第四章 犯人はこの中にいる

第16話 何もしてないのにパソコンが壊れた

「卓也、今日は超眠そうだな。また夢か?」

「いや、ちょっと素数について考えてて」

「おはよう!」


 ホームルームの前の時間、眠い頭で幸雄と話をしていると美紀ちゃんが話に入ってきた。


「たっくんと歯舞君っていっつも一緒にいるよね。いつもなに話してるの?」

「いやまあ、男同士のくだらない話?」

「好きなものの話とか、そういうのかな」

「へー男の子同士っていいなー。今日は何の話してたの?」


 なんの話してたっけ。


「なんだっけ、素数?」

「へー。私は17かな。たっくんは?」

「何が?」

「好きな素数でしょ?」


 そうだったんだ。幼馴染だけど知らなかった。



 ◇



「さっき国後さんがお前のこと色々聞いてきたぞ」

「え?美紀ちゃんが?」


 昼休み、教室で弁当を食べ終わったところで幸雄がこっそり話しかけてきた。


「色々って例えばどういうの?」

「普通に男同士で話すようなやつだよ。どういう女の子が好きとか」

「えー」

「っていうかお前たち幼馴染だろ。なんでお前のこと聞いてくるんだ?」

「ちなみになんて答えた?」

「妹みたいな子が好みなんじゃないかって言っといたけど」

「えぇぇぇ」




「たっくん、放課後空いてる?」

「え?あ、美紀ちゃん」


 席に戻ったところで美紀ちゃんが話しかけてきた。


「好きな素数だっけ?」

「それはもういいから。それよりたっくんパソコン得意でしょ、ちょっと見てほしくて。お願い」


 作ったような困った顔だけど、なんだか断れない雰囲気だ。


「見るってなにを?」

「私のパソコンなんだけど、何もしてないのに壊れちゃって」

「みんなそういうよね」

「お願いだから、ね。ちょっとでいいから。見に来て!」


 美紀ちゃんは首をかしげて上目遣いに僕を見る。どうもこの顔には弱いんだよな。さっきまで違う顔してた気もするけど。


「えーっと、分かった、行くよ」

「じゃあ放課後ね!」



 ◇



「たっくんと二人でこっち来るのってひさびさだよね」

「そうだねー、ちょっと懐かしいかなー」


 美紀ちゃんの家へと向かいながら二人で話す。つい三か月前までは、僕は美紀ちゃんの家の隣に住んでたんだよな。


 そんな懐かしさを込めて話すと、美紀ちゃんの顔が曇った。


「そんな、私の事、昔の思い出みたいに言わないでよ」

「いや、そんなことないっていうか」


 なんだこれ、トラップ?


「だったらたまには遊びに来てくれてもよくない?」

「えっと、まあ、今日はパソコンを直すんだよね?」

「兄妹でカラオケ楽しかった?」

「なんでその話になるの?」

「やっぱりたっくん、妹さんみたいなかわいい子が好きなの?」


 この流れで詰められる理由が全く分からないけど、幸雄が何か余計なことを言ったのかもしれない。


「え、あー、美紀ちゃんもかわいいと思うよ」

「そう?」

「うん、かわいいよ。かわいい」

「えへへ」




「おじゃましまーす」

「今日は誰もいないから気にしないで入って。ほらほら」


 手を引っ張られて、昔よく来た美紀ちゃんの部屋に入る。と言っても中学生のころから部屋には来てないのでかなり久しぶりだ。


 あんまりフワフワしていない部屋だけど、薄ピンク色のベッドシーツと大き目の衣装棚が女の子っぽい。昔に比べると本棚が増えた気がする。そして勉強机の上には液晶モニターとキーボードその他が置いてある。


「ちょっと飲み物持ってくるね。押し入れは絶対開けちゃだめだよ」

「開けないよ」


 そう言われると開けたくなるけど、さすがに開けちゃだめだとは思う。

 まあでも、つまり押し入れ以外は開けてもいいんだよな。


『むしろ開けろと誘っているまであるよな?』


 そう思って机の引き出しに手を掛けてゆっくりと引っ張り出してみる。


 引き出しの中には、僕と美紀ちゃんが並んで写った子供の頃のプリクラと、ついこないだ一緒に撮ったプリクラ、それに見覚えのある日記帳が置いてあった。


 表紙には「交換日記」と書いてある。


 パタパタパタ


 廊下から足音が聞こえてきた。


「たっくん、開けて」

「うん、いま」


 そっと引き出しを閉めて扉を開くと、お盆に飲み物のコップ二つとお菓子を載せた幼馴染が入ってくる。


「美紀ちゃんの部屋、本が増えたね」

「そうね、ここにあるのは普通の本だけど」

「普通の本?」

「なんでもない!」


 なぜか食い気味に否定される。まあいいけど。


「たっくんこの部屋来るの久しぶりだもんね」

「そうだね、どんな本読んでるの?」

「最近は推理小説かな。犯人はこの中にいる!って」

「へーそうなんだ」


 しばらく二人で最近読んだ本の話をする。美紀ちゃんは楽しそうだけど、なんか忘れてる気がしてきた。

 

「えーっとパソコンだったよね」


 ようやく今日の用件を思い出した。


「そうそう、WiFiが繋がらないんだった」

「スマホは繋がる?」

「んーっと、たぶんスマホも繋がらないかも」

「それってパソコンじゃなくてルーターじゃない?」

「なあにそれ?」


 結局、リビングにあるルーターのコンセントが抜けてるだけだった。まだ生暖かいACアダプタを差し直す。


「掃除しようとして間違って抜いちゃったのかな。でも、たっくんすごいね」


 幼馴染が微妙に嘘っぽい尊敬のまなざしで僕を見る。


「いやまあ、このぐらいは別に誰でも、、、っていうか、美紀ちゃんって絵を描くんだね」


 話を変えようとそう言った瞬間、美紀ちゃんはぎょっとした表情で僕の顔を見た。


「押し入れの中見た?」

「見てないけど」

「なんで絵を描くって分かったの?」

「だって液タブがあるじゃん」


 美紀ちゃん、何を慌ててるんだろう。


「あーそうか、うん、でも絵はちょっとだけね」

「絵じゃないものもかくの?」

「文章もちょっと」

「へー」


 幼馴染とはいえ、やっぱり知らないこともいろいろあるんだな。


「ちょっと見せてよ」

「えー、恥ずかしいから駄目」

「大丈夫そうなのだけでいいから」

「うーん、何かあるかなー」


 美紀ちゃんが手慣れた様子でマウスを操作して、パソコンのフォルダーをパラパラと開いている。


 フォルダの一つに「たっくん」という名前のものがあったけど見なかったことにしておく。


 そして美紀ちゃんは一つの画像を開いた。男性キャラの絵だ。


「こんなのとか」

「へー、うまいじゃん」

「ぜんぜんだよーぜんぜん練習中」


 こうやって美紀ちゃんの部屋で二人でワイワイやっていると、昔の時間が帰ってきた気がする。安心感がある。幼馴染ってこういうのだよな。


「それでさ、たっくんってやっぱり妹さんみたいな、かわいい女の子が好きなの?」


 会話中、唐突に美紀ちゃんが質問をしてきた。


「え?いや、妹はかわいいとは思うけど、別に妹だし好きとかそういうんじゃ」

「たっくん、さっき私のことかわいいって言ったよね」

「まあ美紀ちゃんもかわいいと思うよ」

「ていうことは、私は妹じゃないんだから、好きでもいいよね?」

「え、えーっと……」


 こないだのカラオケの後の会話を思い出してみる。


「こないだお姉さんになるって言ってなかった?」

「ほら私たっくんより年下だし、お姉さんじゃなくてもいいかなって」

「ていうか僕たち、幼馴染として充分仲良くしてない?」


 今僕たちは誰もいない家で二人っきりだよな。かなり仲良くしてると思うけど、これ以上何をしようというんだろう。


「なんかさー、たっくんってあんまり女の子にがっついてないよね」

「えーっとそう?」

「BL味があるって言われない?」

「それって褒められてる?」

「そういえばさ」


 美紀ちゃんが僕の顔を見ながら首をかしげる。


「たっくんって歯舞君といっつも一緒にいるよね」

「机が近いからね」

「どっちが受け?」

「なにそれ」

「私の解釈だとたっくんが受けなんだけど」

「生ものはやめようよ」

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