第24話 はいなら一回、いいえなら二回だよ

「おにーちゃん、これは何かな?」


 薄目を開けると青く暗い光の中、妹のかわいらしい顔が目に入ってきた。慌てて目を閉じてとりあえず寝たふりを続ける。


 そしてその妹はというと、僕の左胸の上の方を指でなぞっていた。美紀ちゃんが念入りにキスマークをつけていたところだ。


 やっぱり歯ブラシで擦ったぐらいではどうにもならなかったみたいだな。

 ネットの情報は当てにならない。


「答えないと、脇の下くすぐっちゃうよ」


 そんなこと言われても寝たふりを続ける以外選択肢ないわけで。


「起きてるんでしょ、おにーちゃん」


 妹の指先が僕の胸の上を這い、脇の下に入り込んできた。腕の付け根を妹の指が動き回っている感触を僕は目をつぶって耐える。


「なかなかしぶといな、おにーちゃん。じゃあこれはどうかな?」


 突然妹の手が僕の手首を掴んできた。手のひらが上向きになるまで腕を持ち上げられると、その手のひらに突然柔らかい感触がした。


 妹の上半身の一部、柔らかく弾力のある膨らみの部分が、寝具越しに手のひらに当たっていた。さらにはその膨らみに指先がめり込んでいる。


「さすがにそれはちょっと」

「やっぱり起きてた」

「いや、寝てます」


 慌ててどうにか二人の身体の間から腕を引っこ抜いたものの、そのまま妹に手を握られてしまった。仕方ないので握り合った手を身体の横へと降ろす。


「じゃあ、おにーちゃん、寝ててもいいから質問に答えてよ」


 うーん、どうやってだろう……


 妹が僕の身体の上に身体を重ねてきた。恋人のように手を繋いだまま、小声で囁いてくる。


「ねえ、おにーちゃん、はいなら一回手を握って。いいえなら二回ね」


 なんだよそれと思いつつ、僕は妹と繋いだ手をぎゅっと握ってみた。これでいいのかな。


「そうそう。そんな感じ。嘘ついたら駄目だよ。わかった?おにーちゃん」


 まあいいか。これもコミュニケーションだろう。手を軽く一回握ると、僕の胸に妹が頭をくっつけてきた。そして妹の質問が開始される。




「最初の質問だけど、おにーちゃん、今日、美紀さんと手を握ってたよね」


 一瞬どうしようか迷ったけど、見られたのかもしれないし、妹の手をそっと一回握る。


「そうそう。正直でよろしい。それじゃ次の質問。おにーちゃん、今日、美紀さんの家に行ったんだよね」


 そういうラインが来てたし、嘘ついてもしょうがないよな。手早く一握りする。


「Hなことした?」


 え、いや、してないよな。うん、してない。にぎにぎと勢いよく二回。


「どうやら本当みたいね」


 僕の心臓の上に耳を当てたまま妹がつぶやく。え?そういうの分かるの?まじで?




「美紀さんとはキスしたの?」


 妹の手をにぎにぎと素早く二回握ると、突然、妹が口調を強くしてきた。


「本当に?昔も含めてだよ。キスしたことあるでしょ?」


 ちょっと躊躇してから一回握る。


「そうだよね。嘘は駄目だよ。おにーちゃん」


 ちょっと待って。この妹といい美紀ちゃんといい、なんでみんなそんなの分かるわけ?ひょっとして僕ってそんな分かりやすい?


 妹は僕の左胸に耳を当てたまま、片手で僕の手を握りながら反対の手の指先で僕の右の胸に円を描いている。



 ◇



 兄妹のじゃれ合いコミュニケーションだと思っていたら、いつのまにか負けられない戦いになってしまった。


 妹は次々と質問を繰り返してくる。目を閉じたまま眠いのと緊張とで朦朧とする意識の中で、妹の声だけが聞こえてくる。


「おにーちゃんは美紀さんと付き合っている」


 二回握る。


「おにーちゃんは美紀さんと付き合っていたことがある」


 ちょと躊躇したけどいまさらなので一回。


「知ってたけどね。それじゃ質問。おにーちゃんは今は女の子と付き合いたいと思っていない」


 妹の手を一回握る。


「なんで?」


 そう言われても「はい」か「いいえ」でしか答えられないんだけど……


「まあいいや、次ね。おにーちゃんは家族が大事だ」


 強く一回握った。


「おにいちゃんは怖いんだよね」


 怖いって何がだろう。一瞬躊躇してから慌てて二回握る。


「いま嘘ついた」


 そんなこと言われたって自分でも分からない。緊張で心臓がドキドキと脈打ってきている。




「次の質問。おにーちゃんは妹のことが好き?」


 反射的に手を一回握りしめると、妹が嬉しそうに息を漏らした。


「ありがとう。それじゃおにーちゃんは私の事も好きだよね?」


 そりゃ妹だもんな。妹の手を握ったところでふと考えた。

 そういえば、この妹って、どっちなんだろう?


「おにーちゃん、心臓の動きが速くなってきたけど。私の事嫌い?」


 慌てて手を二回握りしめた。どっちにしても妹なのに、そう思っても気持ちはますます焦ってくる。なぜだか胸の鼓動が高鳴ってきて止まらない。


「それじゃ次の質問ね。おにーちゃんは、恵梨香が恋愛対象だ」


 焦ったままで妹の手を二回握る。。


「おにーちゃんは、絵里萌は恋愛対象だ」


 同じく二回。急いで握るもののじっとり汗がにじんでくる。


「それじゃ、おにーちゃんは、私は?」


 そう言いながら妹は僕の手を強く握ってきた。心臓の鼓動が跳ね上がる。


「すごいドキドキしてる。おにーちゃんも私が好きなんだね。うれしい」


 いまここにいるのは恵梨香か絵里萌のどちらかなはずなのに、いつも二人に感じている穏やかな気持ちとは違う、ゾワっとするような感情が僕の中に湧き上がっている。


「家族だからこそ私はおにーちゃんが好きだよ」


 妹が身体を上にずらしてきた。その声が僕の顔の前から聞こえてくる。


「だからおにーちゃんも私のこと好きだよね」


 目を閉じたままの僕の顔に、どちらか判らない妹の息の気配が掛かる。


「駄目だよ」

「いいの」


 唇に柔らかな湿った感触。


 短く唇を重ねた後、妹は小声で囁いてくる。


「おにーちゃんは私のこと好き?」


 妹の手を握ると、その指が僕の指に強く絡みつく。


「うれしい、おにーちゃん。もう一回キスしよ」


 目を開けると妹の顔が目の前にあった。学校で一二を争う美少女の顔。僕を大好きな、そして僕の大好きな、妹の顔。


 妹の唇が、もう一度僕の唇と重なる。今度はもっと長く。

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