第25話 女の子は男の子より大人なんだよ
「おにいちゃん、おはよう」
「あ、、うん」
「どうしたのお兄ちゃん?」
「いや、おはよう……」
朝食の席なんだけど、どうも妹たちの顔をまともに見ることが出来ない。
「いってきます……」
「お兄ちゃん今日は早いね」
がらんとした朝の教室でラノベを読んでみるものの、頭に入ってこない。
「おはよう卓也、今日は早いな」
「あー、おはよう……」
「どうしたんだ、朝から元気ないな。なんか悩んでるのか」
幸雄にまで言われてしまった。
「おはよう!たっくん!歯舞君も」
「ぁ、うん……」
「国後さんはいつも元気だな」
確かに美紀ちゃんは学校ではいつも楽しそうだ。
「うん、そういえば歯舞君っていつもたっくんと一緒だよね。どっちが受け攻めとかある?」
「なにそれ?ボケツッコミのこと?」
「そんな感じ。今日のたっくん、なんか元気なくない?」
「だよな」
美紀ちゃんには当然のように見抜かれている。
◇
「で、聞かせてよ。ひょっとしてこれが原因?」
図書室に行く途中、みきちゃんは僕の左胸を指先で押してきた。
「えーっと、発端はそうなんだけど」
「そっか。で、妹さんなんだって?」
妹の事を考えると夜中の記憶がフラッシュバックする。
「いや、夢だった……のかもしれない」
「どうしたの?」
夢なわけないよな。生々しすぎる。唇の感触まで残っている。でもそれはさすがに言えない。
「えーっと、昔、美紀ちゃんと付き合ってたのが妹にバレた」
「いいじゃないそのぐらい。なんならもう一回……」
「そうしたら妹が」
「妹が?」
頭の中に妹の顔が思い浮かぶ。校内一二を争う美少女がすました笑顔を浮かべて顔を僕に寄せてくる。そして唇の感触が……
「あー、いや、なんでもない」
「なによ、言ってよ」
「いやさ、妹から、僕にとって家族は逃げ道だって言われて」
「んー、私ちょっと妹さんの言ってることわかる」
僕は立ち止まって「なにそれ?」という顔で美紀ちゃんの顔を見た。
「たっくんは家族っていうと思考停止するからね」
「え?そうかな」
「うん」
実はそれには気が付いていた。というか意識的にそうしていたところもあるわけで。
「美紀ちゃんって大人だね」
「女の子は男の子より大人なんだよ」
「そういうもんかなぁ……」
「ずっとそうだったでしょ」
ちょっとだけ昔を思い出してみる。
―――――
中学生の時、色気づいてきた僕たちはそれまでずっと一緒にいたお互いを男女として意識し始めた。
そして自然の流れとして付き合いだして恋人同士になったのだけど、それは中学生同士の幼いもので……
ある日、些細なことから僕たちは喧嘩を始め、その時はすぐに仲直りをした。
でもその喧嘩の間に、僕はもし美紀ちゃんとそのまま別れたら恋人を失うだけでなく、長い間一緒だった家族のような、というか母親のような、幼馴染をも同時に失うということに気が付いたのだ。
結局、僕らの関係はそれ以上進むこともなく、むしろ緩やかに関係を逆転させながら撤退し、結局二人の関係は「幼馴染」であるということに落ち着いた。
といっても僕が強引にそうしたところがあるので美紀ちゃん的には納得はいってないようだ。
その時は相当揉めたし、今も完全に元に戻ったというわけでもない。ふんわりした幼馴染だと思っていた美紀ちゃんがあんなに怖いとは思ってもなかった。正直ちょっと引いた。
それでも美紀ちゃんは僕にとっては家族みたいなもので、ちょっといびつな距離感だけど僕はこれでいいと思っていた。最近までは。
そして最近、僕には新たに本当の家族ができた。というものの、僕はいまだに新しい家族との距離感を掴み切れてない。一方、美紀ちゃんとの距離感も微妙になったままだ。
そこにあの妹が夜中にベッドにもぐり込んでくるようになったわけで、そして今に至る。回想終了。
―――――
「でも、あの妹さん達がそこまでたっくんの事をよく見てるとは思わなかったな」
一瞬過去を振り返っていた僕に向かって美紀ちゃんが言う。
「みんなで僕のこと子供扱いしてない?」
「じゃあたっくんも大人にならないと」
なぜだか美紀ちゃんは上から目線だ。
「何その私は大人ですみたいなムーブ」
「大人っていえばたっくん、パソコンがまたちょっと調子悪くって」
「それ大人に関係あるの?」
「えへへ」
イタズラっぽく笑う幼馴染は、なぜだか少しだけ大人っぽく見えた。
「美紀さん、ちょっとおにいちゃんに距離近くないですか」
「え?、あ、恵梨香」
ふと前を見ると廊下のすぐ近くに恵梨香が立っていた。すかさず隣の美紀ちゃんが答える。
「うん、幼馴染だからね」
「随分と都合のいい関係ですね」
「えへへ」
美紀ちゃんが横から僕の腕を取った。見せつけるように自分の胸に押し付けている。
すると恵梨香がつかつかと僕の目の前に寄ってきた。
身体が触れるほどの目の前まで来て、上目遣いに僕の顔を見上げてくる。長い黒髪がさらさらと流れ、ほんのりと恵梨香の匂いが漂う。
「おにいちゃん、今日は何食べたい?おにいちゃんの好きなもの作るよ」
制服を着た黒髪の美少女と至近距離で目が合う。やっぱりかわいい。つい見惚れそうになるけど、いや、これは妹なんだよな。
「兄妹にしては近づきすぎじゃない?」
「妹だからいいんです。家族ですから」
「どうなのそれ」
「だよね、おにいちゃん。家族だもんね」
至近距離から僕の目を覗き込みつつ妹が聞いてくる。
「あー、お姉ちゃん、いたいた」
見ると恵梨香の向こうから絵里萌が小走りに走ってきた。ツインテールの髪が揺れている。
「お姉ちゃんほら行くよ。今度お兄ちゃんと遊びに行くところ決めないと」
双子の妹は姉の手を取って引っ張りながら、振り返って反対の手を振る。
「それじゃお兄ちゃん、それに国後さんも、ご機嫌よう」
◇
「私の勘だとやっぱり犯人は恵梨香ちゃんね」
「それ、まだやってたんだ」
「それでたっくんは今度は妹さんとデートなわけだ」
「三人の場合はデートって言わないらしいよ」
個別のデートの約束の件は黙っておくことにした。でもなんかちょっと気が晴れた。僕も少しは大人にならないとな。
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