第33話 美少女たちの日常

「大体、週に一回は下駄箱にラブレターが入ってるの」


 絵里萌は楽しそうに日々の学校での出来事を話し始める。

 正直なところ、兄として妹がモテる話を聞いても心配なだけで楽しくもなんともないんだけど、こっちから聞いてしまったのでしょうがない。


「それって絵里萌と恵梨香でどっちが多いとかあるの?」

「うーん、お姉ちゃんのほうが多いかも」

「なんで?」


 別に聞きたいわけでもないのだけどつい好奇心で尋ねてしまう。


「お姉ちゃんのほうがおしとやかな感じするからじゃない?」

「だって違いは髪型だけじゃん」

「人は見た目が九割っていうからね」


 どうやら黒髪ロングの方がツインテールより若干人気らしい。そうかも。


「入学したての頃はすごかったから。ラブレターが一度に三つぐらい入ってたこともあるし」

「そうなんだ」

「あとね、前に入ってたラブレターを捨てて新しいラブレターを入れる人がいて、下駄箱の前で喧嘩になってた」

「まあそうなるわな」


 絵里萌はツインテールの頭を軽く振りながら話している。


「どっちにしろ全部見ないで捨てるんだけどね。話したこともない人が書いてくるんだよ。気持ち悪くない?」

「わかる」

「私の事ゲームのキャラとでも思ってるんじゃないかな」


 ていうかゲームだってもっとフラグ管理ちゃんとやるよな。


「それに下駄箱に入れないで直接渡してくる人もいたんだけど、それが結構な頻度でお姉ちゃんと名前間違えられて呼ばれたりして」

「雑だな」


 入学当初じゃみんな覚えてないだろうし、ありそうではある。


「あと、何人も待ち構えてるから時々かち合っちゃって、『僕が先に見つけたんだ』とか言って喧嘩になっちゃったり」

「見つけたって言われてもなあ」

「だよね、ポケ○ンじゃないんだから」


 世の中やばいやつが結構いるんだな。やっぱり校内一二を争う美少女となるとそれなりに苦労が絶えないみたいだ。


「最近は一回りしたみたいで一応おとなしくはなったんだけど」

「それでも週一なんだ」


 なんか妹たちのことが心配になってきた。


「でも中学の頃もそうだったし、私はもう慣れたかな」

「恵梨香は大丈夫なのかな」

「確かにお姉ちゃんの方がこういうの苦手かな」

「そんな感じあるよね」


 すると絵里萌が僕の顔を見つめてきた。


「お姉ちゃんのこと心配?」

「そりゃ兄妹だし」


 妹の口元がにやりと笑った。


「だったらお兄ちゃんが付き合ってお姉ちゃんの彼氏になっちゃえばいいんだよ」

「なんでそうなるんだよ」

「じゃあお姉ちゃんに誰か他の彼氏ができてもいいの?」

「えー、うーんと、ほら、さあ、一般論としてはそういうものではないかと」


 いやだって、妹の恋愛を邪魔する理由とかないよな。


「お姉ちゃんが男を連れてきて、お兄ちゃんに私の彼氏ですって紹介したらどうする?」

「どうするって……」

「お兄ちゃん想像してみなよ。お姉ちゃんが男と一緒にいる様子を。しかもそれが……」

「それが?」


 恵梨香が男と一緒にいることを想像してみる。なんか嫌な気分になってきた。


「それがスカしたキザ野郎で」

「それはちょっと無理」

「筋肉質のムキムキ野郎だったりとか」

「それもちょっと」

「ガリ勉で」

「それもなあ」

「なよなよっとしたひ弱そうな」

「駄目だろ」

「物凄く普通の」

「どこがいいんだよ」


 うーん、想像するとどんな男もいやな気持になる。大事な妹だしな。


「じゃあ聞くけど、お兄ちゃんはなんでお姉ちゃんと付き合えないの?」

「だって兄妹だし」

「そもそも義理の兄妹なんて限りなく他人だったんだから、そんなの関係ないでしょ」

「まあ、理屈ではそうかもだけど」


 この話、前もあったけどロジックでは勝てないんだよな。方向性を変えてみよう。


「でもさ、仮にだよ、仮に僕と恵梨香が付き合ったら、絵里萌は困るだろ」

「なんで?」

「いや、だって、自分と同じ家に好き合った男女が一緒に住んでたら、相当気まずくない?」


 僕の質問に妹は首を傾げる。


「それを言うと義父さんお父さんとお母さんもいるじゃない」

「いや、親はそういうものっていうか、それこそ父さんと義母さんかあさんは子供たち同士が付き合うとか思ってもみないでしょ」


 僕がそう言うと、絵里萌は不思議そうな顔をした。


「そんなの黙ってればいいんじゃない?」

「気まずくない?」

「じゃあ、お兄ちゃんは家族に黙ってること何もないの?」


 僕の頭の中に真夜中にやってくる妹の顔が思い浮かんだ。目の前にいる妹と同じ顔。その唇がゆっくりと迫ってきて……


「ないわけないよね、おにーちゃん」

「そりゃ人間だし……でもさ、そもそも恵梨香が僕のこと好きかどうかわかんないじゃん」

「好きだったらいいんだ」


 そう言われて、ネカフェでの出来事と「待ってるよ、おにいちゃん」という恵梨香の声を思い出してしまう。


「え、いや、僕の気持ちも考えようよ」

「それじゃ、お兄ちゃんは誰か好きな人がいるの?」

「え?」


 その瞬間、また頭の中に女の子の顔が浮かんだ。


「誰?国後さん?」

「あ、いや……」


 実際それは美紀ちゃんではなかった。


「国後さんじゃないならいいや」


 さっき僕の頭に浮かんだのは妹の顔だった。もう見慣れてきた妹の顔。


「お兄ちゃん、電車来たよ」



 ◇



「ただいま」

「おかえりおにいちゃん。あ、絵里萌も一緒だったんだ」

「うん、駅でたまたま会っちゃって」


 何気ない兄妹の会話が心地よい。今日初めて安らいだ気がする。


「それじゃご飯にするね。絵里萌も手伝って」

「恵梨香、僕も手伝うよ」

「それじゃおにいちゃんはテーブル拭いてお茶碗出して」

「わかった」


 やっぱり、家族っていいな。

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