第4話 屋上で味わう玉子焼きの味

 結局寝不足のまま、つい早く起きてしまった。


 起きた時には妹の姿はなくなっていた。やっぱり夢かとも一瞬思い、そんなわけないよなと思い返す。華奢な身体の感触をまだ手に覚えている。


 そうだ、どこかに証拠はないか。


 思いついてシーツの上をじっくり見てみたら、長い黒髪が落ちているのを発見した。


『やっぱり夢じゃなかったんだ……』


 この髪の毛は妹のどちらかのものという可能性が高い。とはいえ二人とも同じぐらいの髪の長さだし、これ以上なにか分かるわけでもない。

 仮にDNA鑑定したところで双子ではどっちかまではわからないわけで、これが殺人事件だとしてもこれでは状況証拠どまりだよな。




「あ、お兄ちゃんだ。おはよう!」

「今日は早いね、おにいちゃん」

「ん、あ、おはよう、、」


 朝食を食べに下に降りても、二人の妹は今までと同じく自然に振る舞っていて、むしろ僕の方が不自然だ。


『どっちなんだろう……』


 ぼーっと妹たちを眺めるが、やっぱり髪型以外に見分けがつかない。


 アイドルみたいにかわいいけれど、トーストをかじる姿はリアルな女子高生だ。本当にこの二人のどちらかが僕のベッドに入ってきたのだろうか。


 ついじっと見て、慌てて目を逸らしてしまう。


「どうしたのお兄ちゃん?」


 ツインテールの方の妹、つまり絵里萌が小首をかしげて尋ねてきた。なんかいちいち動きがかわいいんだよなこの子たち。駄目だ、挙動不審が止まらない。


「あ、いや、なんでもない、今日は先行くから、じゃ」


 

 ◇



「たっくん、お昼一緒に……」

「お兄ちゃん!」「お弁当忘れてたよ!」


 四限目の終わり、教室の入り口から妹たちの声がした。見ると絵里萌がお弁当箱を持ち上げて見せてくる。もちろん恵梨香もいる。


 そういえば、今日の朝はうっかりしてて弁当を持ってくるのを忘れていた。


「やっぱり双子なんだ。そっくり!」

「すごい!超かわいい!」

「うぉー!」


 校内で一二を争う美少女二人が並んでの登場に教室中がざわめいている。「俺は絶対黒髪ロング」「やっぱツインテだろJK」といった声が教室のあちこちから聞こえる。

 アイドルじゃないんだからと思いつつ、主に恥ずかしさと少しだけ誇らしさが同時に胸に込み上げてきた。


「ねぇお兄ちゃん、せっかくだから今日は一緒にお弁当を食べようよ」

「そうだ、そうしようよ、おにいちゃん」

「え、あ、そうだな」


 妹たちに手を引っ張られ、僕はざわつく教室から強制的に連れ出された。ツインテの絵里萌が教室に振り向いて口元に笑みを浮かべる。


「国後さん、お兄ちゃんはこっちがいいそうなので。では失礼します」


 かわいらしい顔でそう言い放った。美紀ちゃんは唖然としている。

 その場にいたたまれない感じになってきた僕は、むしろ自分から速足で歩くことにした。


「おにいちゃんどこいくの?」

「やっぱり屋上かな」

「やったー。ラノベみたい」


 まあね、こないだ読んだラノベにあったんだけどね。




 ということで、兄妹三人で屋上にやってきた。ラノベには屋上シーンがよくあるけど、実際は暑いか寒いかなことが多いので人はあまり来ない。

 でも今日はそよぐ風が気持ちいい。住宅街の広がる景色を眺める。お弁当日和ってやつだな。


「三人で学校でご飯食べるのって初めてだよね」

「うん、新鮮だね!」


 妹たちが言い合っている。成り行きだけど、妹たちが喜んでくれるなら兄としてはうれしい。


「あのねお兄ちゃん、今日のお弁当は私もお姉ちゃんとおかずを作ったんだよ」

「そうなんだ。ありがとう!」


 そして妹が開けたお弁当箱には、いつものようなおかずの中に、なぜか玉子焼きが左右に別れて二つ並んでいた。


「この玉子焼き、一個は私で、もう一個はお姉ちゃんが作ったの」

「どっちが好きか食べてみて、おにいちゃん」


 なにその比較試験みたいなお弁当。




「こっちのは甘くてふんわりしてて優しい気持ちが感じられるし、こっちのはしっかり味が付いていて思いやりが伝わってくるな」


 抽象的に答えてみた。ふたりとも「それで?」という顔をしている。


「で、お兄ちゃんとしてはどっちがおいしい?」

「どっちもそれぞれ個性があって好みの問題だと」

「だったら、どっちがおにいちゃんの好み?」


 同じ顔の妹たちが詰めてくる。なんて答えるのが正解?いや、正解とかあるの?


「うーん、コンディションによるかな。他のおかずとの相性とか」

「ちょっと待って!」


 突然、後ろから声がした。振り返ると、


「私の玉子焼きも食べてもらおうかしら」

「美紀ちゃん?」


 屋上への出入り口に、お弁当箱を持った幼馴染が立っていた。制服のスカートが風に翻っている。


「こういうこともあろうかと、私は毎日のお弁当で玉子焼きだけは自作しているの。これもたっくんに食べてもらえれば公平でしょ」

「公平とは?」

「とにかく食べなさいよ。はい、口開けて、たっくん」


 玉子焼きを箸でつまみ上げて、美紀ちゃんが僕の口の中に押し込んでくる。餌付けされてる気分の中、微かな記憶がよみがえってきた。


「なんかこれ、美紀ちゃんのお母さんの味付けだね」

「そうなの」

「そういえば小学生のころ、美紀ちゃんのお母さんよく玉子焼き作ってくれたな。確かに、これに比べたら……」


 幼馴染は保護者のような微笑みを浮かべている。


「あ、そうか。京ピーさんの鮎か!」


 絵里萌が思いついたように小さく叫んだ。恵梨香は首をかしげている。


「なにそれ?絵里萌」

「えーとね、味の好みには子供のころの味覚形成が密接に関わっている、っていう故事成語?」

「ようやく気づいたようね。思い出すよね、たっくん」


 美紀ちゃんは僕の口に入れた箸で、自分の口にも玉子焼きを運びながらニヤリと笑う。


「そう、どんなに見た目がかわいくても、しょせん付け焼刃の妹が長年連れ添った幼馴染に勝とうなど15年早いのよ」


 眼鏡越しに上から目線の美紀ちゃん。珍しく動揺を隠せない妹たち。そろそろ玉子焼き以外のおかずも食べたい僕。爽やかな風が屋上を吹き抜ける。


「あのー、それでなんだけど美紀ちゃん」

「なあに、たっくん?」

「僕の母さんが昔作ってくれた玉子焼きの味付けは、美紀さんのお母さんとまたちょっと違うんだよね」

「え?」


 このへんで話をうやむやにすることにした。


「ほらこういうのって、みんな違ってみんないいんじゃないかな」

「え、そ、そうね」

「そうだね、お兄ちゃん」「そういうことで」


 よかった、これで平和にお昼が食べられる。一応フォローはしとくか。


「でも美紀ちゃんの玉子焼きもちょっと懐かしかったな」

「えへ」



 ◇



「おにいちゃんのお母さんの玉子焼きってどんな味だったの?」

「そう、それ知りたい」


 夕食の席でお昼の話になった。


「うーん、今考えると子供用に無茶苦茶甘くしてたと思うんだよな。あれを今作られてもそれはそれで」

「子供のころの味覚形成はどこに?」

「ほら子供の味覚って単純だから」


 妹たちと和やかに会話が弾む。ちなみに今日の献立は冷しゃぶサラダにローストスペアリブだ。ガーリックが香ばしい。


「それでお兄ちゃん結局どっちの玉子焼きがおいしかったの?」

「そう、それ聞いてなかった。どっち?」


 二人の妹たちが僕の顔を見ながら同じ顔で首を傾げている。


 えーと、和やか、だよね?



〜〜〜〜〜

美紀ちゃんのイラストはこちら

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330667690132357

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