第36話 二回目のペアフラットシート

 ネカフェの質問が決定打だった。あの妹はやっぱり恵梨香で確定だろう。

 というか普通に考えて好き好き光線出していたのは恵梨香だったし、むしろ絵里萌はずっと恵梨香を応援していた。


 夜中に会っていたことを秘密にしてくれというのも、考えすぎだとは思うけれど約束は守ることにした。


 家族という関係性を壊してもいいことは何もない。

 親と死別した僕よりも、親が離婚した妹たちの方がそれはよく分かっている。



 日曜は昼食の後、一人で出かける。恵梨香は既に出かけていた。先週と同じ待ち合わせ場所へと向かう。


 妹は一人でそこに立っていた。つややかに長いストレートの黒髪と、かわいらしくそれでいて少し大人っぽいワンピース姿。袖に開いた穴と裾のスリットから少しだけ白い肌が覗いている。


 そして校内で一二を争う美少女の、ちょっと心配そうな表情。


「恵梨香!」

「おにいちゃん!来てくれたんだね!」


 恵梨香は一転してほっと嬉しそうな顔になった。


「ごめん待たせて」

「ううん、さっき来たばっかりだから」


 さっき一緒に昼食を食べた時とは違うはにかんだ表情の妹。


「今日の服もかわいいね」

「これ?うん。前に絵里萌が選んでくれたの」

「そうなんだ。いいセンスだね」

「ありがとう」


 妹のセンスを褒められて恵梨香は嬉しそうな顔をする。


「じゃあ、またネカフェ行くか」

「うん、おにいちゃん!」


 僕の妹の美少女は溢れるような笑みを浮かべた。


「おにいちゃん、ちゃんと覚えててくれたんだね」

「そりゃそうだろ」


 昨日の夜の話かと思って答えたけどよく考えたら違うな。先週の恵梨香とのネカフェでの会話を思い出す。


『待ってるよ、おにいちゃん。今度来た時に……』


 そうだよな。ちゃんと答えないとな。



 ◇



 今日はマンガじゃなくてDVDにした。超大作の船が沈む映画を二人で眺める。この映画も三時間あるんだよな。


「恵梨香って普段はどういう映画観てるの?」

「映画ってあんまり観ないかな」

「へー」

「ほら、絵里萌ってアニメとかラノベ寄りじゃない。絵里萌に任せてるとそっちに寄っちゃうんだ」

「そっか。じゃあ、恵梨香が面白い映画を見たら絵里萌に教えてあげたら?」

「そうだね!」


 恵梨香はちょっと嬉しそう。やっぱり家族の仲がいいのはいいことだよな。




 大きなビーズクッションに頭を並べて、ネカフェのフラットシートに兄妹で身体を寄せ合う。触れた肌に恵梨香の体温を感じている。やがて腕が重なり、僕はいつの間にか妹と手を繋いでいた。


「この船、沈んじゃうんだよね……」

「そういう話だからね」


 映画を見ながら、つい恵梨香をちらちらと見てしまう。液晶の光に照らされてたその口元は、微笑んでいるようにも見えた。妹の指が僕の指に絡んでくる。




「……沈んじゃったね」

「そうだね」

「楽器の演奏してた人も沈んじゃったんだよね」

「だろうね……」

「こういう話って絵里萌も面白いと思うかな」

「恵梨香が面白いと思うなら面白いんじゃない?」

「あーそうか」


 恵梨香は画面の青い光に照らされて、沈んでいく船を眺めている。




「どうだった?」

「長かったけど、面白かった」

「それはよかった」

「この映画がおにいちゃんの気持ちなの?」

「え?」


 あ、なんかそういうやつ?そこまで考えてなかったけど。


「まあ、そうかな」

「おにいちゃん、ロマンチックなんだね」


 一応ラブロマンス系にしといてよかった。


「そう、これも嬉しかった」


 恵梨香は横に置いた手提げポーチから、昨日の夜中に僕が書いた手紙を広げて見せてくる。

 日時と場所と会いたいとだけ書かれ、最後に兄とだけ署名された、ラブレターとは到底言いようのない手紙。


「いや、ここでそれ出してくるの反則っていうか……」

「だって嬉しかったんだもん」


 ネカフェの空間が薄暗くて良かった。


 でもまあここまで来たらしょうがない。手紙を見返している妹に、僕は正面から向き直った。妹の顔をしっかりと見る。


 やっぱりきれいだし、そしてかわいい。妹ということだけでも信じられないほどの美少女なのだ。


 だけど今日はそこからさらに一歩を踏み出そうとする。


「恵梨香、こないだの話だけどさ」

「うん」


 黒髪の妹がそっと目を伏せて俯く。まずい、これ以上見ていると喋れなくなる。

 僕は覚悟を決めた。


「二人でズルくなろうか」


 妹が顔を上げた。見慣れたその顔が初めて見た表情を浮かべる。きれいな目がぱっちりと見開かれ、涙がこぼれ落ちてきた。


「うん、おにいちゃん……」


 恵梨香の顔に手を伸ばし、涙で濡れた頬を触る。そして僕から顔を近づけていく。唇が触れる直前、妹が目を閉じる。そのまま唇を合わせた。




 その後も時々キスをしながら、僕は恵梨香といろんな話をした。僕が好きなものの話、恵梨香が好きなものの話、そして家族の話。


 そして話をするにつれて、僕は自分が恵梨香のことを全然知らなかったことに気が付いた。


 いや、前から気が付いてはいたのだけれど、思っていたよりもっと知らないことが多かったのだ。


「私、おにいちゃんの事全然知らなかった」

「僕も恵梨香の事、全然知らないってことが分かった」

「そうだね、兄妹なのに」

「だな」


 恵梨香と見つめ合い、微笑み合う。僕たちの新しい関係は今日から始まったばかりだ。これから少しずつ知り合っていけばいい。


「おにいちゃん、あのさ」

「なんだ?」

「このことは絵里萌には内緒にしてほしいの」


 昨日もその話はされたばかりだしな。


「分かってる。家の中では僕たちはただの仲のいい兄妹だ」

「ちょっと寂しいけどね。絵里萌にバレると大変だから」

「バレないように気を付けるよ」

「おにいちゃん」

「なんだ恵梨香」

「大好き」

「僕もだよ」


 僕は恵梨香と今日何度目かのキスを交わす。


「あのさ恵梨香」

「なに、おにいちゃん」

「おにいちゃんって呼び名はどうなのかな」

「うーん、じゃあ、たっくん?」

「それはちょっと……」


 妹は少し笑った。


「まあいいか、間違えると困るし」

「そういえば美紀さんにも黙っとくの?」

「まあ、あえて言う必要もなくない?」

「そうだね、私たち、ズルいもんね」

「だな」

「ねえおにいちゃん、二人でもっとズルくなろうよ」


 恵梨香がさらに僕に身体を寄せてきた。


 ネカフェのフラットシートでそのまま二人で抱き合った。昨日の夜中と同じ、妹の柔らかい身体と弾力を感じる。


 妹を抱きしめて、いつもと同じ長い黒髪を撫でる。



 ◇



「ただいま」

「お帰りお姉ちゃん、それにお兄ちゃんも一緒だったの?」


 家に帰るとリビングでは絵里萌がアニメを一人で見ていた。


「うん、たまたま会って、一緒にネカフェ行ったんだ」

「いいなー」

「兄妹だからね」


 恵梨香は絵里萌から見えないところでこっそり僕の手を握ってきた。一瞬ぎょっとしたけど絵里萌はテレビの方を向いたまま喋っていた。


「私も今度連れてってよ、お兄ちゃん」

「今度な」

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