第26話 それはルール違反だよ、おにーちゃん
週末、兄妹三人で出かける約束をしていた日の朝。
今回の兄妹揃っての外出は絵里萌のプロデュースということになっている。僕は口を出さない約束で、ちょっとだけ気がかりだけど楽しみでもあった。
「おにいちゃんこれどうかな」
リビングで外出を待つ僕の前にいつもと違う格好の妹が現れた。袖のない緩めの白いワンピースに、緩く編んだ三つ編みを左右に垂らしてリボンを結んでいる。
今まで見たことのない妹の髪型だ。いつもの二人の髪型も清楚でいいけど、今日は家の中で妖精に遭遇したみたいでときめいてしまう。
というか超かわいいんだけど!
そして妹は僕の反応を澄ました顔で待っている。何か言わないといけないよな。
「すごいかわいいよ!、えーっと」
どっちだ?
「恵梨香だよ、おにいちゃん」
「そうだよね、恵梨香かわいいよ。すごいかわいい。妖精みたい」
「えへ」
まあ髪型だもんな。気分で変えることもあるよな。でも普段はストレートヘアの恵梨香のこういう髪型って新鮮だ。
「じゃあ絵里萌も呼んでくるね」
妹はワンピースを翻してパタパタと走っていった。実際いつもの制服姿も似合っているけど、今日のワンピース姿は髪型と相まってその三倍ぐらいかわいらしい。
かわいい妹コンテストに出場したら上位入賞間違いないだろう。
「お兄ちゃん!」
「どうした恵梨香」
また恵梨香がやってきた。目の前まで来ると首をかしげてニッコリとする。
「どう?かわいい?」
「うん。さっきからすごくかわいいよ恵梨香」
恵梨香はニヤっといたずら好きな妖精のような笑みを浮かべる。
「絵里萌とどっちがかわいい?」
「そういえば絵里萌は?」
「えーっとまだ準備してるかな」
その時、廊下の奥から声がした。
「あーいた、絵里萌」
向こうからもう一人、さっきと同じ妖精のような恵梨香がやってきた。
「あれ?」
目の前の妹が一瞬目を逸らす。
「お前、絵里萌だろ!」
「えへへ」
「なんで二人で同じ格好なんだよ?」
「今日はね、お兄ちゃんにデートを二倍楽しんでもらうっていう趣旨だから」
「絵里萌のアイデアなんだけどね。妹と二人っきりだと思って。おにいちゃん」
「何それ」
「「ねー」」
同じ顔で同じ髪型で同じ格好の妹が口を揃えて頷いた。やばい、区別ができない。
「おにいちゃん手を繋ごうよ」
「じゃあ私はこっちの手」
二人の妹と手を繋ぎ、街を歩いて電車に乗り込んだ。途中で何度か左右が入れ替わり、いまは右にいるのが絵里萌だ。多分。
「お兄ちゃんとこうやって遠くに出かけるの初めてじゃない?」
「だよね。近所のカラオケぐらいだったもんね」
また何度か左右が入れ替わる。楽しいはずなんだけど既にして混乱しまくっている。
そして同じに見える妹に左右から挟まれて電車に乗っていると、周りのみんなが見ている気がしてならない。
まあそうだよな。全く同じ顔で同じ格好のやばいぐらいかわいい子が二人で並んでるんだから。
「女の子もかわいいとじろじろ見られて大変なんだな」
「いつもは今日ほどじゃないけどね」
確かにさっきから老若男女問わずいろんな人がガン見してくる。
「そういえば絵里萌さあ」
「私は恵梨香だよ」
「ごめん」
絵里萌だと思った方に声をかけたら違ったみたいだった。
「本当は絵里萌でした」
「えーっと」
「で、なに?お兄ちゃん」
「本当に絵里萌?」
「実は恵梨香だよ」
「おにいちゃん、絵里萌、次の駅で電車降りるよ」
「絵里萌でよかったじゃん!」
「えへへ」
◇
「わーいマグロだ!」
「すごーい!」
「だね……」
なんかもう目的地の水族館に着いた時点で気力のほとんどを使い果たした気がする。
どっちが恵梨香でどっちが絵里萌かを見分けるためにずっと二人を見ていたんだけど、それでも時々間違えそうになったりして自分でも半信半疑になってきた。
「おにいちゃんちょっと待ってて。トイレ行ってくる」
「私も」
「え、あ、うん」
ここで今までの努力は完全に意味がなくなった
それにしても、はしゃいで水槽を見て回っている妹たちを見ていると、美紀ちゃんに「大人になれ」と言われた意味がよく分からなくなってくる。
水族館の中でも繰り返される妹当てクイズに疲れてきた僕は、ちょっと座って休憩することにした。
「おにーちゃん」
深海魚の前で疲れて座っているところに妹が一人でやって来た。
「あれ?ひとり」
「うん、向こうでペンギン見てるって」
「そう」
妹は僕の隣に腰を下ろした。えーっと、これは恵梨香か絵里萌かどっちだろう?どこかにヒントとかないのかな。ないか。まあいいや。
それにしても、おしゃれした妹の姿は本当にかわいらしいけれど、青い水槽の光を受けた顔は謎めいていて大人っぽくも見える。
美紀ちゃんの言う通り、女の子は男の子より大人なのかもという気もしてくる。
「僕って、子供っぽいかなあ」
「なんで?」
「こないだ美紀ちゃんに大人になれって言われて」
青白い光の中、妹は僕の手に自分の手を重ねてきた。
「おにーちゃんは怖いんだよね」
「それも最近誰かに言われたな」
妹の手が僕の手のひらの方に回り込む。
「僕は家族って言うと思考停止するって言われたんだけどさ」
「そうだね、おにーちゃん」
僕と妹は指と指を絡めるように握り合っている。
「考えたんだけどさ、僕は家族がいなくなることがものすごく怖いんだろうな」
「でもさ、おにーちゃん、私たちは何があっても家族じゃない」
「まあそうだよね」
「たとえ、恋人になったとしても家族は家族でしょ」
妹が僕の手を握りながら話してくる。
「そうなのかな」
「家族としての好きと、恋愛感情って両立するんじゃない?」
「そんなことないでしょ」
「なんでないって思うの?おにーちゃん」
隣に座る妹はちょっと首をかしげているようだ。
「だって……気持ち悪くない?」
妹が僕の手を二回握ってきた。
「義理の妹は法律的にも結婚できるんだよ、おにーちゃん」
「それにしたって、家族は家族でしかないじゃん」
また手を二回握られる。
「家族だからこそもっと好きになれるんじゃない?」
「ていうか、おまえ、恵梨香と絵里萌のどっちだ?」
「それはルール違反だよ、おにーちゃん」
「そんなルールあったんだ」
今度は一回握られる。
「おまえは……」
いや、何だって言えばいいんだ?名前を聞くのはルール違反らしいし。
「胸にホクロある?」
妹が僕の手をぎゅっと握りしめてきた。しばらく黙って二人で手を握り合う。
そして今度は妹が質問してきた。
「おにーちゃん、私のこと好きだよね」
妹の手を一回握る。
「私とキスして、気持ち悪かった?」
今度は二回握る。
「だよね、私もうれしかった」
僕は妹と手を握り合い、指を絡め合う。そして手を離す。
「大好きだよ、おにーちゃん。またね」
「あー、いたいた、お兄ちゃん」
「おにいちゃん、もうじきイルカショーだって」
深海魚の水槽の前から、そっくりな見た目の二人の妹が両手を引いて立たせてくる。
「じゃあ行こうか」
「うん」
「行こう」
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水族館の妹のイラストはこちら
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330668969486207
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