第28話 師匠のご帰還

 コロッサスが姿を消して2日が経過した。このことは瞬く間に村中に広まり、心配したエーデルワイスは健人の元へ出向く。


 「あ、エーデルワイス様」


 「テカラ? お前も来ていたのか」テカラはコロッサスが不在の中、時折健人の様子を見にこの家に訪れている。「何も掃除なんかしなくたっていいのに」


 ほうきを片手に床をはくテカラ「あまりにも散らかってましてので、ついでにやってこうと」床の至る所に、埃や食べ物のカスが散乱している。


 「健人は下か?」


 「えぇ、昨日から引きこもっていて」


 「そうか、ありがとう」エーデルワイスは健人のいる地下に続く階段を降りる。


 本棚の前で地面にあぐらをかいて本読む健人。「その本、あまりいい内容ではないぞ」


 「ですね.........読んで後悔した」健人の読んでいた世界を記した巨人には、大人でも倫理観が狂ってしまうほどの残酷な描写が描かれていた。


 「あれほど捨てろと言ったのに」


 「.........ねぇ、コロッサスの呪いと聖剣って、どんな関係があるんですか? あいつ途中でどっかいなくなったんで」本を読みながらエーデルワイスに疑問を問いかける。


 「.........いいだろう」エーデルワイスは躊躇いながらも、健人に全てを話すと決めた。「コロッサスがこの村に来たのが4年前。あいつは泣きながら私に懇願してきた、俺は予言に従い呪いを解くためにこの村に来た。頼む、ここにいさせてくれって」


 「だから私はその呪いについて問い詰めた。5年後、冬と春の季節の移り変わりに死ぬ。それまでにこのエルフの森に身を移し、異世界から来た少年に自身の技術を継承し、その少年にアトラカヨトルの聖剣を造らせろ。これが解呪の条件らしい」


 「異世界から来た少年って.........俺?」


 「それまで半信半疑だったが、まさか予言通り君が現れるなんてなぁ」


 「だからコロッサスは俺を.........」


 「利用されていた。何度も言ってたっけ、どんな手を使ってても生き延びてやるって」


 「でもどうしてコロッサスをこの村に向かい入れたんですか?」


 「最初はもちろん殺そうとしたさ。エルフの聖域に土足で踏み込んだからな。でもあいつの呪いにも少し興味があったし、丁度村に武器を作る者がいなかったから、定住させてやった」


 「解呪の方法とか、調べなかったんですか?」


 「調べたが特に解決策が見つからなかった。予言に従うしかない。それで解呪できる保証もないがな」


 「.........じゃあ俺が聖剣を造らないと、コロッサスが死んじゃうのか」


 「.........本気で聖剣を造るつもりなのか?」


 「このまま死なせる訳にいかないでしょ」健人は読みかけの本を勢いよく閉じ、立ち上がって本棚に戻す。「さっき俺が利用されてたって言いましたよね。俺そうは思わないです」


 「気づいてないと思うが、あいつ1度も君を名前で呼んでいないんだぞ」


 「だとしても俺の考えは変わりません。みんなが親しげにコロッサスと話してるの見てたからわかる、あいつは悪い人間じゃない」胸の内に秘めた、コロッサスに対する熱い思いを全てエーデルワイスにぶつける健人。


 「はぁ.........優しいな、お前は」健人の言葉に感化され、固い顔から笑みが溢れる。「エルフであるこの私が、人間に情が移ってしまうとはな.........」


 「あいつが死んじゃうと、色々寂しいですもんね。これまでの関係が終わってしまいますもん」


 「そうだな.........これからも村のためにこき使ってやらねばな.........って」エーデルワイスは健人に近寄り、つむじ目掛けて直角に手刀を振り下ろす。「なにガキが背伸びして大人の発言してんだ!」


 「がはっ?!」


 「コロッサスの悪玉菌が移ってしまうとは.........」


 「そんなつもりで言ってないのに.........」頭を抑えて激痛を耐える健人。少しだけだが、場の空気が穏やかになった。


 健人は頭を撫でて痛みを和らげいた時、突如背後に大きな姿鏡が出現した。


 「なんだ?!」エーデルワイスの言葉に気付き、姿鏡の前から横にそれる。


 鏡に向こうに見える薄暗い部屋。微かに香る煙草の匂いの中から、オトギリの声が聞こえてきた。


 「ほら開けたわよ、いい加減帰れ!」


 「.........やっぱ無理だ! ばあさんに合わす顔がねぇ!」


 「大丈夫だって! あのババエルフにこれ食わしとけ、腰抜かして2度と立ち上がれなくなるから!」姿鏡から聞こえてくる会話と共に、カゴを抱えたコロッサスがオトギリに蹴られて出てきた。


 「アンタ大事なもん忘れてどうする! ここに投げとくからな!」続いて顔だけ出したオトギリは、紙の束を工房の床目掛けて落とす。


 「ちょっとそこの牛頭の人間! 一体私に何を食わそうとする!」


 「やべ」エーデルワイスに気づいたオトギリは、一目散に頭を引っ込めライブ・ドアを解く。


 「おい待てゴラァ!」


 「ま、まぁ落ち着けって」怒り狂うエーデルワイスを制止するコロッサス。「ほら、土産だ」手に抱えた甘味の詰まったカゴをエーデルワイスに差し出す。


 「積もる話が沢山あるが.........まずは健人に言うことがあるだろ」エーデルワイスは後ろにいる健人を指差す。


 「えっ.........お、おぉ! いたのかよ!」いないと思っていた健人がいたことに驚く。「つかよく見たらここ俺の工房じゃないか!」


 「そういうのいいから」


 「お、おぉそうだな.........んと、そうだな.........なんつうか、その.........」


 「.........聖剣に関する情報持って帰ってきたんだろうな、コロッサス」


 「うん? あ、あぁそうだそうだ!」コロッサスは思い出したかのように、オトギリが投げた紙の束を拾い「そうだ、その通りだ! オトギリが必死に集めた資料だ! こいつに聖剣の素材などが全部載ってるぜ!」虚勢を張って健人に見せつける。


 「だよな、ただの紙切れだったらもう一回王都に行かせてやろうか」


 「ハハ.........はぁ、本当にすまねぇ。心配かけちまったな.........今度は逃げねぇ、だからもう一回話す」


 「全てエーデルワイスさんから聞いたよ」


 「なに?!」


 「気にすんなよ、俺は気にしてない。むしろありがとう、こんな俺に魔法を教えてくれて」


 「.........お前」


 「約束する、絶対に聖剣は造る。そんでコロッサスの命を救う」


 「.........くっ」健人の言葉に思わず目から涙がこぼれる。「.........おう、重いかもしれねぇが、俺の命を.........頼んだぜ」腕で涙を拭い健人に命を託す。


 「師匠から授かったこの魔法で、必ず救ってみせるよ」


 「.........くっ、なんだよ、見ねぇうちに随分と態度がデカくなっちまってよ.........」


 「コロッサスがメソメソしってから、俺が代わりに胸張る羽目になっちまったんだろ!」


 「ハハハ.........口調まで俺に似てきやがった!」


 かくしてコロッサスが無事に健人の元へ帰ってきた。沈んでいた空気も、コロッサスの高笑いのおかげで段々晴れていく。


 しかしこの時にも死は着々とコロッサスに迫って来る。

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