第51話 おにいちゃんはどこ!
「お姉ちゃん、もう終わりだよ」
締め切られた扉の向こうに絵里萌は話しかけた。
「なにが?」
中から姉の声が短く聞こえてきたところに、ツインテールの妹は告げる。
「お兄ちゃんはもう帰ってこないって」
「なんで!?」
扉の中の声が鋭くなった。
「お兄ちゃんは帰らないからさ。私たちまた仲のいい姉妹に戻ろうよ」
「どういうこと?おにいちゃんはいまどこ!」
恵梨香の声に叫び声が混ざる。
「お兄ちゃんは……国後さんのところだよ。もう帰らないって」
「ねえ、なんで?」
「あのね、お兄ちゃん、私たちに黙ってたことがあったんだって」
「なによそれ」
「お姉ちゃんも勘づいてたでしょ。あの二人、単なる幼馴染にしては仲がよすぎない?」
「まあ、それはそうかもだけど……」
困惑した姉の声が聞こえてくる。
「言ってよ、絵里萌。何の話?」
「お兄ちゃんと国後さん、婚約してたんだって。許嫁なんだよ。親が決めた」
「うそ!」
扉の向こうで恵梨香が絶句した。
「昔のことだからお兄ちゃんも半分忘れてたみたい。でもね、高校生の義理の兄と妹が一緒に暮らすのはよくないって。だからやっぱり国後さんとちゃんと婚約するんだってさ」
絵里萌が聞いた話を説明すると恵梨香は叫ぶ。
「そんなのよくない!子どもの人生を親が決めるなんて!」
「でもお兄ちゃんもそのほうがいいって。義理の兄妹が一緒に暮らすとかやっぱり不自然だって」
「許嫁のほうがよっぽど不自然でしょ」
「私もそう思うけど……私たちにはどうにもならないよ」
絵里萌はそう言ってため息をついた。中から聞こえてくる恵梨香の声が鋭くなってきた。
「確かに怪しいとは思ってたのよ……」
「まあ、ね」
「おにいちゃん優柔不断だから、あの女ずっとお兄ちゃんのことを狙ってたんだ」
「それは否定しないけど」
怒りと共に恵梨香が叫んだ。
「許嫁がなんだっていうのよ。私たちの家族を引き裂くなんて許さない!」
絵里萌の前でバタンと扉が開くと、すでに着替えた恵梨香が部屋から現れた。
「行かなきゃ、絵里萌!」
「うん、お姉ちゃん、行こう!」
もちろん絵里萌もすでに着替え終わっていた。スリットから少し肌の見える、かわいいけれど大人っぽいお揃いのワンピースに身を包んだ二人の息は、いまや完全に一つになっている。
「行くよ、絵里萌。おにいちゃんを取り返しに!」
「だよね!だって私たちは」
姉妹の声が揃う。
「「
◇
「来た……」
「何が?美紀ちゃん」
「たっくんは隠れてて」
「どこに?」
美紀ちゃんの部屋に隠れるところなどない。ベッドの下も衣装ケースで埋まっている。
「うーん、しょうがないなあ、じゃあ押し入れに入っててよ」
「美紀ちゃんいろいろ説明不足じゃない?」
ピンポーン
玄関のインターフォンが鳴った。
◇
「いらっしゃい、恵梨香さん、それに絵里萌さん」
「「
美紀の思った通り、双子の姉妹は二人揃って現れた。デートに行くようなおそろいの服に身を包み、その息も完全に合っている。
強敵だが、世の中には一石二鳥という言葉もある。
「まあまあ、焦らないで二人とも」
「上がらせてもらいます!」「失礼します!」
二人の妹は美紀の住むマンションにずかずかと入り込むと、兄のいるだろう部屋を目指した。
「お兄ちゃんを出しなさい!」「隠しても無駄よ!」
一瞬で美紀の部屋まで入り込んできた姉妹が叫ぶ。
「あななたち、もうちょっと遠慮ってものが……まあ、しかたないわねぇ」
部屋の中央に陣取った美紀がニヤリと笑った。
「私が相手してあげる!」
兄の幼馴染は、双子の姉妹に宣戦を布告した。
◇
「いい?私はね、あなた達が分裂前の一個の受精卵だった時からたっくんと一緒だったのよ。妹になって三か月で偉そうな顔なんてちゃんちゃらおかしいわ」
「もう四カ月ですし、それに今どきちゃんちゃらとか言わないですよ美紀さん」
「いいのよそれは慣用句なんだから」
美紀ちゃんと恵梨香の言い合いが押し入れの外から聞こえてくる。
「だいたい私がどれだけ長くたっくんのことが好きか、あなたたちにわかる?私が先にたっくんを見つけたんだから、たっくんは私のでしょ!」
「ポ○モンじゃないんだから先に見つけたとか関係ないでしょ!世の中強い方が勝つのよ国後さん」
「言うわね、あなた」
恵梨香に続けて続けて絵里萌も舌戦を始めた。
「分かった、じゃあ私の方が強い証拠を見せてあげる」
美紀ちゃんの声に不吉な予感がした。そして机の引き出しを開ける音がする。
『美紀ちゃん、それはいけない!』
僕は心の中で悲鳴を上げた。しかし幼馴染は止まらない。
「いい、これは私とたっくんの中学校の時の交換日記よ。読むわね」
『やめろ!美紀ちゃん!それは……』
僕の願いもむなしく、幼馴染の声が部屋に響きわたる。
「美紀ちゃん、君の瞳は夜空の星のように僕の心の中で煌めいている。その眼鏡の奥の美しさは僕だけが知っている宝石だ」
『やめろーそれはー』
中学生時代に書いた封印された言葉の数々が無慈悲に蘇ってくる。
「美紀ちゃん、君の声はいつも最も甘美な旋律のように僕の心に響いている。その声に耳を傾けるたび、時間が止まるような感覚になるんだ」
『だからー』
「美紀ちゃんとの帰り道、君と一緒に過ごす時間は、まるで贅沢な詩を読むような気分になる。その瞬間瞬間が、僕の心に深く刻まれていく」
『やめて……』
「このページの文字だけでは、僕の君への想いを伝えきれない。会いたい、美紀ちゃん、愛を込めて」
『死ぬ……』
意志の力で自分の心臓の鼓動を留めることが出来たなら、僕はとっくにそうしていただろう。
ていうか恥ずかしくて悶え死にそうなんだけど。
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