第9話 妹を意味する一般的な呼び方

「エリちゃん、玉子とバター買ってきてくれない?」

「うん、お母さん」


 ようやく迎えた週末。義母さんかあさんが昼食を作ろうとして材料が足りなかったようだ。平日の買い物は妹たちがしているので、土曜の朝はこういうストック切れみたいな事がよくある。


義母さんかあさんって、よくエリちゃんって呼ぶけど、あれって恵梨香の事だったんだね」


 恵梨香が買い物に行った後、居間でテレビを見ている絵里萌に聞いてみた。


「いや、そうでもないかな」


 絵里萌の返答は僕が思ってもないものだった。


「いま恵梨香が買い物に行かなかった?」

「あー、それは私がジャンケンに勝ったから」


 ツインテールの妹がテレビを見ながらもスマホを指先で触りつつ答える。


 休日なので妹はTシャツにショートパンツで素足というラフな格好で、肌の露出が多くてちょっとドキッとしてしまうというか、目のやり場がいろいろ大変だ。ガン見してもいけないけど露骨に目を逸らすのも兄妹として不自然だし。まあそれはともかく。


 僕は妹に聞き直す。


「じゃあ、エリちゃんって?」

「お母さんは私たちのどっちでもいいときはエリちゃんって呼ぶの」

「えーまじで?」


 まさかそんな集合名詞みたいな娘の呼び方があったとは。そういえば個体識別している時はちゃんとエリカとかエリモって呼んでたな。


「ほら、お母さん、って呼び方はあるけど、娘、って呼び方はないでしょ。あなた達、だとお兄ちゃんも含まれちゃうし。だからじゃない?」

「僕は含まれてもいいんだけど、まあいいや」


 そこでふと絵里萌が首をかしげる。


「そういえばだけど、お兄ちゃんって呼び方はあるけど、妹、って呼ばないよね。なんでだろう」

「あー、そうそう、それって不便なんだよな」


 夜中に僕に抱きついたまま眠っている妹のことを思い出した。確かに呼び名が決まっていないのは不便だよな。呼びかけにくい。


「何の話、おにいちゃん?」

「あ、恵梨香、おかえり。早かったね」

「うん、近所のコンビニ行っただけだから」


 恵梨香もTシャツにショートパンツという休日の女子高生らしい装いだ。外に行ける服装ではあるものの、やっぱり近くで見ると妙に緊張してしまう。というか絵里萌と同じ格好なのだ。


 というわけで僕の目の前で手足の露出多めの女子高生の妹たちがソファーに座っているわけだけど、こうやって前に二人並ぶとやっぱり刺激が強いな。


「今日はちょっと暑いよねー」


 外から戻って来たばかりの恵梨香がTシャツの首元を掴んで身体の方にパタパタと風を送り始めた。Tシャツの隙間から胸元の白い肌がちらちらっと目に入る。一瞬目が留まってしまう。


 そういえば……


 昨日の夜の事を思い出した。確か胸のふくらみにホクロが見えたような気がしたんだよな。


『あれをどうにかして確認できないだろうか』


 とはいってもさすがにこの程度ではTシャツの奥までは見えない。上から覗き込めば見えるかもしれないけどそれはちょっとNGだよな。ちょっとじゃないかもだけど。


 じゃあどうだろう、「胸にホクロがあるのはどっち?」って聞くとか?いやそんな事聞いたら「どこで見たの?」という話になるだろうし、うっかりするとのぞき扱いされかねない。


 ここまで一秒で考えをまとめ、とりあえずこの件は置いておくことにした。


「えっとね、お姉ちゃん、一般的に妹を呼ぶ呼び方ってないよねって話」

「おにいちゃんの呼び方はいっぱいあるのに、そういえばそうだね」


 絵里萌が説明すると恵梨香もうなずいた。


「そんないっぱいあるかな?」

「うん、おにいちゃんとか、お兄ちゃんとか、お兄さんとか、兄さんとか、兄貴とか、にいやんとか、おにいとか……」

「おにいちゃんとお兄ちゃんって違うの?」

「違うでしょおにいちゃん」

「そうだよ、お兄ちゃん」


 ちょっと発音が違う気もしなくもない。ちなみに恵梨香はおにいちゃんで絵里萌はお兄ちゃんと呼んでくる。


 それにしてもこんな美少女二人からおにいちゃんとかお兄ちゃんとか言われるのって三か月前までは想像もしていなかった。いまでも呼ばれるたびにくすぐったい。ラノベに妹ものが多いのも分かる気がする。


「で、お兄ちゃんの希望は?」

「何の話?」

「だから妹の呼び方でしょ?」


 僕の顔を見て絵里萌が問い直してくる。少しだけ首を傾げた姿がかわいらしい。ていうか、その話、まだ続いてたんだ。


義母さんかあさんと同じでエリちゃんでいいんじゃない?」

「それってオリジナリティなくない?」

「オリジナリティ必要?」

「うん」

「じゃあ……」


 かわいい妹のリクエストだし、とりあえず考えてみることにする。


「エリXとか」

「何て読むの?」

「えりえっくす」

「ちょっと語呂が悪いかな」

「どう思う恵梨香?」

「エリってつけなくてもいいんじゃないかな?」

「そうかー」


 なるほど。もうちょっとちゃんと考えてみるか。


「妹Xはどう?」

「何て読むの?」

「いもうとえっくす」


 恵梨香も考えながら長い黒髪の頭を微かに傾けている。いつも思うけどこの二人、並んだ時の破壊力が半端ない。あーなんかかわいくてヤバいんですけど。


「えっくす付けないとだめかな?」


 少しだけ困った顔をして恵梨香が言った。この顔もちょっといい。


「カッコよくない?」

「でも学校でも『いもうとえっくす』って呼ばれちゃうんでしょ?」

「そのぐらい我慢しようよ」

「もうちょっと普通の呼び名がいいな」


 妹たち、わりとダメ出しが多い。


「じゃあXだけで」

「そこから離れない?」

「そう?」


 どうしようかな。それでは別の切り口から。


「妹が二人で、妹妹は?」

「いもいも?」

「まいまい」

「うーん、悪くはないけど、まいまいと呼ばれても自分が呼ばれてる気がしないかも。クラスの舞ちゃんもそう呼ばれてるし」

「そっかー」


 確かに呼び名なんだから呼ばれたほうが分からないと駄目だよな。


「エリエリでどう?」

「安直じゃない?」

「エリリン」

「魔法少女みたい」

「えりっぺ」

「外れてきたような気がする」


 なかなか難しいな。というかそもそも世の中に妹を一般的に呼ぶ呼び方がないことを考えてみても、そんな簡単に決まるものでもないのだろう。


「ご飯ですよ。準備して」

「はーい」


 とりあえず妹の呼び方は後回しになった。

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