐらいの人なら、きっと私も好きになると思ったんだ。お姉ちゃんのセンス当てになるからね」


 絵里萌は姉への信頼感を顔に出し、口元だけで微笑んだ。


「それにお兄ちゃんだって悪い気はしてなかったでしょ。いまは私もお兄ちゃんのことが好き。ちゃんとお兄ちゃんの恋人になりたいなって」


 妹が目に恋慕の情を浮かべ、僕の目を見てそう語ってくる。


「いやだって、僕は一人しかいないじゃん」

「だからね、お姉ちゃんから譲ってもらおうかと思ってたの」

「僕って譲渡可能物なの?」

「でもお姉ちゃんは私にあげるって言ってたけど」

「えー」


 妹の目がイタズラっぽく光った。


「冗談だよ、お兄ちゃん」

「だよね」


 よかった、本気だったらどうしようと思ってたよ。


「恋人になりたいのは本気だけどね」

「あ、そうなんだ」


 絵里萌はちょっと首をかしげて、指先で髪を梳きながら真面目な顔をした。


「私いままではお姉ちゃんが好きなものはごねて無理やり貰ってたの。でもね、お姉ちゃんが悲しむから、もうそれは止める」

「それはよかった」

「うん」


 妹は僕の目を見て首を傾けてうなずいた。話をしながら髪を二つに纏めている。


「お姉ちゃんと半分こする」

「待って!」


 髪を縛りながら妹は僕を見てきた。


「いやさぁほら、もうちょっと恵梨香と話してみたらどうかな」

「確かにね。私は半分でもいいんだけどお姉ちゃんが極端なんだよね」

「えーっとそうなんだ」


 ツインテールになった絵里萌は困ったようにうなずいた。



 ◇



 結局、恵梨香は部屋から出てこないし、学校に行く時間になってしまった。絵里萌は自分が恵梨香を説得するからと言って僕を学校に追い出した。

 まあでも、僕がいると話しにくいこともあるのだろう。


 あの姉妹は今までも一緒に過ごしてきたのだから、ここは絵里萌を信頼してみるか。


 〜〜〜


 絵里萌のイラストはこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16818023212047490694

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