第19話 双子といえばノックスの十戒だよね

 朝、顔を洗って鏡を見たとき、ちょっとTシャツの襟をひっぱってみた。


「あーあー」


 確かに首筋の下の方がちょこっとだけ薄い痣のようになっている。


 そして鎖骨の下にもっと濃い痣のような跡が付いていた。鎖骨の下の方は服の下ではあるけれど、見つかったら目立ちそう。


 とりあえずスマホで検索してみるか。


 『キスマーク 消す方法』


>キスマークを緊急に見えなくするには、服で隠しましょう


 なんだそれ。使えねー情報でPV稼ぐんじゃねーよ。


>キスマークを消すには歯ブラシを当てて軽くこする


 なるほど。ちょっとやってみる。うん、変わらない。


「お兄ちゃんおはよう、何してるの?」

「あ、いやなんでもない」


 絵里萌に見つかりそうになった。危ない。危ない。



 ◇



「たっくん、おはよう」

「あ、美紀ちゃん、ちょっとちょっと」

「なーに、たっくん」


 ニコニコしている幼馴染を連れて廊下の隅まで行く。


「昨日、キスマーク付けたでしょ」

「えー、付けてないよ」


 そう言いながらその目は僕の首筋を見ている。


「だって跡がついてたけど」

「キスじゃないもん。キスマークじゃないよ」

「なにそれ?」

「だって昨日の定義からするとキスじゃないでしょ」


 美紀ちゃんが屁理屈をこねてくる。


「いや、そういう問題でも」

「もう消えそうだし、目立たないから大丈夫だって」

「えー、いや、もう見つかっちゃったんだけど……」

「誰に?妹さん?」


 思わず目を逸らす僕。そしてなぜかにっこり微笑む美紀ちゃん。


「そうだたっくん、またパソコンの調子が悪くなっちゃって」

「え?あ、ほら、今日は図書委員じゃない?」

「それじゃ明日ね。約束だよ!」


 幼馴染は嬉しそうに言うと教室に戻って行った。



 ◇



「たっくん、図書委員行くよ」

「あー、うん」


 放課後になって美紀ちゃんと一緒に図書室へと向かうんだけど、話題に詰まってつい無言になってしまう。


「もしかして、たっくん、怒ってるの?」

「怒ってないけど」

「よかった、あ、そうだ!」


 美紀ちゃんがなにか変なことを思いついたようだ。


「たっくん、だったら手を繋いで行こうよ」

「えー、なんで」

「怒ってないならいいでしょ?」

「なんで怒ってないと手を繋ぐの?」

「やっぱり怒ってる?」


 ちょっと上目遣いに僕の顔を見る美紀ちゃん。この目はいつもズルい。


「いやそんなことないけど、だって学校じゃん」

「わかった!、学校じゃなきゃいいんだ!」

「え?」

「学校では手を繋いではいけないってことは、だったら学校でなければ手を繋いでいいってことだよね」


 幼馴染は勝手にうんうんとうなずいた。


「えーっと対偶って意味なら、手を繋いでいいならそこは学校ではない、じゃない?」

「たっくん、理屈っぽいって言われない?」

「えー」

「着いたよ、図書室」




 二人でカウンターに入ると「貸し出し中」の札を出す。相変わらず人は少ない。暇そうな美紀ちゃんがまた隣から話しかけてくる。


「それで妹さん、なんだって?」

「え?、あー朝の話ね。そう妹から、これキスマークでしょって言われて、でもそれだけだよ」


 微妙な話なので軽く流そうとする。


「これ?、“それ”じゃなくて“これ”?」

「ずいぶんディティールにこだわるね」

「つまりその妹さんはたっくんと密接な距離にいたわけだ」

「えっ」

「簡単な推理だよたっくん」


 美紀ちゃんはなんだか自慢げだ。僕はちょっと美紀ちゃんを侮っていたかもしれない。


「それじゃ推理小説マニアの美紀ちゃんに聞きたいんだけど」

「なにかな?」

「それって、どっちの妹だと思う?」


 こういう場合、第三者の意見も大事だよな。美紀ちゃんはちょっと首を傾げながら答えてくる。


「うーんと、双子のトリックは禁止されてたような気がする」

「ノックスの十戒なら双子は禁止はされてないよ。先にそう言っておけってだけで」


 ちなみにノックスの十戒とは、推理小説を作者と読者のゲームと考えた時に守らないといけないルールのようなものだ。例えば魔法を使うのは禁止とかそういうことが書いてある。


「そうそう、あの中国人は禁止ってやつ」

「それも書いてあるけどニュアンスは違うけどね。で、妹だけど、美紀ちゃんはどっちだと思う?」


 眼鏡を掛けた幼馴染は反対側に首を傾けた。


「妹さん、中国人?」

「いや違うと思うな」

「そうかー。これは難事件ね」

「だよねー」

「じゃあ直接聞いてみましょう」

「え?」


 美紀ちゃんの視線の先を見ると、黒髪ロングストレートの恵梨香とツインテールの絵里萌の姿が見える。


 ちょうど二人で図書室に入ってきたところだ。


 二人とも家での部屋着姿もかわいいけど制服姿も似合っていて実にかわいらしい。本当に自分の妹でいいのかって気がしてくるな。


 まあ妹と言っても義理なんだけど。それはともかく。


「いやちょっと待って美紀ちゃん」

「なんで?」

「だってもう一人には内緒にしておかないと」

「うーん、まあ、そうかな。じゃあそれとなく聞くね」


 そうしていると妹たちがこっちにやってきた。


「お兄ちゃん元気?」

「美紀さんもこんにちは」


 妹たちが声をかけてきたところに美紀ちゃんが返事をする。


「たっくん、今日はすごい寝不足みたいで」

「そうなんだお兄ちゃん」

「どうしたのおにいちゃん、気になることでもあるの?」


 特に不審な挙動は見られないな。


「いや、別に大丈夫だけど。二人ともよく寝てる?」

「うん、私はぐっすり」

「私も大丈夫」


 うーん、このぐらいで分かるようならもっと前に分かってるよな。


「たっくんほら、どうせ人も来ないし寄り掛かって寝てていいよ」


 美紀ちゃんが僕の頭を掴んで強制的に自分の肩に寄り掛からせた。そして自分の頭も僕の頭にもたれかけてくる。


 脈絡のない挙動にちょっと焦るけど、とりあえず従っておく。


「おにいちゃんと美紀さん、随分と仲がいいんですね」

「うん。幼馴染だからね」


 恵梨香がちょっと強い語調で言ってきたが、美紀ちゃんは軽く答えてかわした。

 そして二人のやり取りを絵里萌が面白そうな顔をして見ている。


「ねーねーお姉ちゃん、ラノベ借りたいんでしょ。見に行こうよ」

「あ、うん行く」


 二人が図書室の奥へと去ったところで美紀ちゃんが横目で僕の顔を見た。なんか自慢そうな顔をしている。


「私分かった」

「まじで?」

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