第五章 僕と妹のルール

第22話 お兄ちゃんって好きな人いないの

「ただいまー」

「おかえり、おにいちゃん。もうご飯だよ」


 今日はロングヘアーの恵梨香がエプロン姿で出迎えてくれた。


「うん、遅くなっちゃったな」

「また本屋さんですか?」

「あー、えーっと、そう」

「ふーん」


 その声に微かに疑いの色が混ざっている、気がする。




「いただきまーす、、うん、おいしいねこの酢豚」

「今日はお姉ちゃんが作ったんだよ」

「そうなんだ。さすが恵梨香だね」


 実際、恵梨香の作る夕食は手が込んでいてしかも美味しいんだよな。


「まあね、おにいちゃんの好きな味付けだんだん判ってきたから」


 恵梨香はちょっと自慢げに嬉しそうな顔をしている。さっきのは気のせいだったのかもしれないな、と思ったところに絵里萌が口を挟んできた。


「そういえばお兄ちゃん、さっき国後さんからラインがあったよ」

「え?、なんだって?」

「お兄ちゃんが家に忘れ物していったから明日学校に持っていくって」


 ガチャッ


 僕に酢豚を取り分けようとした恵梨香の手が滑って皿をテーブルに落とした。


「そう、なんだ。本屋さんじゃなかったんだ」

「いや、本屋も行ったし、そうむしろ本屋が本命みたいなほらあれ」


 ついテンパって早口でしゃべる。


「隠さないでいいのに、おにいちゃん」

「っていうか、なんで絵里萌は美紀ちゃんとライン繋がってるの?」

「だって女子高生だもん」


 絵里萌が「当然でしょ」という顔をした。その隣で恵梨香は目を細めて僕をじっと見ている。


「ひょっとして恵梨香も美紀ちゃんとラインしてる?」

「まあ、女子高生だし」

「そういうもん?」


 二人とも、まあねという感じでうなずいた。


「ひょっとして美紀ちゃんに僕の写真送った?」

「まあ」

「うん」

「なんで?」

「アイス買ってくれたから」

「私はジュース」


 いつの間にか僕の妹たちを手なずけている美紀ちゃん恐るべし。

 そしてふと僕は恐ろしい考えに思い当たった。


『これひょっとして、ぜんぶ美紀ちゃんの手のひらの上だったらどうしよう……』


 いや、さすがにそんなわけないとは思うんだけど。



 ◇



僕「ちょっと通話できる?」


 夕食後、部屋で美紀ちゃんにラインを送ると0.2秒ぐらいで通話がかかってきた。


「どうしたのたっくん、通話なんて珍しいよね」

「美紀ちゃん、さっき絵里萌に変なラインしたでしょ」

「陽動よ陽動。ここで一番慌てた人間が真犯人」

「なるほど」


 実は美紀ちゃん、何か考えてたんだ。


「で、誰が一番慌ててた?」

「僕かな」

「じゃあ犯人はたっくんだ」

「それってノックスの十戒的にどうなの?」

「大丈夫、クリスティにもそういうのあるから」


 トントン


 部屋のドアがノックされた。


「それじゃ切るね。また明日」

「おやすみ、たっくん」


 扉を開けると、すぐ目の前のツインテールの妹と目が合った。至近距離で見るそのかわいらしい顔に一瞬圧倒されそうになる。


「あーえっと、なに、絵里萌」

「お兄ちゃん、ちょっといい?」


 妹は部屋に入ってくるとベッドのふちに腰かけた。


「一応聞くけど、お前、絵里萌だよな?」

「どっちだと思う?」


 ツインテールの妹はかわいらしい顔にあいまいな微笑を浮かべる。


「まあいいや。で、なにか用?」

「いま通話してたの国後さんだよね」

「えーと、そうだけど」

「お兄ちゃんと国後さん、本当に付き合ってないの?」

「なんだよそれ。言っただろ」


 受け答えの感じだと、どうやら本当に絵里萌みたいだ。


「だって仲良すぎじゃない?」

「だから幼馴染なんだって。むしろ家族みたいなもんだよ」

「ラノベだと幼馴染ってだいたい中学のころ疎遠になるんだよ」

「現実はラノベとは違うから」


 ベッドのふちに腰かけて、絵里萌は納得しない顔をした。


「逆にそれだけの長い付き合いで、どうして付き合ってないの?不自然じゃない?」


 聞かれたくない質問が来てしまった。


「いやまあ、それは……」

「あれ、ひょっとして、”いまは”付き合ってないってこと?」

「えっ」

「ははーん、なるほど」


 目の前の妹はしたり顔でうなずいた。勘が良すぎる。


「何言ってんだよ絵里萌」

「いいからいいから、ところでお兄ちゃん」

「なんだよ」

「お兄ちゃんっていま好きな人いないの?」


 絵里萌が調子に乗ってグイグイきた。まあいいか。


「いや、いるよ」

「聞いてもいい?」


 興味深そうな顔を僕に近づけて聞いてくる。


「そうだな、絵里萌も恵梨香も好きだし、美紀ちゃんも好きだよ」

「なんだつまんない」


 興味深そうだった妹の顔が一転した。僕はちょっと偉そうに説明する。


「好きにもいろいろあるんだよ。教科書に出てくるエロスとアガペーってやつだな」

「でもさぁ、それって両立しないわけじゃないよね、ていうか」


 妹が首をかしげながら反論してきた。

 

「恋人だった人が家族みたいになったりするなら、家族が恋人みたいになることもあるんじゃない?」

「ないだろ」

「そうかな。血がつながってなくても?」

「あったらいろいろ大変だろ」

「大変なのはそうかもだけど、でもさ」


 絵里萌は引き下がらない。


「お姉ちゃんはお兄ちゃんの事好きみたいだよ」

「またその話かよ。そういう意味じゃないだろ」

「お姉ちゃん、美人でかわいいと思わない?」

「お前も同じ顔だけどな」


 妹の顔がほころんだ。


「そういえば美紀さんもおにーちゃんの事を諦めてないみたいだね」

「さっきは国後さんって言ってなかった?」

「ちょっとした間違い」

「どっちが間違い?」

「こっち」


 いつもと同じいたずらっぽい表情をしている。


「まあいいや。ところで、絵里萌」

「なに、お兄ちゃん?」


 妹はツインテールの頭を少しだけ傾けて僕を見た。少しだけ目が大きく開いて、口元に軽い微笑みが浮かんでいる。やっぱりかわいい。校内で一二を争うと言われるだけのことはある。


 一瞬、この場のノリで『夜中にベッドの中に入って来たことある?』と聞こうかと思ったのだけど、やっぱりそれはルール違反な気がした。


 そもそも答えがどっちだろうと本当かどうかは分からないのだ。


「今度また三人で遊びに行こうな」

「うん、お兄ちゃん。でも二人でも遊びに行きたいな」

「わかった、今度な」



 ◇



 喉が渇いたので何か飲もうと台所に行ったら妹がいた。黒髪ロングヘアーなので恵梨香の方だと思う。なぜだか一瞬ドキッとする。


「おにいちゃんも麦茶飲む?」

「あ、うん、ありがとう」


 コップに冷えた麦茶を注いでいる妹に話しかけてみる。


「そういえばさっきの件だけど」

「え、なに?」


 妹はちょっと怪訝な顔をした。


「いや、三人でまた遊びに行こうってさっき絵里萌に話してて」

「うん、行く行く!」


 校内で一二を争う美少女のもう一人は嬉しそうにうなずいた。どうやら本当に恵梨香みたいだ、ってことはさっきのはやっぱり絵里萌か。ややこしい。

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