第23話 妹が台所でえぐるように詰めてくる
「はいこれ、おにいちゃん」
「サンキュー」
台所で冷えた麦茶を恵梨香がやさしく手渡してくれた。細くしなやかな妹の指に触れてしまうが、なんとか平静を保つ。絵里萌に余計なことを言われてつい緊張してしまった。
「ところでおにいちゃん、ちょっと聞いていい?」
大きな両開きの冷蔵庫の前で妹が軽く頭を傾ける。長くてつややかな黒髪が肩の上を流れていく。露出の多い部屋着から伸びる白い素肌を間近で見て、なぜだか口の中が渇いてくる。
慌てて手の中の麦茶を口に流し込み、これは妹だと自分に言い聞かせる。
「なに、恵梨香?」
「それじゃ聞くけど、今日おにいちゃんは何しに美紀さんの家に行ったの?」
妹の表情からにこやかさが消えていた。
「いやさー、パソコンの調子が悪いから見てほしいって言われてさあ、大変だったよー」
「ふーん、そうなんだ」
「なのに結局パソコンは全然問題なかったんだけどね、あははは」
「やっぱり本屋さんじゃなかったんだね」
恵梨香は暗い声でぽつりとつぶやいた。何だか分からないけれど焦ってしまう。
「え、あ、いや、だから、えーっと本屋も行ったんですけど」
「言い訳しなくてもいいのに」
「なんというか、ほらパソコンが、えっとですね」
「おにいちゃんって美紀さんと仲いいよね」
「いやさー、ほら、幼馴染だから、おさななじみ、わかる?」
「ふーん、そうなんだ」
なにがそうなんだろう。ぜんぜんわからない。すると恵梨香がさらに一歩近づいてきた。斜め下からまっすぐに僕の目を見つめてくる。
「ねえ、おにいちゃん、美紀さんと付き合ってたって本当?」
「え?」
「絵里萌がそう言ってたんだ」
「……なんだ、知ってたんだ」
なんともう伝わっているとは、ちょっと姉妹の情報共有が早すぎない?
しかも、はぐらかしたはずだったのに確定情報になってるとか、なんなの、エスパーなの?
「隠さなくてもよかったんだよ、おにいちゃん」
「別に隠してたわけじゃないけど、ほらさー昔のことだし、わざわざ家族に言う事でもなくない?」
「じゃあ聞くけど、なんで今もコソコソと美紀さんの家に行ってるの?」
恵梨香がなかなか鋭いところを突いてきた。僕もそこは不思議なんだよね。
「ほんとそうだよね。うん」
「本当はまだ好きなんでしょ」
「いやそういうんじゃなくて、ほらパソコンの調子が……」
「悪くなかったんでしょ」
「はい」
なんか僕が悪いみたいな話になってない?おかしくない?
「それはまあ、別にいいんだけどね」
「いいんだ」
「だって今は付き合ってないんでしょ」
「そうだけど」
よかった。いいみたいだ。手に持っていた空のグラスを流しにそっと置く。
ほっとしたところで次の質問がやってきた。
「ところで聞きたいんだけどおにいちゃん」
「はいなんでしょう?」
「おにいちゃんはなんで美紀さんと別れたの?」
「え?そこ?」
恵梨香が思ってもみない方向からの質問を投げてきた。
「ちゃんと聞かせてよ」
「なんでそこ?」
「隠してたわけじゃないんでしょ。妹には話せないことなの?」
妹が真面目な顔で僕の顔を見つめてくる。
「なんで好きだったのに好きじゃなくなっちゃったの?付き合ってたんでしょ?なんで?」
なぜだか妹がえぐるように詰めてくるんだけど。普通そういうことって聞かなくない?
「いや、なんというか、好きは好きだったんだけど、結局、そういうんじゃなかったっていうか」
一応、正直に答える。
「そういうってどういう?」
「僕が美紀ちゃんを好きだったのは家族としてなんだよね」
「でも美紀さんは家族じゃないでしょ」
「うーん、でも付き合いが長すぎて家族みたいなものだったんだよ」
すると不思議そうな顔で恵梨香が首をひねる。
「じゃあ、おにいちゃんは私や絵里萌のこと好き?」
「うん、そりゃ」
「それって家族として?」
「そうだけど」
「でも付き合い長くないよね」
妹は全然納得してなさそう。
「だって妹なんだから家族じゃん」
「でもさ、おにいちゃん、さっきの話だと」
恵梨香が僕の目を見上げながらさらに顔を近づけてきた。妹と校内一二を争うといわれる美少女の顔が、すぐ目の前で下から僕をじっと見ている。
「付き合いが長ければ家族みたいになるなら、付き合いが短ければ家族じゃなくなることもあるってことだよね」
「そんなことなくない?」
「おにいちゃんにとって家族って何なの?」
「家族は家族だろ」
「それじゃ、おにいちゃん、仮にだけど」
目の前の妹から入浴直後の洗い髪の匂いがしてくる。
「もしおにいちゃんが付き合ってる彼女の親が自分の親と再婚したら、その彼女はどうなる?」
「当然、妹になるだろ。年上なら姉だけど」
恵梨香は何を言ってるんだろう。
「その場合、付き合ったまま兄妹になるよね?」
「それはまずいんじゃない?」
「本人の気持ちはどうなるの?」
「でも考えてみなよ。兄妹で付き合って別れたその後って家の中が大変じゃない?」
「だからってそこで別れたらもっと気まずくない?」
「まあ、そうかもだけど……何というかそれは……」
「わかった」
妹は僕の目の前で納得したようにうなずいた。
「おにいちゃんにとって、家族って言うのは逃げ道なんだ」
「なんなのそれ」
「お兄ちゃんは家族が何より大事なんだね」
「なんでそこ詰めてくるの?」
恵梨香はなぜだか嬉しそうだ。
「そうだおにいちゃん。今度兄妹でデートしようよ」
「絵里萌も一緒?」
「三人以上はデートって言わないんだよ」
いつもはおとなしい恵梨香がなぜだか積極的だ。いつもこんなグイグイ来てたっけ。
「こないだ絵里萌は三人でデートって言ってたけど」
「あの子はちょっと変わってるからね」
そして恵梨香は僕の目を正面から見つめてくる。ちょっと口元がにやついている。
「いいでしょおにいちゃん。兄妹だし。家族なんだから二人で遊びに行くぐらい、いいよね!」
正面からそう言われると断れない。なんでか逃げ道をふさがれた気分。
「いやまあ、デートっていうか、ちょっと遊びに行くぐらいいいけど、今度な。その前に三人で遊びに行こう」
「うん、おにいちゃん」
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