第18話 お兄ちゃん、嘘ついてるでしょ

「お兄ちゃん、今日は遅かったね」


 帰ったところで、絵里萌がキッチンから出てきた。ツインテールの髪にエプロン姿がなかなか似合っていてかわいらしい。


「あー、うん、ちょっと買い物とか」

「へーそうなんだ、何買ったの?」

「え?」


 質問されると思ってなかったので考えてなかった。エプロンをつけた妹がツインテの頭を傾げてこっちを見ている。なんで今買い物とか答えちゃったんだろう。でもなんか言わないと変だよな。


「えーっと、そう、欲しかったラノベの新刊が出てて」

「そうなんだ、もうじきご飯だよ」

「うん、ありがとう」


 ちょっと受け答えが不自然だったかな。




「いただきまーす」

「今日は私が作ったんだよ」

「へー、おいしそうじゃん」


 絵里萌に見つめられながら生姜焼きに箸を伸ばす。


「うん、おいしいよ」

「よかった。お兄ちゃんが好きなレシピだってお姉ちゃんに教わったの」


 絵里萌はニコニコと嬉しそうだ。


「そうなんだ、ありがとう、恵梨香も」

「ところでおにいちゃん、、、」

「なんだ恵梨香?」


 もう一人の妹と目が合った。こっちは全然ニコニコしていないんだけど。


「今日、美紀さんと一緒に帰ってましたよね」

「え゛」

「昇降口で一緒のところ見たんだけど……」


 すると絵里萌がちょっと首をかしげる。


「あれ?本屋さん行ったんじゃないの?」

「えーっと、そう、美紀ちゃんと一緒に本屋に行ったんだ。ほら、図書委員だしさ、いろいろとあって、なんていうか、その」


 つい早口に答えてしまう。


「ふーん、国後さんも本好きなんだね」

「そう、だね。推理小説とか好きみたいだよ、ほら、なんか」

「こんどお薦め聞いてみようかな」

「この生姜焼き美味しいね!」


 生姜焼きの味が分からなくなってきた。



 ◇



 トントン


 そろそろ寝ようかと思ってた時間、部屋の扉がノックされた。


「はい、誰?」


 扉を開けると、そこには部屋着を着た黒髪ロングヘアーの妹が立っていた。なにか言いたげな顔で僕を見ている。


「なに、恵梨香?」

「ちょっといい?お兄ちゃん」


 恵梨香は返事も効かずに部屋の中に入ってくると、ベッドの端に腰かけた。僕も扉を閉めて勉強机の椅子に座る。


「どうした?」

「今日、どんなラノベ買ったの?」

「えーっと」

「お兄ちゃん、嘘ついてるでしょ」

「えー」


 今日の恵梨香、なんか妙に詰めてくるな。美紀ちゃんみたいだ。


「お兄ちゃん、本当は本屋さんに行ったんじゃなくて国後さんとデートしてたんだよね」

「なんていうかえっと」

「お兄ちゃん、本当は国後さんと付き合ってるでしょ」

「え?」


 黒髪の妹が僕の目を覗き込んでいる。


「それはこないだも言ったけど、ないって」

「ないんだ」


 妹は僕の回答になんだか不審そうだ。


「ないない、っていうか、僕もちょっと聞きたいんだけど」

「なに、お兄ちゃん?」


 僕の前で黒髪ロングヘアーの妹が微かに小首をかしげた。その髪を指先で軽く梳いている。


「お前、絵里萌だろ」


 妹の目が少しだけ見開かれ、僕の目を見つめてきた。


「よく分かったね、お兄ちゃん。どこで分かった?」

「だって、絵里萌にはラノベを買ったといったけど、恵梨香には本屋に行ったとしか言ってない」

「そうだったね」

「それに、美紀ちゃんのことを国後さんというのは絵里萌だけだよな」

「まあ、そうかもね。お兄ちゃんよく覚えてたね」


 妹の口がちょっとだけほころんだ。


「それに、美紀ちゃんと付き合ってるのかって恵梨香にはこないだ聞かれたばっかりだ」

「なんだ。お姉ちゃん、ちゃんと聞いてたんだ」

「まーな」

「なんで教えてくれなかったんだろう」

「知らねーよそんなの。個人情報だろ」


 僕はちょっとだけ肩をすくめた。見れば見るほどこの妹、恵梨香そっくりだな。


「そうだ、絵里萌、もう一個聞きたいんだけど」

「なに?」

「いままでも時々入れ替わってたことあるだろ?」

「さあね。おやすみ、お兄ちゃん」



 ◇



 その夜は前夜の睡眠不足もあってすぐに寝てしまった。そして深夜、例によって僕は身体の上に柔らかい重さを感じていた。


『えーっと、これ、また妹だよな』


 目を閉じたままそう考える。いつもだと胸の上に妹の頭が乗ってるんだけど、今日は僕の胸の上には柔らかい弾力が押し付けられている。

 つまり、妹の胸が当たっている、のだと思うんだけど、昨日の美紀ちゃんとはちょっと違う感じがするんだよな。


 ていうかあの時たぶん、美紀ちゃんはブラジャーをしてたわけで、いま上にいる妹は……えっと……このやけに柔らかい感触は、やっぱり……


「おにーちゃん」


 すぐ耳元で妹の声がした。つまり僕の頭のすぐ脇に妹の顔があることになる。胸の位置からするとそりゃそうだな。

 そして問題は、ここで返事するかどうかなんだけど……


 やっぱり、もうちょっと様子を見よう。


「おにーちゃん、昨日は美紀さんと何をしていたのかな?」


 いま「美紀さん」って言ったな。やっぱり恵梨香なのか。でも確定ではないな。


「おにーちゃん、起きてるんでしょ?、寝たふり?、でもね、、、」


 妹が指で首筋を触れてくる。


「おにいちゃんのここ、痣みたいなのが出来てるよ。朝はなかったよね。どうしたのかな?」


 えーっと、なんだろう?昨日一体何があったかを、僕は頭の中で振り返ってみる。パソコンは何でもなくて、二人で並んで横になって……


 確か最後、ベッドの上で美紀ちゃんに抱きつかれて、頭をポンポン撫でて、その時美紀ちゃんの頭は僕の頭の横だったから、となると……ちょうどこの辺に顔が当たってたかも……


 ひょっとして、美紀ちゃんにマーキングされた?


「おにーちゃん、これ、キスマークでしょ」


 ここでハイとは言えないし、かといって否定もしにくい。このまま寝たふりを続けるしかないよな。寝たふり寝たふり。


「いいよ、じゃあ私も……」


 妹の舌先が首筋に当たってきた。温かく湿った舌はそこから下へと向かい、寝巻として着ているTシャツの襟を押し下げて鎖骨の下辺りにしばらく留まる。


 チュッ


「これでいいかな」


 妹の声がなんだか満足げだ。


「それじゃおやすみ、おにーちゃん」

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