第34話 幼馴染はいつまでも
「おはよう、たっくん」
「あ、おはよう、美紀ちゃん」
あれから数日、美紀ちゃんは元のちょっとモサっとした、図書室で本を読んでそうな眼鏡っ子に戻っていて、クラスのみんなも「あれは何かの間違いだったんだ」という雰囲気になっていた。
「たっくん、最近元気ないね」
「別にそんなことないけど」
美紀ちゃんは僕に顔を近づけて小声で聞いてくる。
「なにか悩んでるの?妹さんのこと?」
「え?なんで?」
「ほらあの、夜中に妹さんがベッドに入ってくるってやつ……」
「ちょっと待って!」
慌てて周りを見渡す。大丈夫、誰にも聞かれてないみたいだ。
「その話題センシティブだからここではちょっと」
「前に歯舞君と話してなかった?」
「あれはそういう夢の話。それにあの時は眠かったから」
「まあいいけど、ところでたっくん、うちに遊びに来る日だけど、ほら週一回の約束の」
そういえばなぜだかそういう約束になってるんだよな。
「えーっといつにしたらいい?」
「土曜日にまたうちで映画見ようよ。うちは両親とも朝から出かけるから
「大丈夫」に微妙にアクセントが入った。
「いいけど、どんなの見ようか?」
「そうだ、有名だけど自分一人で観るのは微妙な映画、を見る日にしない?」
「はあ」
よく分かんないけどお菓子でも買っていけばいいか。
◇
そして土曜日、午前中から遮光カーテンを閉めた美紀ちゃん家のリビングで60型のテレビの前に陣取り、二人でソファーに並んで映画を観る。
美紀ちゃんはタイト目なミニワンピースを着ている。ちょっと胸が気になるけど、まあ僕としてはTシャツ一枚でなければなんでもいい。
ポテチとコーラを準備したところで、美紀ちゃんの選んだ微妙な映画が始まった。
画面ではアフリカのソマリアを舞台に、墜落したヘリに取り残された米軍と民兵の激しい戦闘シーンが展開されている。確かに女子高生が観るには微妙な映画だよな。
「なんでこの映画?」
「一度たっくんと一緒に観たかったんだ」
「ふーん、まあいいけど」
美紀ちゃんの眼鏡に銃撃シーンが映りこんでいる。口元が緩んでるのが若干気になるかもしれない。
観てるだけで疲れる映画が終わったところでいったん休憩とした。微妙な感想を話しながらコンビニで買ってきたサンドウィッチの昼食を二人で食べてそれでも微妙に盛り上がる。
午後からは僕のほうの「興味はあったけど面倒で見なかった映画」を二人で眺めることになった。
野盗の集団に襲われる農民を助ける浪人たちが活躍する時代劇が白黒の画面に映し出されている。
「白黒だけど名作って言われるだけあってストーリーもいいし、エンタメの原点って感じがする。たっくんもこういうの見るんだね」
僕の膝に頭を置いてソファーに寝っ転がるワンピース姿の幼馴染が、せんべいを齧りながら世界の巨匠に対して上から目線でコメントした。
最初はちゃんと座って観ていたんだけどね。ちょっとダレてきた。
「いや、見なかったからいま見てるんだけどね」
「まあ私も見たことなかったけど」
「だよね」
「だってちょっと長くない?これ」
まあ確かに。昔の映画ってインド映画みたいな放映時間だなとは思う。
それでも三時間を超える映画の最後のシーンが終わったところで、僕の膝に顔を乗せたまま美紀ちゃんがつぶやいた。
「あの人たち、負けてないよね……」
「それって最後の、今回もまた負け戦だったなってセリフの事?」
「そう。本当の負けは戦わなかったときだよ」
「美紀ちゃん、絵里萌みたいなこと言うね」
こないだ絵里萌が『競争なきところに勝者なし』って言ってた気がするけど、そんな格言あったっけ。
「たっくん、こんな時も妹さんの話なんだね」
「え?、あ、駄目だった?」
「まあいいけど、そういえばたっくん」
美紀ちゃんはテレビの方を向いて横向きだった身体を上向きに回した。僕の膝の上で眼鏡をかけたその顔も上を向く。
「なに?」
「こないだの話。たっくんは何を悩んでたの?」
「何の話?」
「ほら、学校で元気ないねって言った時の。今ならいいでしょ、センシティブでも」
「え、あ、いや、別に……」
やっぱり黙っていようかと思っていた話になってしまった。
「たっくんは妹さんの事で悩んでるんでしょ。それで元気がなかったんだよね」
「……」
「図星なんだ」
なんなの?僕ってそんな顔に出てるの?
「どっち?、恵梨香ちゃん?」
「……」
「じゃあ、絵里萌ちゃん?」
「……」
「どっちでもないの?」
僕の膝枕で幼馴染が不思議そうな顔をする。僕も不思議だ。
「ちょっとまってよ。僕なにも返事してなくない?何でわかるの?」
「たっくん、二人の他にも妹がいるの?」
「いや、いないけど」
「じゃあなんでだろう、、、ちょっと待ってね、推理するから」
幼馴染は僕の顔を見上げながら上目遣いに考え込んでいる。
「謎は解けた!」
「違うと思うけど」
「例のどっちか分からない妹さんが来なくなったんでしょ」
僕の顔はとても分かりやすいらしい。
「本当にそうなんだ」
「ちょっと待ってよ美紀ちゃん」
「たっくん、妹が夜中にベッドに入ってこないのは普通だと思うよ。悲しむことじゃなくない?」
「いや、悲しんでるわけじゃないし」
「じゃあ何を悩んでるの?」
確かにこの一週間、あの妹は夜中にやってきていない。それはそれでどうしたのかなとは思っている。
ただ、僕がいま、本当に悩んでいるのはそういうことではない。僕はちゃんと美紀ちゃんに向き合わないといけないのだ。
「どうしようかと思ってたけど、美紀ちゃんに言わなきゃいけないことがあって」
「なぁに?」
僕の膝の上で、おかっぱ頭の幼馴染が首をかしげて僕の顔を見つめ、次の言葉を促している。
なんて言えばいいのか考えがまとまらないけれど、それでも僕の口は言葉を発する。
「僕、好きな人がいるみたいなんだ」
僕の意志と関係なく、口から言葉が出てしまった。
「そうなんだ」
「それで、それは……」
「いいんだよ、私じゃなくても」
眼鏡を掛けた幼馴染は僕の膝の上に頭を乗せたまま微笑む。
「私ね、先週、恵梨香ちゃんに会ったんだ」
「あー、そう、みたいだね」
「恵梨香ちゃん、たっくんのこと好きだって言ってた。かわいいよね、あの子」
「妹だけどね」
つい反射的に言ってしまう。
「でも、あの子、たっくんに会ってまだ三か月だし、まだたっくんのこと何にも知らないでしょ」
「それはまあ……」
「私はたっくんのこと何でも知ってるよ」
僕の膝枕で横になったまま、美紀ちゃんは手を伸ばして僕の手を取った。
「知ってる?幼馴染はいつまでも幼馴染なんだよ。いつまでもずっと。永遠にね」
「えっと、それは定義上そうかもしれないけど」
幼馴染は僕の手を自分の胸の上に乗せ、上から両手で握ってくる。
「私ね、幼稚園の時からたっくんを見ると胸がときめいてたの。ほら今も。触ってみて」
「え、あ、そうかな」
「私はね、本当はたっくんが誰が好きとかどうでもいいんだ。私がたっくんを好きならそれでいいって、そう気が付いたの。つまり推しってやつ?」
僕の目を見つめたまま、美紀ちゃんは身体を起こしてきた。その顔を僕の顔に近づけてくる。
「私ね、頑張ったんだよ。たっくんの成績ならこの高校受けるだろうって、一生懸命勉強して。入学式でたっくんを見た時は本当にうれしかった。また一緒にいられるって」
美紀ちゃんは思い出したように微笑んだ。眼鏡の奥の開き気味の瞳孔が僕を見ている。若干焦点が合っていない気がする。
「いい?たっくん。私が最初に好きになったんだからね。たっくんは私のだよ。いつまでも、ずっとね」
幼馴染は僕の首筋に顔を寄せると、湿った唇を肌に当ててちゅっと吸い込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます