第0話 たっくんと私
高校一年の三月の上旬、期末試験も終わって春休み前、学校もお昼で終わりになるのんびりした時期の放課後。
いつものように昇降口に来た私は、待ち伏せしようとした幼馴染が『新しい家族に会いに行く』と言っていたのを思い出した。
そういえば今日はその日だった。いつもは無理矢理一緒に帰ってるけど、さすがに邪魔はできない。
「たっくんの新しい家族か……」
家族みたいだった幼馴染に、新しい本当の家族ができた。となると私はなんだろう。家族みたいだった人?、隣に住んでる幼馴染?、それとも、元カノ?
何なんだろうね、私。
でも新しいお母さんができたのなら、私はもう、たっくんのお母さんにならなくてもいい。これからは新しい関係を作れるかもしれない。
そう思うと今の私はちょっとドキドキしている。
買い物に行こうとマンションの部屋を出たところで、廊下の角から見慣れた顔の隣人が現れた。珍しく緊張と心配の混ざったような表情をしている。
私の心が少しだけ跳ねた。
「たっくん!」
「え?、あ、美紀ちゃん」
幼馴染の緊張が一瞬解け、無意識の笑顔が覗く。私が好きな顔。
週に二回の図書委員の時以外は、偶然たまたま、にしては多いけど、帰り道が一緒になった時にだけ、私はたっくんと一緒になる。そんな時、いつも彼はこの顔を見せてくる。そして私はちょっと幸せになる。
でも今日のその顔は一瞬で終わり、後ろから二人の女の子が現れた。
どちらも長い黒髪の中学生ぐらいの女の子。少し背の低い、華奢な感じだけれど存在感がある子たち。揃いの洒落たワンピースを着て、一人は髪をまっすぐに降ろし、もう一人は二本のおさげに纏めている。
その二人の少女の顔は息を呑むほどにかわいらしく、そして、そっくりだった。
「そうだ、えーっとね、美紀ちゃん、この二人は僕の新しい妹なんだ」
私は一瞬その言葉の意味が分からなかった。
もしかして、いま妹って言った?
「あの、、初めまして、、卓也さんの隣に住んでる
反射的に、というか機械的にこわばった挨拶をしたけれど、私はたっくんに妹ができたなんて聞いていなかった。
新しいお母さんができたと聞いていただけだったのに……
「
二人の女の子たちが、私に作ったような微笑みを浮かべ、軽く頭を下げてくる。
「この人も、二人が今度から通う高校の先輩なんだよ」
「そうなんだおにいちゃん」
いままで存在しなかった新しい妹が、たっくんに「おにいちゃん」と言う。
「もしかしてお兄ちゃんの彼女?」
「違うよ、そんなんじゃないよ。隣に住んでるだけだって」
「なんだー。えーっとよろしくです国後さん」
私は隣に住んでるだけの人になった。
「もうお母さんたちは来てるのかな?」
「さっき父さんから連絡あってもう着いて荷造り始めてるって」
「そういえば、おにいちゃんは引っ越しの準備できてるの?」
「いや、まだこれから……」
いま、何て言った?
「たっくん、引っ越しするの?」
「あれ、言ってなかったっけ?」
◇
たっくんはデリカシーがない。というか、小学校のころから人付き合いというものがまったくできない子供だった。
子供のころから、学校からまっすぐ帰ると本を読んでいるかアニメを見ているか勉強しているだけ。
それでも学校の成績だけはよかったので、大人からはあまり何も言われてなかったようだった。でももし私がいなかったら、たっくんは今まで人と全く話さないで育ったかもしれない。
というか、たっくんが完全な引きこもりにならなかったのは多分私のおかげだ。ちょっとぐらいは感謝してくれてもいいと思う。
そんなたっくんと私だけど、実は一時期恋人同士だったことがある。中学二年の時、色気づいてきた私たちは、時折初々しくキスなどを交わしながら二人でいろんな話をした。
といっても、たっくんが話すのはラノベかアニメの話ばかりだったけど。クラスの話をしてもあまり関心なく、というか、人に対して常に一歩引いている感じの子供だったのだ。
そう、お母さんが亡くなった時から。
それでも私だけはたっくんと恋人という特別な関係でいられる、それは私の承認欲求を満足させてくれていた。
―――――
「美紀ちゃん、僕たちはただの幼馴染に戻ろう」
中学二年のある日突然、たっくんがそんなことを言ってきた時、私はたっくんの頭がおかしくなったんじゃないかと思った。
「なんで?たっくん」
「ほら、こないだ喧嘩したじゃん」
「でも仲直りしたよね?」
「あの時思ったんだ。僕は美紀ちゃんと仲良くなりすぎたんだって」
私はたっくんが言ってる言葉の意味が分からなかった。
「なにそれ」
「こないだ調べたんだ。中学の時からの恋人で結婚する人はほとんどいないって。つまり、幼馴染でいるならずっと幼馴染だけど、恋人だったらいつか別れて、僕たちは二度と口も利かなくなるんだよね?」
たっくんは私の顔を、なんで分からないんだろう、というような不思議そうな目で見ている。
「だからさ、僕たちは幼馴染に戻った方が」
「ぜったいやだ!」
こうして私とたっくんの、恋人時代最後の喧嘩は始まった。
―――――
たっくんとの最後の喧嘩は、私がブチ切れて正直なにを言ったかも覚えていない。
でもそれから三か月ほど、たっくんは私の顔を見ると逃げて行ったのでよっぽどひどいことを言ったのかもしれない。でも悪いのはお互い様だよね。
それでもその後、たっくんとの仲は「ただの隣に住んでる人」として学校で時々顔を合わせて挨拶するぐらいには回復した。
といってもこのまま別の高校に行ったら、もう偶然会うぐらいしか顔を見ることはないかもしれない……
そう思った私は猛烈に勉強を始めた。たっくんは頭がよかったし、受ける高校はトップクラスの県立校と見当がついていた。いつもはちょっと頭の悪いふりをして勉強を教えてもらってた私だけれど、本当はやればできるのだ。そう信じて頑張った。
そして一年間の猛勉強の結果、私はたっくんと同じ高校に合格した。
学校で顔を合わせた時のたっくんの驚いた顔ったらなかった。残念ながらクラスは違ったのだけれど、そのぐらいは仕方ない。
高校でもあいかわらずたっくんは帰宅部で、私は無理やり図書室に連れて行った。そこで何とかちょっと強引に説得して、週に二回だけ、私とたっくんは一緒に図書委員をやることになった。
思うんだけど、たっくんも少しは社交性というものを持った方がいい。私がいなかったらただの引きこもりのオタクだったんだよ。
◇
マンションの廊下での妹さんとの出会いからすぐ、たっくんの家は引っ越しをしてしまい、そして私たちは二年生になった。
いまの高校では二年生は社会科の選択でクラス分けされるのだけれど、たっくんは世界史を選択し、当然私も世界史を取った。世界史選択は三クラスある。
その三分の一の確率に打ち勝った私は、今までのことを思い返す。
悪いのはたっくんだとか私だとか、そんなことは本当はどうでもよかったのだ。そう、幼馴染はいつまでも幼馴染なのだから。
いつかたっくんが振り返った時、私はそこに居ればいいだけで、
あとはどうやって振り返らせるか……
お昼休みには一緒にお弁当を食べよう。
玉子焼きの練習もしよう。
コンタクトレンズも作っておこうかな。
たっくんにはもっと大人になってもらわないといけない。そのためには平穏な生活など許さない。
図書室の奥、ラノベのコーナーでツインテールの美少女を見つけて声を掛ける。
「こんにちは絵里萌ちゃん。覚えてる?私、卓也さんの隣に住んでた国後だけど」
燃え上ったり爆発しても仕方がない。私を含めてだけれども、女の子は火炎瓶か爆弾みたいなものなのだ。
何が起こるか分からない世界の中で、私はたっくんと共にいる。そう、いつか疲れて振り返った時、
私はそこにいるよ、たっくん。
ー 双子の義妹のどちらかがベッドにもぐりこんでくる「完」 ー
―――――
長い間お付き合いいただきありがとうございました。
よかったらご感想お聞かせいただけるとうれしいです。ぜひコメントください。
最後までお読みいただきまして、ありがとうございました!
またお会いしましょう。
美紀ちゃんイラスト
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