第39話 妹たちと幼馴染と勉強会が勃発する

「たっくん、今週はいつうちに来るの?」


 図書室のカウンター業務をしながら美紀ちゃんが聞いてきた。いつものことだけど借りる人もほとんどいないので暇なのだ。


「美紀ちゃん、それなんだけど……」


 約束した手前、行かないわけにもいかないんだけどね。とはいえ恵梨香と付き合っている関係にある以上、幼馴染の女の子の家にふらふらと遊びに行くのも気が引ける。


 でも、美紀ちゃんにはその事は言わないということになっているし、どうしたらいいんだろう。


「どうしたのたっくん」

「いやさ、妹の勉強を見なきゃいけなくて」


 とっさに嘘が口を突いて出てきた。すごいな僕、あまりに自然だったので自分でも信じてしまったぐらい。


「そうか、そろそろ期末だもんね」

「そうそう、そうだよね!」

「じゃあ私もたっくんの家に行くから一緒に勉強しようよ」

「え、っと、まあ、それならいいか、な?」


 とりあえず帰ったら妹たちに聞いてみよう。



 ◇



「今日のご飯は絵里萌が作ったカレーだよ」

「すごい、おいしいじゃん」

「えへ。まあ箱に書いてある通りに作っただけだしね」


 食卓は和やかな雰囲気だ。この感じならいけるかもしれない。話の流れを切らないように美紀ちゃんの話を振ってみる。


「そういえば、今度の土曜日に勉強会やらないかって」

「誰が?」

「えーっと、美紀ちゃん?」

「美紀さんもカレー好きなんですか?」


 恵梨香が怪訝な顔をして聞いてきた。


「え、まあ、カレーってみんな好きなんじゃないかと思うけど、なんで?」

「だっておにいちゃん、そういえばって言ったよね」

「ごめん、話は変わるけど、みたいな接続詞だと思って」


 なんかこの会話、デジャビュだよな。


「いいんじゃない?ねえお姉ちゃん」

「美紀さん、どんなカレーが好きなのかな」

「この季節なら夏野菜のチキンカレーとかよくない?」

「それいいね、絵里萌の得意なやつね」

「あのー勉強会は?」

「カレーの?」


 美紀ちゃんにもラインしとこう。


僕「土曜日は、夏野菜のチキンカレーになりました」

美「勉強会は?」



 ◇



 土曜日になり、美紀ちゃんが家にやって来た。今日はコンタクトにしている。それにノースリーブのニットのサマーワンピースというやけにおしゃれな格好だ。


「ここがたっくんの家なんだ、初めてきた。幼馴染なのに何でだろう」

「どうぞ上がって、っていうか何で美紀ちゃん眼鏡じゃないの?」

「だって学校じゃなきゃいいんでしょ。おじゃましまーす」


 まあそういえばそうだよな。そういう約束だった。


 そして美紀ちゃんをリビングに連れて来たところで妹たちが出迎える。


「こんにちは。二人ともエプロンかわいいね」

「ひさしぶりですね、美紀さん、いらっしゃい」

「元気でした?国後さん。いつもと違う雰囲気ですね」


 とりあえずにこやかな雰囲気でよかった。


「ところで美紀さん、眼鏡はどうしたんですか?」

「今日はコンタクトなの。たっくんがこの方が美人だっていうから」


 一瞬、恵梨香が僕の顔を見るが、すぐににこやかな表情を浮かべる。


「眼鏡より涙が拭きやすくていいかもしれませんね」


 みんなにこやかなのに、なぜだかリビングに緊張感がみなぎってきて微妙に居心地が悪い。


「じゃあ、カレーができるまでの間、みんなで勉強しようよ、勉強!」

「カレーもうすぐできるよ」


 絵里萌が無邪気にそう言うと、一瞬沈黙の空気が流れる。


「じゃあ、それまでちょっと、たっくんの部屋を見せてよ」

「あ、そうだね美紀ちゃん、部屋行こう。うん」


 僕はとりあえずリビングから逃げ出した。後ろを美紀ちゃんがついてくる。




「へー、これがたっくんの部屋なんだ。初めてなのに懐かしい」

「まあね、家具なんかは前の家から持ってきたし」

「この机のシール、私が貼ったんだよね」


 眼鏡をしていない美紀ちゃんが近くてなぜか緊張してしまったけど、変わらない感じで話す幼馴染と並んでベッドに座っているうちに会話も弾んできた。


 すると突然、美紀ちゃんが真面目な顔になる。


「あのさ、たっくん」

「なに?美紀ちゃん」

「たっくん、妹さん、っていうか恵梨香ちゃんと付き合ってるでしょ」

「えーっと、なんで?」

「見ればわかるよ。私が妻ですみたいな雰囲気出してる」

「なにそれ」


 美紀ちゃん、いろいろ観察力細かすぎなのでは。探偵に向いてるかも。論理は雑だけど。


「でもたっくん、気を付けた方がいいよ」

「何を?」

「兄妹で付き合うなんてやっぱり普通じゃない。義理の妹だったとしても」


 僕の顔を見ながら美紀ちゃんが至極真っ当なアドバイスをしてくる。


「それは分かってるけど」

「あんなあからさまだったらすぐ親にバレるよ」

「美紀ちゃん、アドバイスは真っ当なんだね」

「まあね、たっくんとは付き合い長いし」


 僕の幼馴染はすこしだけ寂しそうに微笑んだ。


「どうしたらいいかな」

「絵里萌ちゃんとも仲良くしなさいよ。それなら単に仲のいい兄妹でしょ」

「あーそうか、美紀ちゃん頭いいな」

「お兄ちゃん、カレー出来たよ!」


 階下から妹の声が聞こえてきた。


「ありがとう美紀ちゃん。そうする」




 ダイニングテーブルには既にカレー皿が並んでいた。


 絵里萌がご飯の上にオーブンで焼いたチキンと温野菜を盛り付けている。あとは別に買ってきたスープカレーのパックを温めて付けるだけなのでこの料理は実質五分で作れるのだ。


 恵梨香は自然に僕の隣に座った。向かいに美紀ちゃんで、その隣に絵里萌が座っている。


「いただきまーす」

「どうぞー」

「おいしい」

「うん。絵里萌の料理もおいしいよね」

「えへへ。オーブンに入れただけだけどね」


 一つ分かったこととして、人はカレーを食べながら争うことが出来ない。カレーの前には平和が訪れる。ガンジーありがとう。


「おいしかったね」

「うん」

「ごちそうさま」


 みんなの食器を集めて食器洗い機に放り込み、ダイニングテーブルの上をきれいに拭いたところで、今日の本題。


「それじゃ勉強会を始めようか」

「しょうがないなーやりますか」

「私参考書取ってくる」

「じゃあ、私ここに座るね」


 美紀ちゃんはするっと僕の横に座った。


 恵梨香が美紀ちゃんをじっと見つめるが、美紀ちゃんは口元に微笑みを浮かべている。


「だって、私たち二年生だし。隣の方が教え合えるでしょ。ね、たっくん」

「えーっと、まあ、そうかな」

「じゃあ、これ教えて!」


 美紀ちゃんが身体を寄せてくると、ボブカットの髪から甘い香りが漂ってきた。ノースリーブの素肌が僕の腕に触れてくる。


 ダイニングに緊張感がみなぎってきた。



〜〜〜


眼鏡を外した国後美紀のイラスト

https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330669618716850

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る