第2話 妹をそんな目で見ちゃだめだよ
たった三か月前のこと。父親の再婚によって、ラノベの中だけだった妹という存在が、やたら美形な双子として僕の現実となった。
双子の姉は名前を
そして紛らわしいのは名前だけではない。髪を縛って低い位置でツインテールにしている以外、顔といい体つきといい声といい、妹の絵里萌は姉に本当にそっくりなのだ。
双子にしても似すぎだと思うこの二人、なぜか普段から同じ服を着ている。こうなると髪型でしか区別がつかない。
ちなみに妹たちは僕より一つ年下で少し前に高校生になったばかり。僕と同じ高校に通っていて、その学内で一二を争う美少女ぶりに、入学当初はちょっとした話題の中心だったりもした。
そして慌ただしい引っ越しから始まったこの三ヶ月、僕はなんとか女の子のいる暮らしに順応した、少なくともそう思っていた。
けれどこの新しい現実は、こうやって時々僕の意識をすり抜けてしまう。
―――――
つまり簡単に言うと、そこで眠っていたのは、僕の家族というか妹だった。
そのやたらに美形な妹の顔が、いま自分と同じシングルベッドの上にある。思わず吸い寄せられるように薄明りに照らされた寝顔を眺めてしまう。
ここまで近くで妹の顔を見たことはなかったし、そもそも寝顔を見るのも初めてだ。妹だと気が付かなかったのも不可抗力な気がしてくる、のだけれど、
『いや、問題はそんなことじゃなくて……』
なぜ隣に妹が寝ているのか。今の問題はそっちだよな。
ちょっと冷静に考えてみる。
寝ぼけて部屋を間違えたとか、そんなマンガみたいなことが本当にあるとも思えない。もちろん今までこんなことはなかった。
それに妹だって高校生だ。甘えて一緒に寝るような歳でもない。用があって来たなら寝てるのも変だし、いままで妹が部屋に入ってきたことはない。大体、今は真夜中だ。
『まさか僕が部屋を間違えてるとか……さすがにそれはないか』
早く部屋に帰ってもらわないとまずい気がしてくる。とりあえず名前を呼んでみてだな。
「えーっ……」
言葉に詰まってしまった。次の言葉が出てこない。
『この子、
・・・
というわけで、僕はまた新たな問題に遭遇した。
ちなみにいまここで眠っている妹だけれど、長い黒髪は流れるようにシーツの上を伸びている。つまり、髪の毛を縛っていない。
普段なら恵梨香のパターンだ。でも寝てる時って普通は髪を縛を解くよな。
仰向けのまま深呼吸で焦りを鎮めると、首を横に向けて隣の少女をじっと見る。
『うーん、どっちなんだろう……それにしてもきれいな寝顔だな……』
白い肌、整った顔立ち、微かに開いた口元。青くほの暗い光に浮かぶその横顔につい目が引き付けられる。
突然、少女が寝返りを打った。
僕の右腕に少女の剥き出しの腕が触れ、思わず硬直してしまう。その身体が横向きになり、黒髪の頭も横を向いた。僕は今、目を閉じたままの美少女と向き合っている。
『えっと、いま、なにしようとしてたんだっけ?』
起きたかと焦ってみたものの、少女はまだ目を閉じて寝ているようだ。暗い中で見えるその顔に長いまつげが見える。
やっぱり、ここは兄として優しく声をかけて起こしてみるのはどうだろうか。どっちの妹か判んないけど、どっちかだしな。
まずは姉の方から。
「起きろよ、えりか…………じゃない?」
どうやら違ったみたいだ。では次は妹で。
「起きて、えりも…………も違う?」
聞こえてないのかな。となると揺すって起こすことになるのか。しかしそうなると問題がある。
『触っていい、のだろうか?』
家族とはいえ義理の妹だし、なにせ一つ下の高校生の女の子だ。つい躊躇してしまう。触ってびっくりされたらどうしよう。悲鳴を上げられたら事だよな。
「ムニャ……」
悩んでいると、もう一度少女が身じろぎをした。僕の右腕にムニョっとした感触が押し付けられる。いつの間にか妹が腕に抱きついている。
「ん、、、、」
眠ったまま少女は身体を伸ばしてきた。同時に僕の腕をもっと抱き寄せてくる。向き合った妹の顔が僕の顔へと急速に迫る。びっくりした僕は動けない。
顔がぶつかるかと思った瞬間、わずかの隙間を残して妹の身じろぎは止まった。
そして今、触れ合うほどのところに妹の寝顔がある。僕はその息を顔に感じている。つまり僕も息をしたら妹に気付かれてしまうほどの距離。
『もし、この状態で妹が起きてしまったら?』
慌てて顔を逸らしたものの、すぐ耳元から妹の息遣いが聞こえてくる。緊張で胸の鼓動が速くなる。妹は僕の腕を抱きしめて離さない。
どうしよう。照明の消えた暗い天井を見つめて考える。これはもう、、、
『寝たふりをするしかない!』
心の中で『寝てます!』と叫びながら目をつぶる僕の腕に、妹は眠ったまますりすりと身体をこすりつけてくる。
なんでこんなことになってるんだ??
まるで現実とは思えない。ん、まてよ、あ、、、そうか!
『やっぱりこれは夢なのでは!』
なるほど、それならしょうがないよな。なんか安心した。
目を閉じたまま気を楽にすると、感覚が鋭敏に感じられる。女の子の肌の質感、そして二の腕に当たる柔らかい感触。
耳元に感じる息。そして甘い女の子のいい匂いまで……
夢なのに、ちょっと得した気分。
・・・
カーテン越しに溢れる光の中、スマホから目覚ましの電子音が頭に突き刺さってくる。
いつもに増して眠い目をなんとか開ける。
本棚に並ぶカラフルな背表紙を見て、突然、夜中の記憶が蘇ってきた。慌てて周りを見回すが、もちろん妹はいない。
『やばいぐらいリアルだったな……』
生々しい感覚を思い出してしまい、なんだかちょっと気まずい。どうしよう。といっても、どうしようも何もないんだけど。
『気にすることはない……よな』
あれは夢だ。ゆっくり時間をかけて着替えていると、階下から僕を呼ぶ妹の声する。
「ごめん、いま起きた」
ダイニングではそっくりの顔をした妹たちが朝の支度をしていた。
衣替えからまだ日が浅い夏の制服を着た、ロングヘアーの恵梨香が忙しそうにしている。ツインテールの絵里萌はまだ少し眠そうに見える。
最近まで夢にも思わなかった、そしてこの三か月ですっかり日常となった朝の日常。学校で一二を争う美少女たちが目の前で朝食を食べている。
「トースト焼けてるよ、おにいちゃん」
「う、うん。おはよう恵梨香」
「あ、お兄ちゃん、おはよう」
「絵里萌もおはよう」
いつもと同じ爽やかな朝だ。それなのに、なぜか妹たちはいつもより生々しかった。
~~~~~~
眠っている妹のイラストはこちら
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330667619626943
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます