第42話 ツバキの企み その1
王都某所。人口の増加に伴い、急ごしらえで建築された集合住宅の1室。未風山から帰還したツバキは、負傷した健人を自室のベッドに放り投げた。
「うっ.........」傷口から湧き出る鮮血が白いシーツを赤く染める。顔から血の気が引いて、汗が流れ出ている。
徐々に弱る健人を見下ろすツバキ。止血をしなければこのまま出血多量で死に至る。それでも彼女は、生気が抜けた顔で静かに見続ける。
「うごぉはっ.........!」健人は咳と共に口から少量の血を吐いた。咳に押されて吐き出される血に染まった吐瀉物が口元と枕に付着する。その様はまるで、死を告げる生命反応のようだ。
「はっ!」咳き込む健人を見たツバキの体に悪寒が走る。我に帰ったのか、息を荒くして部屋中を漁り始める。
「血.........! 止めなきゃ.........死んじゃう!」8畳程の広さの部屋からかき集め、処置に取りかかる。
布で口元を拭き、水を入れた瓶で脇腹の傷を洗浄しする。マイクロダガーで服を切り裂き、鞘を外し半裸にした健人を起こし傷口に布を当て、背後から包帯を巻いていく。
「これで.........いいよね.........」苦労の末、なんとか処置は完了した。医学の専門的な知識はないため、ギルドで教わった応急処置のやり方を参考にした。
ツバキは台所に向かい、コップに水を入れ、棚から瓶に入った錠剤2つ持って「これ.........外傷薬。飲んでら少しは良くなる.........」健人に飲ませた後、そっとベッドに寝かせた。
出血が治り安静眠る健人。それを見届けたツバキは、血で汚れた手を洗おうと台所に向かう。
水道から流れる水に手を浸す。付着した血が水と共に流れ落ちる。「.........うっ、えっぇぇ.........!」突然の吐き気に襲われ、嘔吐するツバキ。「.........何やってんだ.........私.........」事の重大さに気づき、頭を抱え込んで涙を流す。
人間に攫われたツバキは、今度は人間を攫ってしまった。「これじゃ.........あいつらと同類じゃん.........」この事に気づいてしまい、深い憎悪と罪悪感に蝕まれる。
ツバキは首からぶら下げていた首飾りを引きちぎり床に叩きつけた後、座り込み「ちがうちがうちがう、同類じゃない同類じゃない同類じゃない、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい.........」震えながら自問を繰り返す。
3時間後。眠りから目を覚めた健人が体を起こす。「どこだ.........ぐっ!」脇腹から出る痛みを抑え「うっ.........何だこれ」手に伝わる違和感を確かめるべく、視線を腹をに向ける。
「包帯.........手当.........」巻かれた包帯を見た健人は「そうだ、刺されたんだ。神殿でツバキさんに.........神殿じゃない?」記憶を思い出す。
ベッドから立ち上がる健人は、散乱した部屋の中を見渡す。ベッドの側には処置に使われた血まみれの布とマイクロダガー。部屋の奥に見える窓には、壁につけた紐にツバキの衣服がかかっており、床には武具が無造作に置かれている。
「家? どこで、誰のだろう?」疑問に思う健人。その耳に台所から人の声が聞こえる。
恐る恐る台所に顔を出すと「ちがうちがうちがう、同類じゃない同類じゃない同類じゃない、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい.........」うずくまってか細い声で自問するからツバキを見つける。
「ツバキ.........さん?」ツバキを見つけた健人は、体を低くして近づく。「ツバキさん? ツバキさんだよね.........」
「ごめん.........なさい.........」健人の存在に気づいたツバキは、自問をやめて健人を見つめる。「.........ケント.........」
「あぁ.........そうだよ、健人だよ。嘘ついてごめん.........これツバキさんが手当してくれたんだよね」
「.........そうだよ、私がやった。あんたを助けるために.........」
「あ、ありがとう.........それで、先生.........いや、コロッサスはどこにいるの?」
「.........ここにはいない.........」ツバキは鞘から健人の剣を抜き、剣先を突きつける。
「ま、待って! それしまってよ!」いきなり剣を突きつけられ、動揺する健人。咄嗟に両手を上げてしまう。
「.........立って」立ちながら命令するツバキ。健人は指示に従い立ち上がる。
「剣を下ろしてよ.........ツバキさん.........」剣を下ろすよう話しかける健人だが、ツバキは聞き入れず静かに近寄ってくる。「ねぇ.........お願いだから聞いてよ.........」
向かってくるツバキと距離をとって後退りする。ベッドまで後退した時、立て掛けてあった鞘にかかとがぶつかり、聖剣が倒れた。
ツバキは倒れた聖剣に視線が移る。それを察知した健人は、すぐに聖剣を拾う「これは渡さない!」
「.........渡せ.........」
「いいや渡さない! これだけはダメだ!」
「.........渡してよ.........どうしてもいるのよ.........」
「どんな理由でもこれだけは.........」
「いいから渡せよ!」ツバキは剣を捨て、健人に迫りかかる。
「断る!」健人はツバキに背を向け、身を挺して聖剣を死守する。「やめろ! ツバキ!」
「よこせ! どうしても必要なのよ!」ツバキは健人の髪を引っ張り、力づくの強行に出た。
健人は死守するも、ツバキに押し倒され「やめてくれ! ツバキ!」体の上に乗られ馬乗りになって聖剣を掴まれる。
「人攫いまでしてやったんだ! これがないと仲間を助けられないんだよ!」
「これは俺にとって大事なもんなんだ! この聖剣が、俺の存在を語る大事なものなんだ!」
「誰のおかげで生きてると思ってる!」
「黙れ! 殺そうとしといて何を言う!」
部屋に響き渡る罵声、両者1歩も譲らない取っ組み合いは意外な出来事で幕が降ろされる。
「開けろ! アンクル騎士団だ!」扉の向こうから厳つい声と共に、打撃音が部屋中に響き渡る。
声に気づいたツバキが、すぐさま扉の方を向く。
「通報を受けてここに来た! 今すぐドアを開けろ!」
「ど.........どうしよう.........」騎士団と名乗る声の主に動揺し、胸を押さえて過呼吸になるツバキ。
「ツバキ.........」
「はぁ.........?! はぁ.........?! はぁ.........?! どうしようどうしようどうしよう、バレたバレたバレた、捕まる捕まる捕まる!」全身に悪寒が走り、恐怖に苛まれ再び自問を繰り返すツバキ。
その様子を見た健人にも、一抹の不安を感じる。
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