第九章 女の子は一緒にズルい事して欲しいんだよ
第42話 教室の後ろに掃除ロッカーってあるよね
「おはよう、たっくん、元気ないね」
「僕はいま大変混乱してるんだ」
家に居づらくってつい学校に早く来てしまった。妹の件、一体何が起きたのか考えていたんだけどやっぱり全然わからない。
そんな様子を目ざとく美紀ちゃんに見つけられてしまった。
「私でよかったら相談に乗るよ」
「えっと、うーん、ちょっと考えさせて……」
「うん。大丈夫だから。任せて!」
こんなこと相談するとしたら美紀ちゃん以外にいないんだけど、果たしてこの案件、相談していいものなのだろうか。
もっと混乱しそうな気がするんだけど……
◇
「で、どうしたの、たっくん?」
放課後まで考えたんだけど結局どうしたらいいのか思いつかない、というかそもそも何が起きたのか分からないんだよな。混乱したままで幼馴染に説明を試みる。
「ありのまま起こったことを話すと、僕は恵梨香と付き合ってると思ってたら、いつのまにか絵里萌とも付き合ってたみたいなんだ」
「それだけ?」
「うん」
放課後の二人しかいない教室の最前列で、美紀ちゃんは首をかしげている。
「それって悩むことなの?」
「いやほら、だって普通悩まない?」
幼馴染の反応は思っていたよりはるかに平静だった。なんか僕だけが取り乱している。
「妹と付き合う時点で普通じゃないでしょ」
「そうかもしれないけど、僕は真剣なんだよ!」
「それで、たっくんは何を困ってるの?」
「え?」
「悩んでるのは判ったけど……悩みがあっても困ってなければ問題なくない?」
「それちょっと美紀ちゃん合理的過ぎじゃない?」
相談してもっと混乱したらどうしようと思ってたんだけど、ここまで共感されないかなこの話題。ひょっとしたら僕がおかしいんじゃないかという気すらする。
困惑する僕を見て、美紀ちゃんの唇の縁が少しだけ微笑んだ。
「たっくんさ、例えばシュークリームにするかプリンにするか、悩んでても困ってるとは言わないでしょ」
「そうかもだけど、妹はプリンじゃないんだよ……」
取り乱している僕の手を幼馴染の手が軽く包む。
しばらく手を握られてちょっと落ち着いてきたかも。ようやく美紀ちゃんの目を見ると、彼女は眼鏡の奥から優しく僕を見つめていた。
「いい、たっくん。普通じゃないということが問題だったら、そもそも妹と付き合うことが問題なんじゃないかな」
「いや、普通じゃなくてもいいんだ、僕は心の平穏が欲しいだけなんだけど」
「心の平穏が欲しいならそもそも女の子と付き合っちゃ駄目じゃない?」
「え、駄目?」
彼女はおかっぱの髪を揺らして軽くうなずいた。
「たっくんは分かってないよ。女の子なんてどうやって男の子の気持ちをかき回すかしか考えてないんだから。女の子と付き合った時点で心の平穏なんてないんだよ」
「美紀ちゃん悟ってるね」
「伊達に女の子やってないからね」
静かに語っていた幼馴染は、そこで初めてニヤリと口元をゆがませた
「まあ、たっくんがそういうの向いてないのは分かってたし、むしろBLのほうが向いてるんじゃないかと……」
「いやいやいや、僕だって普通の高校生なんだから、普通の恋愛したいじゃん」
「どうして私じゃだめなの?」
「え?、あ、えっと、なんでだろうね」
まあ考えてみたらそれもあるはずなんだけど、なんか美紀ちゃんは恋愛の対象外なんだよな。
「だからね、たっくんは私と長年付き合ってきて性癖がねじ曲がっちゃってるのよ。なんていうか、もう普通じゃ満足できないっていうか」
「そうかな?」
「だから妹と付き合ったんでしょ」
「そういうもん?」
「うん、なんていうかね、」
僕の幼馴染が黒板に図を書きだした。
「たっくんは私に家族を求めてたし、私もそうあろうとしてきた。でも私はたっくんの家族じゃないし、たっくんもそれは分かっていたからね。だからうまくいかなかった」
「なにその分析」
黒板の「私=家族」の=が≠に変わる。
「そしたら、あの妹たちでしょ。それも義理の。つまり家族なのに彼女になれるっていう、たっくんにとって理想の相手じゃない」
「正直そこまで分析されると引くんだけど」
「まあ私、世界で一番たっくんについて詳しいからね」
幼馴染は自慢げに微笑んでいる。家族でもない美紀ちゃんがここまで僕のことを考えていたというのは、正直嬉しいというより怖いところがあるんだけど、でもいまさらな気もしないでもない。
「だから私も恵梨香ちゃんについてはしょうがないかなって思ってたのよ」
「なるほど」
「でもこれが二人でもいいとなると……」
「なると」
「二人も三人も似たようなものじゃない?」
「え?」
いや、話がおかしくなってる。
「美紀ちゃん、二人でもいいって話じゃなくて、どうしようって話なんだけど」
「でも二人と付き合えたら二倍お得って考え方もない?」
「どこの世界にあるの?」
「だったら三人なら三倍でしょ」
「いやだからそれは」
その時、マナーモードにしてあったスマホが震えた。絵里萌からメッセージが着信している。
絵「お兄ちゃんどこにいるの?まだ教室?」
絵「そっち行くよ」
あーそういえば、妹から放課後一緒に帰ろうとか言われてたな。でもまだ話は終わっていないしどうしよう。
「美紀ちゃん、ちょっと隠れないと」
「え?どこに?」
辺りを見回すけど隠れられそうなところは限られている。一つは教卓の下だけど黒板の近くまで来たら見えてしまう。
そうなるとやはりあれか。
掃 除 ロ ッ カ ー !
僕は幼馴染を引っ張って教室の後ろにある掃除ロッカーに入り込んだ。ぎゅうぎゅうな状態で扉を閉める。
「おにーちゃーん」
間一髪のタイミングで絵里萌が教室に入ってきた。
「あれー、いないなー」
ロッカーの外から絵里萌の声が聞こえてくる。
(たっくん、ちょっときつい)
(ごめん、がまんして)
急いで入ったのでロッカーの中では二人とも変な姿勢になっていた。
具体的には僕の手のひらが美紀ちゃんの胸に当たった状態で、さらに美紀ちゃんの脚が僕の脚に絡まっている。ロッカーの中の色々なものが邪魔でちゃんと立てないのだ。
やっぱり思ったけど、美紀ちゃん結構胸大きいな。
「あれ、この図は……」
絵里萌の声がする。ロッカーの隙間から外を覗いてみると、黒板に書かれた図の前にいる。さっき美紀ちゃんが「たっくん」とか書いていた図だ。
「遠くまでは行ってないみたいね……となると、」
絵里萌は教卓の下を覗き込んで確認してから、
(やばい!)
(ん!)
しまった、緊張のあまり美紀ちゃんの胸を握りしめてしまった。そして美紀ちゃんの脚がいっそう僕の脚に絡みつく。僕はなんとか美紀ちゃんの体重を支える。
(ねえたっくん、こういうのもいいね)
(おねがい、しずかにして)
絵里萌は明らかに掃除ロッカーを目指している。そしてその足はもう教室の後ろまで来た。あと数メートル。そして、
「えりもー、どこー」
「あ、おねーちゃん、ここだよー」
どうやら恵梨香も教室に入ってきたみたいだ。
「何してるの絵里萌?」
「お兄ちゃん探してたんだけど、いないみたい」
「いそがしいんじゃない?一緒に帰ろうよ」
「うん」
妹たちの声が遠ざかっていく。
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