第31話 人と向き合うお昼ご飯
大人の対応というやつで、美紀ちゃんも一緒に妹たちとお昼を食べることになった。
梅雨の合間の晴れた空が広がる屋上へと四人で上がる。まだ暑くもなく清々しい陽気だ。
「今日はたっくんに食べて欲しいものがあって作ってきたの」
おかっぱ眼鏡の幼馴染が大きな袋から弁当箱を取り出してくる。
「そうなんだ。なんだろ」
「じゃーん」
お弁当箱にはタコさんウィンナーがぎっしり詰まっていた。
「たっくん、昔からこれ好きだったでしょ」
「すごい量だね」
「実はまだあるんだ」
美紀ちゃんがお弁当箱をもう一つ取り出してきて開ける。そこにもタコさんウィンナーが思いっきり詰まっていた。
「えへ、作り過ぎちゃった」
眼鏡っ子の幼馴染が僕の目を見て微笑んでいる。目の奥に微妙に闇っぽいものを感じるけど、こないだいっぱい食べるって約束しちゃったんだよな。
「ねえ、おにいちゃんって唐揚げ好きだよね」
その反対隣にいた恵梨香が、やっぱり大きな袋から弁当箱というには大き目な、重箱ぐらいあるタッパーを取り出してきた。
「いっぱい作ってきたから、もちろん全部食べるよね?」
長い黒髪の妹が開いたタッパーの中には、当然のように大量の唐揚げが詰まっていた。そして恵梨香は期待を込めた目で僕の目を見て圧力をかけてくる。
いやでも、ちょっと多すぎないですかこれ?
「これってみんなで食べる分?」
「私たちのは別にあるから大丈夫だよ」
二人の妹が小ぶりな弁当箱を取り出して見せてくる。というか僕の弁当箱も別にあった。この大量の唐揚げは弁当とは別らしい。もちろんウィンナーも別なんだよな。
「遠慮しないで食べて。たっくん」
「おにいちゃん、好きなだけ全部食べて」
人とちゃんと向き合うのも結構大変だ。
◇
あー、なんか胃が脂っぽい。もう当分ウィンナーも唐揚げもいいやという気分のまま、放課後になったところで幼馴染に捕まった。
「たっくん、今日は図書委員ないし、またうちでパソコンの調子見てほしいな」
「パソコン本当に調子悪いの?」
「ほら行くよ、たっくん」
でも今までの事を考えると、やっぱり美紀ちゃんに対してもちゃんと正面から向き合わないといけないよな。そう思うと断りにくい。
胃もたれしたまま手を引っ張られて、ずるずると美紀ちゃんの家に着いてしまった。
しかしこの部屋、最近よく来てるな。
「着替えてくるからちょっと待ってて」
「パソコンは?」
「もう大丈夫だから。たっくんはそこでお昼寝しててよ」
美紀ちゃんが自分のベッドを指さす。
「また?」
「じゃあここで着替えようか?」
美紀ちゃんがいきなり制服を脱ぎだそうとした。
「ごめん!僕はお昼寝してるから!大丈夫だから!」
「そう?」
薄ピンク色のベッドの上に僕を残して、美紀ちゃんは部屋から出ていった。そしてすぐ、前と同じくロングTシャツに生足というラフな感じで戻ってくる。
「お待たせー。隣入れてね、たっくん」
「狭いかな、ちょっと向こう行くね」
僕は美紀ちゃんに背を向ける感じで、ベッドの上でちょっと距離を取った。
といってもシングルベッドなので取れる距離などないのだけど。気持ち的に。
「全然大丈夫だよ。ぜんぜんー」
美紀ちゃんがぜんぜん言いながら後ろにくっついてきた。背中に柔らかい感触が当たっている。姿勢的にぜんぜん正面から向き合ってない気もするけど、これはしょうがないよな。
美紀ちゃんは僕の腕に手を掛けてすぐ背後から話しかけてくる。
「こうやってくっついて寝てると子供のころを思い出すよね」
子供のころは背中にこういう柔らかい感触は当たらなかったけど。
「……そうだね」
「私さ、いままでたっくんにいろいろ押し付けてたなって反省したんだ」
「そんなことないよ」
幼馴染が背中で身じろぎをした。背中の弾力のある柔らかいものがぎゅっと押し付けられてくる。
「私ちょっとわがままだったかなって。やっぱり変わらないと駄目かなって思ったんだ」
「えー、そうなんだ」
「うん、だから教えて欲しいんだけど、たっくんって、どんな女の子が好き?」
そう言われて一瞬頭に浮かんだのは昨日の夜中の妹の顔だった。
「あ、いや、特にそういうのはないかな……」
「私さ、思うんだけど、やっぱり人間は変わろうと思えば変われるんじゃないかって」
「それって、何の話?」
美紀ちゃんが僕の身体に手を回してきた。手のひらが左胸の上、心臓の上に置かれる。
「たっくん、ドキドキしてる」
「まあ、そりゃー」
こんなに女の子にくっついてたらドキドキするよな。背中に当たってるし。向き合えてないけど。
「あのさ、たっくんって、やっぱり妹さんみたいな子が好きなの?」
「え、いや、だから、特にそういうのは」
「鼓動が速くなってきた。やっぱりそうなんだ」
いやちょっと、そうなんだって、どうなんだ?
美紀ちゃんは手のひらで僕の心拍を読み取りながら質問を重ねてくる。
「やっぱり髪の毛は長い方がいい?」
「いや別に……」
「そうか、やっぱりそうなんだね」
美紀ちゃんの声が若干沈む。
「そんなことないよ。髪型は人間の本質じゃないよ」
一応フォローしてみる。妹たちの髪型だって人間の本質じゃないしな。時々変わるし。
「そうだよね、髪型は変われるもんね」
「そうだよ!」
とりあえず力強く同意しておく。
「それでたっくんはどっちが好きなの?絵里萌ちゃん?」
僕の頭の中に、秋葉原で楽しそうだった絵里萌の顔が浮かぶ。
「それとも恵梨香ちゃん?」
マンガ喫茶の薄暗いペアシートで目の前に迫ってきた恵梨香の顔が思い浮かんできた。
「恵梨香ちゃんの時のほうがドキドキしてる」
「ていうか、そういうのよくなくない?プライバシーっていうか。別の話題にしようよ」
「そっかー。じゃあ私、眼鏡じゃなくてコンタクトにした方がいいかな」
「美紀ちゃんは眼鏡の方がいいよ」
「そこは迷いがないね」
いやなんというか、僕の中で美紀ちゃんが眼鏡してないとかちょっと想像しにくい。
「美紀ちゃんは眼鏡外しちゃだめだよ」
「なんで?」
「なんていうか、そんなの美紀ちゃんじゃないっていうか、美紀ちゃんは変わらないで欲しいっていうか」
「たっくんはズルいね」
「美紀ちゃんもそういうんだ」
まあ確かに、僕は相手の気持ちに無頓着だし、自分の都合だけを押し付けている。
ズルいっていうのはこういうことなのかな。
「でも、たっくんが自分の気持ちをはっきり言ってくれてよかった」
「それって眼鏡のこと?」
「たっくんは私に変わって欲しくないんだよね?」
「そうかもだけど……」
眼鏡のままでいいかどうかぐらい聞いてくれればすぐ答えるんだけど。
「でもねたっくん、人は変わるんだよ」
「そうだね、僕も大人にならないと」
「じゃあ二人で大人になろうよ」
「ちょっと話題がやばくない?」
「たっくん、いますごいドキドキしてる」
背中から回された腕の指先が僕の心臓の上をなぞっている。背中に押し付けられているものが柔らかく潰れて、僕の心拍数をさらに上げる。
「そういえば美紀ちゃん、パソコンの調子見ないと。ほら、ぱそこん」
「そんなの今度でいいから」
「わかったから、うん、コンタクトもいいと思うよ!、ねえ、美紀ちゃん」
「ねえ、たっくん。二人で一緒に……」
ピコン!
スマホの通知が鳴った。見ると絵里萌からだ。
絵「お兄ちゃん、早く帰ってこないとお姉ちゃんが夕ご飯を唐揚げにするって」
「ごめん、美紀ちゃん、今日はもう帰らないと!」
「逃げるなんてずるいよ、たっくん」
さすがにもう唐揚げは無理。
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屋上の恵梨香のイラストはこちら
https://kakuyomu.jp/users/yamamoriyamori/news/16817330669064061472
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