第43話 サイゼって千葉県が発祥なんだよ

「ちょっと強引で、よかったな、たっくん」

「え?なんだって?」

「たっくん、こういう趣味もあったんだね。知らなかった」


 幼馴染の美紀ちゃんと隠れていた掃除ロッカーを出たところで、僕はへたり込んでいた。足の踏み場がなかったので美紀ちゃんをずっと持ち上げている姿勢になっていたのだ。


「ていうか、なんで隠れてたんだっけ私たち」

「いやまあ、そうだよね……」


 単に妹に会う前にもうちょっと頭を整理しておきたかったんだよな。


 教室を見回すと、黒板に書かれた「たっくん→私≠家族」という図の「私」に大きくバッテンが書かれていた。




 あんまり教室に長くいると追い出されるので、ひとまずは学校を出ることにした。


 美紀ちゃんは家においでと言うのだけどそれも微妙っていうかなんというか。「たっくんは私のだよ」という声を思い出してしまう。


 絵里萌じゃないけど僕もカブトムシじゃないんだよ!


 とはいえ他に相談する相手もいないのでここはしょうがない。せめて場所は考えよう。



 ◇



 というわけで、やって来たのはサイゼだ。ドリンクバー安いし。高校生ならここかマックだよな。


「サイゼって千葉県が発祥なんだよ。たっくん知ってた?」

「すごいねー」


 一応知ってたんだけど前振りみたいなものなので適当に流す。


「で、なんだっけ、たっくん」

「えーっと、さっきは、なにが問題なのかって話になって、」

「そうだったね」


 その後二人も三人も一緒みたいな話もあったけどそれは置いといて。


「そしたら絵里萌が来たんだっけ」

「いま話が飛ばなかった?三人なら三倍って……」

「結局、何を解決したいのかが大事って話だったよね?」


 とりあえず流れを強引に修正する。


「シュークリームとプリンの話?」

「そう、問題と悩みは違うって美紀ちゃんが言ったんじゃん」

「私いいこと言うね。たっくんドリンクバーお代わりする?」

「まだいいかな」

「で、結局たっくんの悩みはいいとして、問題は何なの?」

「えっと……なんだろう?」


 そう言われてみると、回答に困る。確かに僕は困っているんじゃなくて、共感してほしいだけなのかもしれない。それにしても美紀ちゃんもちょっとは共感してくれてもよくない?女の子なんだし。


「えーっと、心の平穏が欲しい?」

「本当に?」

「多分」

「だったら私と付き合えばいいんだよ」


 そう言われると、たしかに美紀ちゃんと一緒にいるのが一番楽なんだよな。

 時々ちょっと怖いというか暗黒部分が見えるけど。


「確かに美紀ちゃんと一緒にいると楽だし、安定感はあるんだけど」

「でしょ」


 見慣れた眼鏡の幼馴染がアイスティーを飲みながら僕を見つめている。僕はつい机の上のメニューを見てしまう。


「なんていうか、安定感のためにミラノ風ドリアを食べ続けるのもどうかなって」

「でも美味しくない?」

「いやさ、妹たちとの生活もそれはまたそれで刺激的で……」

「それって平穏なの?」


 いやまあ確かにそれはそうなんだけど。


「なんだろう、楽したいわけじゃないっていうか、ちょっとだけなら苦労もして成長してみたいっていうか」

「贅沢だね」

「そうかもだけど……」


 いや、どう考えても贅沢なこと言ってるよな僕。


「でもさ、たっくん、ドリアに飽きたらドリンクバーをお代わりすればよくない?」

「美紀ちゃん、例えがよく分からないけど恋愛とサイゼは違うでしょ」

「たっくんが例えたんじゃない」

「そうだった。じゃあ……」


 別の例を考えよう。


「カレーかラーメンが食べたい時に、両方出てきても困るっていうか」

「お腹減ってたら食べられるんじゃない?」

「まあ、なんとかなるかな」

「じゃあいいじゃない」


 そうか、いいのか。いや違うよな。


「でも妹は食べ物じゃないし」

「食べ物に例えたのはたっくんだよ」

「シュークリームとプリンって言ったのは美紀ちゃんだよね」

「だから両方食べればよくない?」

「んー、まあ、そうかもだけど」


 なんか僕がごねてるだけみたいになってきた。共感力が足りてないのは実は僕の方かもとすら思えてくる。


「特にいま困ってないならしばらく様子を見てみたら」

「いや、でも、仮にだけど」

「仮に?」

「恵梨香と絵里萌のどっちかを選べって言われたらどうしようって」


 なんか人間の屑みたいなこと言ってる気がしないでもない。


「なるほど、たっくんの問題はそれなんだ」

「それってなに?」

「選べって言われたらどうしようってこと。たっくんはどっちも大事だから選びたくないんだよね」

「まあそうかもだけど、実際どうしよう?」

「言われなきゃいいんじゃない?問題解決だよ」


 美紀ちゃんは軽く言い放った。もしかして呆れられちゃった?


「どうやって?」

「たっくんはズルいから大丈夫じゃない?」


 えーっと、だからなんなのそれ。


「みんな僕のことをズルいっていうんだけど、それってどういうコンテキストなの?」


 僕がそう尋ねると、目の前の女の子は謎めいた様子で微笑んだ。


「女の子は一緒にズルい事して欲しいんだよ」

「なにそれ」


 まだ歳下の幼馴染がなぜだか僕より大人に見えてくる。



 ◇



「ただいまー」

「お兄ちゃん、おかえり。遅かったね」

「おかえりなさい、おにいちゃん」


 家に帰ると家族が迎えてくれる。いつもと同じ光景だ。


「あー、うん、ちょっと友達に相談されてて」

「もうご飯だよ、おにいちゃん」


 絵里萌の後ろから恵梨香が僕に一瞬ウィンクした。双子の姉の口元が一瞬だけキスの形を取ると、次の瞬間また素知らぬ顔に戻る。


「あ、、うん、ちょっと着替えてくるから」


 自分の部屋で制服を脱いで部屋着に着替え、ドアを開けたところにツインテールの妹が立っていた。


「どうした絵里萌?」


 絵里萌は僕の目の前まで無言で近寄ると、耳元に顔近づけてきた。そっと囁いてくる。


「大好きだよ、おにーちゃん」


 僕は絵里萌の顔を見つめる。妹は口を少しだけ開いて僕の口にかぶせてきた。その舌が僕の舌に触れる。甘い味がした。


 キスの後、妹は少しだけ上気した顔で満足げに微笑んでいる。


「お姉ちゃんが待ってるよ。ご飯だよ」


 双子の下の妹はツインテールを翻して階段を降りて行った。

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