第八章 もう一人の妹

第37話 兄と妹の新しい関係

「おにいちゃんおはよう」


 朝のまどろみの中、耳元で慣れ親しんだ妹の声がした。


「おはよう……えっと」


 半分眠ったまま目を閉じて答える。えーっと、どっちだろう。


「恵梨香だよおにいちゃん」


 それを聞いて昨日の記憶が蘇ってきた。目を開けると朝の光の中、ベッドのすぐ脇から黒髪ストレートロングヘアーの妹の顔が覗き込んでいる。


「あー恵梨香、おはよう」

「おにいちゃん、朝だよ」


 恵梨香は素早く僕の頬にキスをすると、夏の制服を翻して部屋から出ていった。




「あれ、絵里萌は?」

「なんか用があるって先に行ったよ」

「そうなんだ」

「ねぇおにいちゃん、一緒に学校行こうよ」

「二人で?」

「だって兄妹でしょ。おにいちゃんこないだ絵里萌と一緒に帰ってきてたよね」

「まあ、いいけど……」

「行こう、おにいちゃん!」


 ということで妹とお喋りしながら駅までの道を歩く。


 隣から聞こえる校内一二を争う美少女の甘えた声が僕の心をフワフワとさせる。


「ねえ、おにいちゃん、手を繋ごうよ」

「ここで?」

「だめ?」


 恵梨香が小首を傾げて僕を見上げてきた。自分で内緒だって言ってたのに、しょうがないやつだな。


「じゃあ、駅までな」

「うん!」


 まあ妹が嬉しいならいいか。




「たっくん、今日は朝から楽しそうだね」

「え?そうかな」

「どうしたんだ卓也、デレっとした顔で」


 どうやら僕は相当顔に出るタイプらしい。



 ◇



「たっくん、今日一緒に……」

「ごめん美紀ちゃん、今日はちょっと妹たちと用事が」


 用事といっても一緒に帰るだけなんだけど。

 ちょっとだけ寂しそうな美紀ちゃんを置いて、一年生の昇降口へと急いで向かう。

 そこでしばらく待っていると妹たちがやってきた。


 その瞬間、物陰で目立たないように立っていた男子生徒が二人の方に歩き始めた。手に何か封筒のようなものを持っている。


 僕はさりげなくその生徒と妹たちの間に入り込んだ。


「恵梨香、と絵里萌も、一緒に帰ろう」

「あ、おにいちゃん!」


 さっきの生徒はそそくさと立ち去った。


「どうしたのお兄ちゃん?」

「いやさ、たまには兄妹で一緒に帰るのもいいかなって」

「うん、おにいちゃん。それじゃあ一緒にご飯の買い物して帰ろうよ。何食べたい?おにいちゃん」


 恵梨香は嬉しそうな顔で僕に話しかけてくる。




「にんじん忘れた」


 スーパーで買い物カートを押しながら三人で歩いている時、肉のコーナーまで来たところで恵梨香が突然そう言った。

 野菜コーナーはとっくに通り過ぎている。


「お姉ちゃん、私、にんじん取ってくる」

「お願いね絵里萌。三本あればいいから」


 スーパーの中で絵里萌が僕らから歩いて離れていく。


「おにいちゃん♡」


 同時に恵梨香が僕の手を握ってきた。


「バレちゃうよ」

「大丈夫だって。あと十秒だけ」


 恵梨香と握り合う手がじっとりと汗ばんでくる。恵梨香はさらに互い違いに指を絡ませてきた。


 ……3、……2、……1、……0


 慌てて恵梨香と握り合う手を離した。次の瞬間、絵里萌が向こうの食品棚の角から現れる。


「ぎりぎりセーフ……」

「ほら大丈夫だったじゃない」




「私、先お風呂入ってくるね」


 夕食の後、絵里萌が着替えを持って脱衣場の引き戸を閉めた瞬間、恵梨香が僕に抱きついてきた。


「おにいちゃん♡」


 黒髪ストレートロングヘアーの美少女がその顔を近づけてくる。僕もその黒髪に手を置いてそっと撫でる。

 二人の顔がゆっくりと近づいていく。恵梨香が目を閉じ、口がかすかに開いている。


 そして僕は唇を……


「お姉ちゃん、シャンプーなかったっけ?」

「えーっと、洗面台の鏡の後ろかな」

「ありがとう、お姉ちゃん」


 いや、ちょっとドキドキしちゃったな。水でも飲んで落ち着くか。




「今度は私がお風呂入ってくるね」


 恵梨香が着替えを持って脱衣場に入っていった。


「ねえ、お兄ちゃん」


 ショートパンツとTシャツの絵里萌が僕に話しかけてきた。

 さすがに僕の前ではキャミソール一枚とかの格好ではないが、それでも手足の露出の多い服装から湯上がりの肌が見えていて、いつものことだけどドキッとする。


 そして風呂上がりの濡れた長い黒髪がまた心を揺すぶってきて目の毒だ。


 そう、この妹絵里萌、湯上がりなので今は髪を縛っていないのだ。つまりこれだけだったら恵梨香と区別がつかない。


 そう思うとより一層緊張が込み上げてくる。


「なんだ、えり……


 つい名前にアクセントを置いてしまう。うっかりすると間違えそうだ。


「お姉ちゃんとデートしたんでしょ」

「デートって……、あ、ネカフェのこと?」


 そういえば昨日そう言ったな。


「どうだった」

「いや、単に一緒に漫画読んだりとか?」

「おにいちゃん、語尾が上擦ってるよ」

「あー、いやー、楽しかったよ?」


 どうも質問されるとつい挙動がおかしくなってしまう。逆にこっちから話を振ってみるか。


「絵里萌もネカフェとか行くのか?」

「うん、私はマンガ読みに時々行くよ。先週も駅の近くのなんとか空間に行ったけど」

「あっ、そうなんだ」

「ネカフェってカップル用の密室があるから、高校生のカップルとかがよくイチャイチャしてるよね」

「へー、そうなんだー、ふーん」


 これひょっとして絵里萌に詰められてるとかない?大丈夫?なんかニヤニヤしてこっち見てるんだけど。妙な雰囲気だし早めに撤収するか。


「じゃあそろそろ僕も風呂の用意するから、じゃあな、えり、

「うん、おにーちゃん」

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