第三章 デートの定義ってなんだ

第10話 お風呂回は突然発生する

 ちょっと本屋に行っただけで汗だくになってしまった。油断した。


「しっかし暑いな!」


 思わず口に出してしまう。毎年の事だけど異常気象なのか、夏はまだなのに気温は30度を超えている。


 父さんと義母さんかあさんは夫婦で買い物に出かけてしまった。新婚だけど日頃は忙しいしこういう時は二人っきりで居たいのだろう。お熱いことだけど夫婦でもデートっていうのかな。家から一緒に行くのはただの外出な気もするけど。


 一方、妹たちは部屋で何かしているみたいだ。勉強かな?偉いな。さすが僕の妹たちだ。僕も買ってきた本でも読むとするか。でもその前に、


『ちょっと風呂でも入っておくとするか』


 といっても昼間なので風呂が沸いているわけではなくてシャワーだけど。汗だくでは妹たちに嫌われちゃうかもしれないし。


『あれ、電気つかない』


 風呂場のスイッチをカチカチしてみるが電気が付かない。そういえばここだけLEDじゃなくて電球だった。切れちゃったのかも。

 といっても風呂場には曇りガラスのはまった外窓があるので、ちょっと暗いけど昼間なら問題はない。


『まあいいか。シャワーするだけだしな』


 服を脱ぎ、電気の消えた風呂場に入ると、まずはシャワーのお湯の温度を調整して汗を流す。汗臭いと言われないようにシャンプーもしとこうか。


 お湯を止めると、いつものシャンプーボトルを手に取った。空だった。


『しょうがない、ちょっと借りるか』


 となりのシャンプーボトルから少量を拝借し、手のひらに取って頭に泡立てていく。


 妹の匂いがしてきた・・・・・・・・・


 なぜかちょっと動揺する。その時、脱衣場から音が聞こえてきた。


 ガラガラっ


 考えるまでもない、引き戸が開く音だ。電気に気を取られて鍵かけるの忘れてたかも。


「暑いよねー、シャワーシャワー」

「身体ベタベタだもんね」


 待てよ、この状況は。


「絵里萌ちょっと太った?」

「そんなことない、と思うけど。お姉ちゃんと一緒だったじゃない」

「えー私、変わってない、はずだけど」


 脱衣場から妹たちの聞きなれた声が聞こえてきた。そして半透明の折り畳み戸を通して肌色の姿が透けて見える。


 ところで、いま、この風呂場には電気がついていない。となると……


『やばい!』


 瞬間的な判断で空の浴槽に入り込み、上に蓋を乗せて隠れる。同時に風呂場の折り畳み戸がガタガタと開く。


「あれー、電気つかないね」

「切れちゃったのかな、昼間でよかったね」

「うん、早くシャワーしよう」


 風呂場に響く女の子の声、そしてシャワーの水音が聞こえ始める。


『これはひょっとしてピンチなのでは?』




「お姉ちゃん、おっぱい大きくなったんじゃない?」

「こないだ計った時、絵里萌と一緒だったじゃない」

「じゃあ私も大きくなったかな、えへへ」


 えーっと、こういう時はどうしたらいいんだ。突然の出来事に動揺を抑えきれない。まずは落ち着いて状況を整理してみよう。


 現状、僕は裸で頭に妹の匂いがするシャンプーを泡立てたまま、蓋をした浴槽に隠れている。すぐ横の洗い場では二人の妹たちが裸で身体を洗っている。


 ちなみに前に抱きつかれた時の感触からすると、妹はそれなりに胸が大きいと思われ、たぶんCカップぐらいありそうだった。

 とはいうものの、いまの会話から推測するに二人はほぼ同じサイズのようだ。となると体形からの識別は難しいか……


『いや待てよ、』


 今こそ例の胸のホクロを確認する絶好の機会なのではないだろうか。ここはピンチはチャンスと考えることもできるのでは。


 頭を風呂蓋に近づけて浴槽との隙間から洗い場を覗き込んでみた。

 肌色をした何かが動いているのが見える。


 ただ残念というか何というか隙間が狭くて全体像を確認できないんだよな。身体の一部ということしかわからない。いま見えているのはどのへんなんだろう。


「最近ちょっとお腹が出てる気がするんだけど」

「運動不足じゃない絵里萌?」

「お姉ちゃんも一緒でしょ」


 肌の上を手が擦る様に動いているのが見えた。会話内容から考えるとここはどうやらお腹みたいだな。

 となると、頭を下げて上の方を見れば……ちょっと角度的に見にくいな。


 もうちょっとだけ隙間を開けてみるか。あ、おっぱ……


『うわっ!』


 突然、風呂蓋と浴槽の隙間からお湯が流れ込んできた。そしてシャワーの音。


「お姉ちゃん、流しちゃうね」

「ありがとう絵里萌」


 肌色がちらちらと見える隙間からはお湯が何度も撥ね飛んでくる。


「そういえばこないだ、お兄ちゃんがお姉ちゃんのこと見てたよね」

「え、いつ?」

「ほら、呼び名を考えてた時」

「えー、そうかな。絵里萌のこと見てたんじゃない?」

「あれは絶対お姉ちゃんのこと見てた」

「そうかな。そんなことないと思うけど」


 いや本当にすいません。正確に言うと二人とも見てました。そっと蓋の隙間を閉じる。


「ねえねえ、お姉ちゃん」

「なに、絵里萌?」

「お風呂も洗っといたほうがいいかな」

「そうね、軽く流しとこうか」


 あー、これはひょっとしたらかなりやばいやつなのでは。

 状況の検討を開始して一秒で結論が出た。うん、やばい。それもかなりやばいやつ。


 よし、ここはプランBだ。


 とはいうものの、この状態からでは見つかった時の言い訳を考えるぐらいしかできないんだけど。なんて言おうか考えてみる。


「あー、恵梨香と絵里萌もシャワーしてたんだ。偶然だね」


 いや、だめだな。


「二人ともスタイルもいいし全然太ってなんてないよ」


 むしろだめだろ。


「ここはどこだ!僕は何をしていたんだ!」


 病院に連れていかれそう。


「誰だお前たちは!ここで何している!」


 誰って妹だし、何ってシャワーだよな。


 うーん、もうだめかも。ここから入れる保険とかないかな。ないか。謝るしかないか……


「エリちゃーん、帰ったよー」

「あ、お母さんたちが帰ってきた」


 ガタガタと風呂場の折り畳み戸が開く音。


「お帰りーお母さん、いまシャワーしてるから」

「暑いからアイス買ってきたよ」

「やったー」


 あ、助かった……



 ◇



 置いといたはずの着替えが見当たらず、脱衣カゴから脱いだ服を拾って着た。


「おにいちゃんどこにいたの?お母さんがアイス買ってきたよ」

「えーっと、ちょっと本屋行ってた」


 恵梨香に聞かれて慌てて答えると、絵里萌もちょっと首を傾げて尋ねてくる。


「髪の毛もびしょびしょだけど、どうしたのお兄ちゃん?」

「え、いや、暑くて汗かいちゃったから。シャワーしてくる」

「そういえば、お風呂場の電気つかないよ」

「だよね」


 電球、LEDに替えとかないとな。


「シャンプー切れてたら洗面台の下にあるから」

「サンキュー絵里萌」


 着替えも洗面台の下にあった。そんなところに置いたっけな。

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