第38話 風呂上がりの妹がどっちか分からない

「あー、ちょっと疲れた……」


 風呂に浸かってしばし脱力する。恵梨香ってあんなグイグイ来るキャラだっけ?

 もっとおとなしい気がしてたんだけど。でも入れ替わってるわけないよな、絵里萌は元のままだったし。


 よく考えてみたら、いままでも恵梨香に何度も詰められてたのを思い出した。普段は抑えているけど何かあると暴走するタイプなのかもしれない。気を付けないと。


 しかしこのお風呂もさっきまで恵梨香と絵里萌も入ってたんだよな。


 そう考えるとさっきの絵里萌の上気した湯上がり肌を思い出してしまう。このお湯にも妹の成分が……


 いや何考えてるんだ。危ない危ない。


 そう、危ないといえば、ちょっと前にこの風呂場でなにか大変な目にあったよな……


 あの時ちらっとだけ見えた肌色の景色が頭の中に蘇ってきた。


 あ、やばい……この家の中でこんなムラムラした精神状態とか危なすぎる。ただでさえこの家はいろいろ危険なのだ。


 僕は慌てて過去の記憶を封印した。



 ◇



 風呂を出ると、リビングには妹が一人だけ居た。濡れた長い黒髪が目の毒だ。なんで濡れた髪って色っぽいんだろう。それに肌の露出も多すぎじゃないか。

 やっぱりこの家は危険すぎる。


 いやでもじっと見てるだけってのも変だよな。ここは家族としてのコミュニケーションを取らないと。


「えーっと、、、、」


 声を掛けようとしてふと困った。さっきまで居たのは絵里萌だけど、よく考えたらその後に恵梨香も風呂から出てきたんだよな。

 そしてこの姉妹は紛らわしいことにいつも同じ服を着ているのだ。


 さて、目の前の妹はどっちなんだろう?


 っていうか、思ったんだけど、僕って恵梨香と付き合ってるんだよな。ここで間違えたらいろいろと駄目なのでは?


「なに?」


 妹がちょっと小首をかしげた。やっぱりかわいい。さすが僕の妹兼彼女、またはその妹だけの事はある。問題はそのどっちなのかだ。


 できたら向こうから何か話してくれないかなと思いつつも、妹も僕の話の続きを待っている。このままでは間が持たない。


 よし、ここは第三者についての話題を……


「こないだ美紀ちゃんがさあ」

「うん」


 いやまてよ。ひょっとしてこの話題ってセンシティブだったりしない?っていうか、僕が思い出す美紀ちゃんの話ってだいたいセンシティブだよな。

 えーっと、なんか無難な話なかったっけ。


「幼馴染はずっと幼馴染のままだって言ってて、それってどうなのかなって」

「まあ、定義上そうかも」

「だよねーあはは」


 よし、適当に流したぞ。次は妹のターンだろう。


「おにーちゃん、私がどっちか分からないんでしょ?」

「うぐっ」


 しまった、気付かれていたのか。


「恵梨香だよ、分からない?」

「あ、いや、もちろん、、、分かる、、よ」

「こないだのネカフェ楽しかったよね」

「そうだね」

「二人っきりでイチャイチャできて、楽しかったな」


 どうやら本当に恵梨香みたいだ。


「私たちさ、家庭環境もちょっと複雑だし、変にモテちゃうから友達もできにくいし、だからおにーちゃんと遊ぶの楽しかったよ」

「そっかー、大変だったんだな」

「でも慣れちゃったし。それに一人じゃなかったし」


 そうだよな、恵梨香は絵里萌と助け合ってきたんだろう。


「絵里萌もちょっと変わってるけどいい子だよな」

「え?そうかな……」

「あの子、お姉ちゃん思いっていうか、恵梨香のこと大好きだよな」

「まあね」

「恵梨香の事よく観察してるし」

「うん」

「僕たちのこと、バレないかな」

「絵里萌は黙っててくれるから大丈夫だよ」

「そっか」


 だったらそんなに隠さなくてもって気がするけど。


「まあ、絵里萌は実は大人な感じするしな」

「うん」

「恵梨香はちょっと子供っぽいところあるけど」

「だよね」


 妹はうんうんとうなずいた。そしてちょっと首をかしげる。


「ねえ、おにーちゃん」

「なんだ?」

「おにーちゃんは私のどこが好き?」

「えーっと」


 いや、面と向かって聞かれるとちょっと照れるな。


「いろいろあるけど……」

「あるけど?」

「一番は……」

「一番は?」

「顔かな」

「正直でよろしい」


 妹の口元がほころぶ。やっぱりかわいい。


「ねえおにーちゃん、あのさ」

「なに?」

「絵里萌のことも、気にかけてあげてほしいな」

「気にはかけてるけど」

「あの子はあの子でおにーちゃんにいろんな思いを持ってるんだよ。だからもっと気にかけてあげて」

「わかった」


 長い髪を指で触りながら、恵梨香は一番の笑顔を見せてきた。心がとろけるほどかわいい。なんだか正常な思考能力が溶けてしまいそう。


「それじゃ私もう部屋に行くね。バイバイ、おにーちゃん」

「バイバイ、えー、えり



 ◇



 しばらくするとまた妹が二階から降りてきた。ショートパンツにTシャツを着た、黒髪ロングストレートヘアの妹。


「おにいちゃんまだ居たんだ」

「うん」

「麦茶飲む?」

「お願い」


 妹は台所でコップ二つに麦茶を注ぐと、リビングに持ってきて僕の横に座る。


「ねえ、おにいちゃん……」


 妹が隣から僕の手を握った。そして身体を寄せてくる。そのきれいな顔が僕の方へと近づいてきて、そして……


「ちょっと恵梨香」

「なに?」

「家ではやめようよ」

「そうか、そうだよね。絵里萌に見つかっちゃうもんね」

「内緒にしようっていったのは恵梨香だろ」

「そうだね、バレると大変だから」


 恵梨香は苦笑した。


「さっきも言ってたけど、その大変ってなんなの?」

「うーん、なんというか、とにかく絵里萌には内緒の方がいいんだ」

「ふーん」

「でも、一回だけ」


 ロングヘアーの妹の顔が素早く僕の顔に近づいた。短い間だけ二人で唇を合わせる。


 そして、恵梨香は満足そうに微笑んだ。やっぱりかわいい。


「それじゃもう寝るね。おやすみ、おにいちゃん」

「お休み、恵梨香」

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