第12話 これってやっぱりデートなのかな

「お兄ちゃん、今日は出かけるの?」

「え、うん、ちょっと、友達と」


 土曜日、妹たちとのお昼を食べ終えた僕は、美紀ちゃんとのカラオケに出かけるところで絵里萌に声を掛けられた。


「そうなんだ、お兄ちゃんのお友達・・・とね」

「あ、うん。友達」

「行ってらっしゃいお兄ちゃん」




 駅前の待ち合わせ場所には、白いひらひらのドレスにピンクのリボンという、これからステージに立つアイドルみたいな気合の入った女の子が立っていた。

 何だろう、おかっぱ頭と眼鏡が服装と微妙に不釣り合いだな、と思ったら自分の待ち合わせ相手だった。


「あ、たっくんだ!早いね」

「えーっと、あ、うん、待った?」

「ぜんぜん。私、楽しみだから早く来ちゃった」

「ちなみにどのぐらい?」

「もう一時間ぐらいかな、あ、全然気にしないで」

「あ、うん、全然気にしない」

「全然だよ、ぜんぜんー」


 幼馴染は僕の隣でぜんぜんぜんぜん言いながら、はしゃいだ様子で歩いている。僕は友達と遊びに行くぐらいのつもりだったけどな。美紀ちゃん的にはちょっと違うみたいだ。


「デートなんて久しぶりだよねたっくん」

「え、あ、そうかな、そうだっけ」

「たっくん引っ越ししてから全然かまってくれなかったもんね」

「えーと、ごめんね」


 なんとなく謝った方がよさそうな流れだな。


「んー、いいけどー」

「ならよかった」


 別にいいらしい。ちょっとほっとした。


「んー?」


 美紀ちゃんはちょっと不満そうな顔で僕を見る。なにが不満なのかはわからないけど、そういえばデートではまず服を褒めろとネットに書いてあったな。


「そういえば美紀ちゃん、今日は気合の入った服装だね」

「ほら、ひさびさだから」

「そうだね、ひさびさだねー」


 っていうか、前回のデートっていつのことを言ってるんだろう?



 ◇



「でね、私さ、幼馴染としてこれからはサバサバ系で行こうと思ってたんだけどね」

「さばさばってなに?」

「えーっと、前にマンガで読んだんだけど」

「そうなんだー」

「ほら、私ってちょっと重いでしょ」


 あ、自覚あったんだ。


「でも美紀ちゃんらしくていいんじゃない?」

「そうかな」

「で、さばさばってなに?」

「カラオケ着いたね」


 二人で話しながら歩いていたら、いつのまにか目的地のカラオケボックスに到着してしまった。二人用の小さな個室に三時間パックの学生料金を払って入室する。


「たっくん、デンモク貸して」

「はい」

「たっくんが歌いそうな曲入れとくね」

「ありがとう」

「たっくん、ジュースのむ?」

「あ、うん」

「たっくんの曲だよ、歌って。はいマイク」

「あーあー」

「次はデュエットだよ」



 ◇



「たっくんは楽しかった?」


 ビッチリ詰まった三時間を過ごした後、ようやくお店から出たところで、ひらひらドレスの幼馴染がまだ物足りなげな表情で尋ねてくる。


「えっと、うん、すごく満喫したっていうか。美紀ちゃんは?」

「たっくんが楽しんでくれたならよかった!それじゃパンケーキ行こうよ」

「行きたいところあるの?」

「うん、ネットで見たんだけどね」


 というわけで美紀ちゃんとパンケーキで有名なカフェに行ってみたところ、店の外まで行列している。世の中ネットに乗せられすぎだと思う。


「混んでるね」

「どうする?たっくん」


 いや別に僕はそこまでしてパンケーキが食べたいわけじゃないんだけどな……と思っているとマナーモードにしてあったスマホが震えた。何かメッセージが着信している。


絵里萌「パンケーキの美味しいおすすめカフェ」


「どうしたのたっくん?」

「他にもおすすめのお店があるってネットに」

「へー、行ってみようよ」




「ここのパンケーキおいしいね」

「うん、そうだね」

「ネットの情報も結構当てになるね」


 いや、妹からラインで来たんだけど、まあある意味ネットだよな。


「そうだね」


 さっきから美紀ちゃんの背中側、二つ向こうの席でツインテの黒髪がちらちら動いてるのが見える。


「そういえばたっくん、最近面白い動画とか見た?私こないだ見つけたんだけど……」

「へえ」

「……でね、ほらうちのクラスにメイちゃんっているじゃない、あの子が……」

「ふーん」


 美紀ちゃんが一生懸命話を振ってくるんだけど、僕はその向こうのツインテが気になってしょうがない。


「たっくん、あんまり楽しそうじゃないね」

「え?」


 美紀ちゃんがじっと僕の顔を見ていた。


「いや、楽しいよ。ひさびさだし」

「そうだよね、ひさびさだよね。そういえば、前のデートでさ、覚えてる?ほら、たっくんがさ」

「あ、うん」


 もうまったくわからない。前のデートっていつのことだろう?


「お父さんが再婚するって心配そうだったじゃない、でもあの時、もう私はたっくんのお母さんじゃなくていいんだなって思ったの」


 美紀ちゃんがしみじみと語る。確かに美紀ちゃんはずっとお母さんぽい感じだったよな……


「だからこれからは新しい関係を作って行けたらいいなって」

「あー、思い出した」


 確かに父親が再婚するという話を聞いて美紀ちゃんに相談したことがあったな。あれデートだったんだ。

 そういえば待ち合わせしたな。定義上そうかも。


「そしたらたっくん引っ越しちゃって、気が付いたらあの妹さんたちと同棲でしょ。確かにかわいいのは分かるけど、ちょっとイチャイチャしすぎじゃない?」

「正確に言うと同棲じゃなくて同居だよ」

「妹だから一緒に住めるなんて、ずるい」


 涙目になって僕を見る美紀ちゃん。


「妹は妹じゃん、別に気にしなくても」

「だったら私、たっくんのお姉さんになる!」


 幼馴染が変なことを言い出した。


「なんでお姉さん?」

「だって妹じゃ本物には勝てないし……」

「そういうことじゃなくない?」


 美紀ちゃんは時々こういう非論理的なことを言い出すのだ。前もあった。


「美紀ちゃん、僕たちの関係は幼馴染だって中学の時に決めたじゃん」

「たっくんが勝手に決めたんでしょ。私だってもっと甘えたかったのに」

「いや別に、今も誰も甘えてなんかないけど」


 美紀ちゃんはまるで僕が誰かを甘やかしているような物言いだ。


「こないだゲーセンで楽しそうだったよね」

「ほらでも妹だし、しょうがなくない?」

「妹とイチャイチャしていいなら、お姉さんだっていいでしょ」

「だって美紀ちゃんより僕の方が年上じゃん」

「むー」


 まあ数カ月差なんだけど。


「それに美紀ちゃん、さっきサバサバ系幼馴染って言ってなかった?」

「重いのが私らしいってたっくん言ったよね」

「えー」


 美紀ちゃん無駄に記憶力いいんだよな。しかしこの雰囲気何とかならないだろうか。あ、そうだ。


「そういえば美紀ちゃん、今日の服かわいいね」

「そう?」

「うん!かわいい」

「そうかな」

「うん、いいと思う。アイドルかと思った」

「えへへ」


 美紀ちゃんの機嫌がよくなってきた。なるほど。ネットの情報もたまには役に立つかも。


「そうだ、たっくんパンケーキ食べる?はい、口開けて」

「いやもうお腹いっぱい……」


 どうも加減が難しい。

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