第40話 妹との真夜中の再会

 ひさびさに身体に感じる重さで目が覚めた。カーテン越しの街灯の青い光が部屋を静かに照らしている。まだ夜中だ。


 身体の上に伸し掛かる柔らかい弾力と体温を伴った重さ。そして耳元で妹の声がする。


「おにーちゃん」


 恵梨香とは毎日会っているのにずいぶんと懐かしい感じがする。といっても最後に夜中に会ってからまだ一週間しか経っていないのだけれど、あれからいろいろあったからな。


 今日も美紀ちゃんのせいというかなんというか妙な緊張感があった。


「もう夜中は来ないんじゃなかったのか?」

「今日はいろいろあったから心配になっちゃって」


 妹の手のひらが僕の手のひらに合わさり、いつものように僕と妹は手を握りあった。


「心配しないでも大丈夫だよ」


 僕がそう言うと、妹は二度手を握ってきた。そして耳元で小声で囁いてくる。


「美紀さん、気が付いているよ」

「知ってる」


 というか、美紀ちゃんから忠告されたばかりだ。


「さっき、美紀ちゃんからアドバイスをもらったんだ」

「なんだって?」

「僕は恵梨香だけじゃなくてもっと絵里萌とも仲良くしろって。それなら普通の仲のいい兄妹に見えるって」


 妹が僕の手を一回握ってきた。


「そうだね、それがいいかもね」


 僕も妹の手を一回握る。まあ、そうするか。


「ねえ、おにーちゃん、私のこと好き?」

「うん」


 もう一度妹の手を握る。


「うれしい」


 妹はそう囁くと、僕の耳元に寄せていた頭を上げ、上半身を持ち上げた。長い黒髪が滝のように流れる。


 そして妹は僕の顔のすぐ前に自分の顔を寄せてきた。見慣れていても相変わらずのきれいな顔が薄暗い光の中で僕の目の前に浮かび上がる。


「おにーちゃん、キスしよう」


 僕が黙って手を握りしめると、その顔がゆっくりと近づいてくる。唇と唇が触れ合う直前、妹は目を閉じた。そしてそのまま僕たちは唇を合わせる。


 僕たちは互いに相手の唇を求めるように唇でまさぐり合う。


 すると妹が僕の唇の間から舌を入れてきた。僕も妹の舌を舐める。二人で舌を舐め合いながら、徐々に絡ませ合うように求めていく。


 そのまま息が続く限りの貪るような口付け交わす。


「はぁ……」


 青い光で暗い室内に、僕の口と妹の口とをつなぐ涎の糸がかすかに光った。




 今になって気が付いたのだけど、今日の恵梨香は前よりも薄手のネグリジェのようなものを着ていた。

 すべすべした薄い布地を通して肌の感触がかなりダイレクトに伝わってくる。それに襟ぐりが広く開いていて、胸の谷間が覗けてしまう。


「今日の恵梨香、なんか、えっと、魅力的?だね」

「おにーちゃんに喜んでもらえるかなって」


 僕は妹の手を一度握った。


「よかった」


 恵梨香は嬉しそうな表情で、僕の手を握ったまま自分の胸へと手を寄せてくる。


「おにーちゃん、触ってもいいんだよ」

「あ、いや、それは、えっと、ちょっとぉ!」

「おにーちゃん、声が大きいよ」

「すいません……」

「ほらほら」


 妹の手のひらを握りしめたまま手を動かさないように努力するものの、妹は僕の手の甲を自分の胸に擦り付ける。


「どう、おにーちゃん」

「いやちょっと」


 ネグリジェ越しに僕の手の甲にムニュムニュという感触。柔らかい弾力のある身体の部分にめり込む感覚があり、思わず目をやってしまう。


 膨らみを持った白い肌がネグリジェからこぼれそうだ。ぽつんと黒い小さなホクロが目に入る。


「見えちゃうって」

「見たい?」

「勘弁して」

「しょうがないなぁ」


 なんとか許してもらえたらしい。今日の恵梨香の恰好は目の毒だ。家の中でこれはいくらなんでも危険すぎる。




「ねえ、おにーちゃん」


 再び僕と抱き合った状態で恵梨香が囁いてきた。考えればこの格好も危険なんだけど、いろいろ危険が多すぎて感覚がマヒしている。思考能力の限界だ。


「なんだ恵梨香」

「明日、絵里萌もネカフェに連れてってあげてよ。こないだ行きたがってたし」

「いいの?」

「だってほら、絵里萌とも仲良くしなきゃいけないんでしょ、おにーちゃん」


 彼女の妹をデートに誘うとかしてもいいものなのか。正直よくわからないのだけど恵梨香がそう言うんだからそうなんだろう。


「うん、わかった」

「じゃあ、明日の朝、ラインで絵里萌を誘ってあげて。デートだって」

「じゃあそうする」

「ねえ、おにーちゃん?」

「ん?」

「大好き」


 僕は握ったままの妹の手をもう一度握った。そして囁き返す。


「僕も大好きだよ」


 妹が僕の手を握りしめてくる。そしてもう一度、恵梨香は僕に顔を近づけてきた。

 海の底のような光の中で、流れる長い黒髪からいつもと同じ妹の髪の匂いが漂ってくる。


  僕らは再び唇を寄せ合い、さっきのキスを繰り返すように、ゆっくりと舌を絡める。



 ◇



「おはよう、おにいちゃん」

「おはよう、恵梨香。ところで絵里萌は?」

「まだ寝てるみたいだけど。昨日遅かったのかな」


 ちなみに両親は朝から二人で出かけてしまった。うちの両親は仲がいいのだ。新婚だしな。


「恵梨香?」

「なに、おにいちゃん」


 恵梨香と見つめ合う。我慢しきれなくなった恵梨香が顔を寄せてきた。一瞬だけ二人で唇を合わせる。


「家ではやめようよって言ったの、おにいちゃんだよね」

「そうだっけ」

「ずるいな、おにいちゃん」

「よく言われる」


 僕は恵梨香と顔を見合わせて微笑みを交わした。




僕「ネカフェに行く件だけど、今日の午後とかどう?」

絵「もちろん大丈夫だよお兄ちゃん!」

僕「じゃあお昼食べた後で。待ち合わせ場所を送るから」

絵「お姉ちゃんには内緒ね♡デートだからね」


 約束通りこっそり彼女の妹とラインを交わす。やがて眠い顔をした絵里萌もリビングに現れた。


「おはよう、お姉ちゃんにお兄ちゃん」

「あ、うん、おはよう、絵里萌」

「おはよう絵里萌。今日は遅いお目覚めだね」

「うん、昨日ちょっと寝付けなくて。あと、午後から出かけてくるね」


 絵里萌はなんだかワクワクしているようだった。

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