第20話 昨日の深夜、あなたは何していましたか?

「今の会話で、私、確信した!」

「すごいね美紀ちゃん」


 図書室のカウンターの中で、僕の横に座ったおかっぱ頭ボブカットの幼馴染は自信ありげにうなずいた。


「犯人はこの中にいる!」

「で、誰?」

「恵梨香ちゃんで確定でしょ」

「いきなり?そこに至る推理とかは?」

「ないよ。直感だから」


 前から思ってたけど美紀ちゃんって推理小説好きな割には思考が雑だよな。


「それノックスの十戒的に大丈夫なの?」

「だってここから犯人しか知らないことをしゃべらせればいいんでしょ」

「あーなるほど。そういうやつか」


 罠に嵌めて犯人に自供させる奴か。最近の推理ものってそういうの多いよな。


「というわけで、たっくん、犯人しか知らないことって何かある?」

「まさかのぶん投げ」


 そんなこと言われても、ぜんぜん思いつかないんだけど。


「例えばどういうの?」

「凶器とか」

「いや、死んでないし僕」

「だよね」


 美紀ちゃんはちょっと考え込んでいるが、なにか閃いたようだ。


「二人のうちどっちかなんだから、アリバイのない方じゃない?」

「いや、アリバイったってさあ」

「あのー、美紀さん、これお願いします」


 気が付くと妹たちが目の前に来ていた。




「あ、恵梨香ちゃん、貸し出しですね」


 美紀ちゃんが涼しい顔で恵梨香から文庫本と図書カードを受け取とるとバーコードを読み取っている。僕は横目で本のタイトルを眺めてみた。


『幼馴染にパーティーから追放されたけど妹がいるから大丈夫』

『妹と挑む異世界ライフ。幼馴染とかもうオワコン』

『幼馴染にザマーして妹とダンジョンを攻略します』


 あれ、この三冊見覚えがあるな。


「恵梨香はこないだ借りたのはもう読み終わったんだ。読むの早いな」

「ラノベはすぐ読めちゃうからね。これも絵里萌が面白かったって教えてくれたの」

「これ、前も借りてなかった?」

「え?そんなことないけど」


 恵梨香の脇で絵里萌が目を逸らした。


「はい、三冊ですね。貸し出しは二週間までです、ところで恵梨香ちゃん」


 貸し出し登録をした本を渡しながら美紀ちゃんが尋ねる。


「なんでしょう、美紀さん」

「昨日の深夜、あなたは何していましたか?」

「何って、寝てますよね普通?」

「なるほど、ところで絵里萌ちゃん」


 美紀ちゃんは横の絵里萌にも声をかけた。


「はい?」

「昨日の深夜、あなたは何していましたか?」

「寝てましたよ、国後さん」

「なるほど」




「私、分かった!」


 妹たちが図書室から出て行ったところで、美紀ちゃんが僕に向かって宣言する。


「何が?」

「犯人」

「さっき恵梨香で確定って言わなかった?」

「それは修正。私の勘によると、絵里萌ちゃんね」


 眼鏡っ子の探偵は自信ありげだ。


「ほほー、その理由は?」

「だから勘だって言ったじゃない」

「アリバイはどうなったの?」

「アリバイは二人ともグレーだから、あとは勘ね」


 美紀ちゃんによると、絵里萌の挙動が不審だったということらしい。美紀ちゃんは割と観察力だけは鋭いのだ。


「でもさ、挙動不審で犯人にされたら冤罪大量生産じゃない?」

コラテラルダメージ副次的被害ってやつね」


 僕の幼馴染は隣でしんみりと頷いた。そしてまた思いついたように話し出す。


「でもやっぱり恵梨香ちゃんのほうが前からいろいろ怪しい気もする」

「なるほどですね」


 なんだっけ?コラテラルダメージ副次的被害だっけ。


「思うんだけど、妹さん二人ともなんか怪しくない?共犯の可能性もないかな」

「それってありなの?」

「全員が犯人ってのはクリスティにあるし大丈夫」

「列車のやつでしょ。あれなんか変な話だったよね」

「そうね、動機も後付けっぽかったし……ん」


 探偵が眉をひそめる。


「どした?」

「私としたことが、動機を見落としてた」


 美紀ちゃんは興奮したように僕に喋る。


「美紀ちゃん図書室だからもうちょっと静かに。ところで動機ってそんな大事?」

「大事よ大事、殺人と過失致死の差ぐらい大事よ」

「リアリティあるね」

「二時間ドラマだって一時間半ぐらい動機の解明でしょ」

「そうなんだ。見てないから」


 幼馴染が僕の顔をじっと見つめてきた。


「それじゃ質問だけど、たっくんは何が動機だと思う?」

「もう一回ぶん投げ来たよ」



 ◇



 帰り道で考えてみたけど、絵里萌が挙動不審だったのは前に恵梨香の振りをしてラノベを借りてったイタズラのせいだよな。


 あの時は僕がカウンターで美紀ちゃんとイチャイチャしてたから、当てつけにあの変な幼馴染ザマー本ばかり借りたんだろう。

 うちの学校の図書カードには番号は書いてあるけど名前がないので見ただけでは誰かわからないのだ。


 でも、当てつけでもなんで絵里萌はわざわざ恵梨香の振りをしたんだろう。


「動機かー」

「どうしたのおにいちゃん」


 夕食の和風ハンバーグを食べながら妹たちを見つつ、思わずつぶやいてしまった。


「あ、いや、なんでもない。このハンバーグ美味しいね」

「ありがとう、おにいちゃん!」


 双子の姉は嬉しそう。そして妹のほうは無心にハンバーグを崩しては大根おろしにつけて食べている。


「恵梨香さあ」

「なに?おにいちゃん」

「恵梨香は恵梨香だよな?」

「え?」


 なんか変なことを言ってしまった。


「どうしたの、お兄ちゃん」


 それまでモグモグとハンバーグを食べていた絵里萌が尋ねてくる。


「そういえば絵里萌はさ、自分が絵里萌で、一緒にいるのが恵梨香だっていつ気が付いた?」

「え?」

「だって、生まれてすぐは自分が誰かとか分からないじゃん。そんな時に自分とそっくりな人がいたら自分が誰か分からなくならないのかなって」


 ツインテールの妹は変な顔をした。


「え?、、、いや、だって自分の顔は見えないじゃない?」

「あ、そっか」

「変なお兄ちゃん」


 絵里萌はちょっと楽しそうに笑う。


「ところで義母さんかあさんは二人を見て髪型以外で区別付くの?」

「うーん、どうだろ。ぱっと見ただけだと分かんないかも」


 いやまあそうだろうな。


「実はいままでこっそり入れ替わったことある?」

「それは内緒。ね、お姉ちゃん」

「え、あ、うん」


 それまで何かを考えていたようだった恵梨香は、慌てたように笑顔を浮かべた。

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