第11話 そういえばカラオケに誘ってたよな
「ねーねー、あれ、いつにする?」
「え?」
相変わらず人の来ない図書室のカウンターでぼーっと座っていると、隣に座っているクラスメートの図書委員兼幼馴染の美紀ちゃんが耳元で囁いてきた。
「ほら、こないだのあれだけど、ほら、あれあれ」
美紀ちゃんはあれあれ言いながら僕の腕を取って、さりげなく自分の身体に押し付けてくる。あ、なんか肘に柔らかいものが当たってきた。
「えーっと、なんだっけ、あ、あれね、あれ、あれあれ」
「そう、あれ、いつにする?」
なんだっけ?
どうも最近いろんなことが起こり過ぎてて、先週の事とか遠い記憶なんだよな。みんなもっとちゃんと説明してほしい。
ちなみにこの幼馴染の美紀ちゃんについて説明しておくと、僕よりは背が低いものの、妹たちよりは背が高くてスタイルもいい。つまりなんというか、胸が大きいのだ。
中学生のころはそうでもなかったはずだけど、高校生になってずいぶん大きくなった気がする。
僕も最近は直接見たわけじゃないけれど、『Eカップぐらいあるんじゃないか』というのがクラスの男子の噂だ。
おかっぱ頭の眼鏡っ子なのにそういうのって、ちょっとズルいと思うんだよな。
それに美紀ちゃん、最近妙にボディータッチが多くなってきた気がしている。プリクラの時もそうだったけど、いまも腕に柔らかい感触が当たってて、なんというかその、えっと。
「お兄ちゃん」
声がしてふと見るとカウンターの前に、黒髪を二つに縛ったやたらかわいい女子生徒が立っていた。というか僕の妹だった。姿勢を正して平静を装う。
「あ、絵里萌じゃないか。どうした?」
「今日は返却に来たんだけど、お兄ちゃんは何してるの?」
「何ってほら、仕事だけど……」
「へー」
妹の視線がなぜか冷たい。
「お仕事大変ね、お兄ちゃん」
「ま、まあね」
「そうだ、そういえばお兄ちゃん」
妹はちょっと小首をかしげ、校内一二を争う美少女の笑顔で微笑んで
きた。やばいかわいい。
いつも見ている顔なのにこの表情にクラクラしてしまう。
「あの約束っていつにする?」
「え、なに?」
「ほら、兄妹だけでカラオケに行くって約束したじゃない、
「あーー、もちろん覚えてる」
妹が文末を強調して発音する。ゲーセンの記憶がいろいろと蘇ってきた。
「ここんところいろいろ用事があってさ、ちょっと調整させて」
「うん、お姉ちゃんも楽しみにしてたよ」
絵里萌はもう一度微笑むと、ツインテールを翻して歩いて行った。
そして僕は幼馴染の方をちらっと横目で見る。そういえばそうだったな。こっちも思い出した。
「えーと美紀ちゃん、カラオケだけどさ、いつにしようか」
「へー、たっくん、妹さんともカラオケ行くんだ、ふーん、私だけじゃないんだ」
「いやさ、兄妹でカラオケぐらいよくない?」
「別に悪いとか言ってないよね、いいんじゃない、兄妹で仲良く、ふーん、そう」
微妙に空気が悪くなってきたぞ。
「そうだ、僕、返却の仕事してくるから」
ちょっと逃げ出すことにした。
この図書室、借りる人もそんなに多くないので当然返却も大した量じゃない。
返却窓口に積まれた本をバーコードスキャナで読み取ってカートに乗せていく作業をモノの数分で片付けて、あとは本棚に置きに行くだけだ。
「あれ、この本……」
返却本のラノベのタイトルに見覚えがあった。
『幼馴染にパーティーから追放されたけど妹がいるから大丈夫』
『妹と挑む異世界ライフ。幼馴染とかもうオワコン』
『幼馴染にザマーして妹とダンジョンを攻略します』
これって恵梨香が借りてた本だよな。さっきの絵里萌が代わりに返しに来たのかな。そういえば返却に来たって言ってたし。
そして美紀ちゃんの機嫌が直るまで、僕は人の少ない図書室をなるべくゆっくりカートを押して回る。
「それで美紀ちゃん、カラオケだけど」
「図書室で私語は禁止ですよ」
「えぇぇ??」
なにそれ、ツンデレ?幼馴染なのに?
そろそろいいかと思って戻って来たけどそうでもなかったみたいだ。妹とカラオケぐらいよくない?
僕が困惑していると、美紀ちゃんはこっちを向いて顔を軽く傾けてきた。眼鏡を掛けた顔の口元が緩んでいる。
妹ほどじゃないけど美紀ちゃんも結構かわいいんだよな。
「カラオケの後カフェに行ってパンケーキもつけてくれる?」
「え、まあいいけど。今週土曜日でいい?」
「うん♡」
図書館の仕事が終わり、片づけている僕の背中に身体を押し付けながら、耳元で美紀ちゃんが囁いてくる。
「久しぶりのデート、楽しみだよね、たっくん」
◇
「で、お兄ちゃん、カラオケいつ行くの?」
「うーんと、今度の日曜日でどうかな」
「私はいいけど、お姉ちゃんは大丈夫?」
「うん大丈夫。楽しみだな」
「じゃあ日曜日ね」
夕食のテーブルで妹たちがうなずいた。初めての兄妹だけのイベントにちょっとワクワクする。妹たちも嬉しそうだ。
そして夜中。
人の気配と重さを感じてふと目が覚める。
例によって右半身に黒髪ロングヘアーの女の子が抱きついていた。最近なかったから油断してたよ。
「あのー、エリちゃん?」
「すぴー」
寝息が聞こえる。寝てるのかな。
「エリエリ?」
「すぴー」
「妹妹?」
「すーぴー」
「妹X」
「……っ」
「エリエックス」
「……ぷっ」
いま噴き出してない?
「起きてるじゃん!」
「……すぴー」
まあいっか。
動かせるほうの左手で妹の頭をポンポンと撫でるように叩く。
「早く部屋帰って寝ろよ」
「……」
「おやすみ」
「……」
「カラオケ楽しみだな」
妹がちょっとうなずいた気がした。
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