第21話 妹さんによろしく

「たっくん、今日はうちに行く日だよ」

「あー、そうだったね」


 授業が終わるやいなや幼馴染の美紀ちゃんに捕まった。


「お前ら本当に仲いいな」

「そうなの!幼馴染だからね!」


 呆れた感じの幸雄の声に見送られて教室を出て、美紀ちゃんと昇降口まで一緒に歩いてきたところで一度周りを見て妹がいないことを確認する。


 どうやら前回はここで恵梨香に見られていたようだ。


『今日はいないみたいだな……』


 授業終了と同時に教室を出たのが良かったのか、周りには生徒はまだまばらだ。

 少しほっとして足早に学校を後にする。


 そして校門を出ると同時に美紀ちゃんが手を繋いできた。


「学校の外だからいいんだよね!」

「そういうルールだっけ」

「うん、だって幼馴染だもん。今日はそういう日」


 まあ美紀ちゃんが嬉しそうだからいいか。幼馴染だしな。



 ◇



 そして一昨日ぶりに美紀ちゃんの部屋にやってきた。とりあえず机の前に座ってパソコンの電源を入れる。パソコンは普通に起動した。


「パソコンが調子悪いんだよね?」

「え、あ、うん、そうだっけな」

「ちょっと見せてよ」


 両肩の後ろから美紀ちゃんが手を伸ばしてきて、両手で手早くキーボードを叩いてパスワードを入力している。頭の後ろに柔らかい弾力を感じているけど、これは不可抗力だよな。


「あれー、なんともないなー」


 後ろから手を伸ばしている美紀ちゃんがマウスをグリグリと動かすたびに、頭の後ろにやわらかいものがグリグリと押し付けられている。


「大丈夫。直ったみたい」

「よかったね」

「うん。ありがとう、たっくん」


 よかった、調子の悪いパソコンはなかったんだ。


「たっくんちょっと待っててね。飲み物持ってくる。押し入れは開けちゃだめだよ」


 美紀ちゃんは制服を翻してバタバタと部屋から出て行ってしまった。なんか押し入れは開けちゃいけないみたいだし、暇だからパソコンでもいじってるか。


 タスクバーの検索窓に「たっくん」と入力して、このあいだ一瞬見えたフォルダを見つけ出した。

 手早くクリックすると大量の写真が表示される。


『やっぱり僕の写真だ……』


 小さい時からの僕の写真が画面にずらっと表示されている。美紀ちゃんと一緒に写っているものもいっぱいある。

 二人で並んでお昼寝している写真とかあってなんか懐かしい。


 ホイールでざっとスクロールして中学校の頃を飛ばし、時間を進めて最近の写真まで眺めてみた。高校の校内の写真もあるな。そして、あれ?


 どうみても僕の家の中で撮られた写真があった。しかも何枚もある。日付を見ると割と最近だ。そりゃそうだよな引っ越したの三か月前だし。


『となると、これ誰が撮ったんだ?』


 その時、部屋の外から足音が聞こえてきた。素早くフォルダを閉じる。


「たっくん、開けて」

「うん」


 お盆にグラスを乗せた美紀ちゃんがドアの外に立っていた。

 制服でなく、だぼっとした長いTシャツを着ている、というかそれしか着ていない。


 裾から足の先まで生足が見えている。


「あれ、着替えたの?」

「うん、制服は皺になるからね」

「まあ、そうだね」

「パソコンも直ったし、ちょっと横になろうよ」

「え?」


 美紀ちゃんは机にお盆を置くと、薄ピンク色のベッドの上に移動して横に寝転んだ。そして隣をポンポンと手で叩く。シャツの裾から太腿が覗いている。


「ほら、たっくん、お昼寝だよ」


 子供の頃の思い出がフラッシュバックしてきた。




 そして気が付いたら幼馴染とベッドに二人で寝転び、並んで天井を見上げていた。枕から美紀ちゃんの匂いがしている。


「たっくん、懐かしいよねーこういうの。昔を思い出すよねー」

「一昨日もやってない?」

「私なんか眠くなってきちゃった」


 唐突な流れを理解しきれてない僕に、幼馴染は右隣からゴロっと僕にのし掛かってきた。Tシャツ越しの柔らかい身体の重みを感じる。


 僕の首筋を指で触ってくる。ちょっとくすぐったい。


「もう、薄くなっちゃった……」


 一昨日に自分で付けたキスマークの跡を指でこね回している。


「歯ブラシで擦ると消えるってネットに出てたんだ」

「へー、そうなんだ」

「いや、実際よくわかんないけど」

「ふーん」


 幼馴染の指先が僕の首筋を這い回っている。


 そしてその指先が首筋から鎖骨のあたりまで降りてきた。何かを忘れている気がしてくる。


 突然、美紀ちゃんが声を上げた。


「あれ、これってなんだろ?」

「あっ!」

「たっくん?なにかな、これ?」


 しまった、これは面倒臭いことに……




「えーっと、朝起きたらこうなってて、僕もなんだか」

「もしかして妹さん?」

「うーんと、その可能性もなくもない、のかな……」

「本当だったんだ……」


 ていうか、美紀ちゃん本当だと思ってなかったのか。


「いや、私、たっくんの夢の可能性もあるなって思ってたの」

「ひょっとしたら夢が現実に干渉したとかかも」

「超常現象は駄目ってノックスの十戒に書いてあったよ」

「そこは忠実なんだね」


 僕の上にのし掛かったまま、幼馴染が指先で僕の鎖骨の下を撫で回している。その口元が不満ありげにムニュムニュと動いている。


「ところでたっくん、その妹さんだけど、隣で寝てるだけって言ってなかった?」

「寝てるだけみたいなもんだよ」

「これキスマークだよね?」


 美紀ちゃんってこういう時だけちゃんと詰めてくるんだよな。


「でもほら、定義上キスじゃないって美紀ちゃんも言ってたじゃん」

「ふーん、そうなんだー」

「いや、それは、その」


 僕は今、ベッドに仰向けの状態で美紀ちゃんに組み伏せられて尋問されている。眼鏡の奥の目がなんか怖い。


「なるほどね、そう来るんだ。これは私に対する挑戦ね」

「誰の?」

「妹さんのよ。決まってるでしょ」


 幼馴染の眼鏡っ子は「何言ってるの?」という目つきで僕を見る。目がマジだ。


「いやでもさ、先に始めたのは美紀ちゃんじゃない?」

「私のは軽い挨拶みたいなものでしょ」

「そうなんだ」


 美紀ちゃんは頭を傾けて軽くうなずいた。


「問題はどっちの妹さんかよね」

「妹はさん付けなんだね」

「たっくんの妹だからね」


 僕の幼馴染の口元がにっこりと微笑む。目は笑ってないけど。


「直感としては恵梨香ちゃんだけど、絵里萌ちゃんもなんか怪しいのよね」

「あー、僕そろそろ帰ろうかな」


 完全にヤバい雰囲気になってきている。


「ちょっと待って。妹さんに返事しないと」

「争いは何も生まなくない?」

「生きる力にはなるんじゃないかな」


 美紀ちゃんは僕の襟元を引き下げると、左側の鎖骨の下に口を当ててきた。


「これでよし。それじゃ妹さんによろしくね」

「えー」

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