2章

第11話 魔術師オトギリ

 王都で一二を争う繁華街の一角、通りでは昼夜を問わず露店を構えた商人たちの活気に満ちた声で溢れていた。


 そんな通りも路地裏に入れば陽の光も通らない静寂、この場所にオトギリは自分の工房を構えていた。


 この場所は彼女の自宅兼仕事場。陽の光が僅かにしか入らない部屋には常に煙草の吸い殻と匂いが充満している。


 一見自堕落な生活を送っているように思えるが、彼女は今王都で1番名高い魔術師。この部屋で数々の名作がエンチャントによって生み出されていた。


 「10月から新法案制定、煙草税前年比45%から50%に増税.........だぁ?!」

 

 午前10時。かなり遅い時間に起床したオトギリは、玄関に放置された朝刊を手に取り1日の活動を始める。


「カトレーヌ王女が高等部に進学したぐらいで税率上げやがって。今のガキは誰も吸っちゃいねーよ」


 過去カトレーヌ王女が中等部在学中、学舎で煙草の吸い殻を踏んだ事に不満を持ったナルビス国王は手が届かないよにと容赦なく税率を上げた。それまで15%だったものが一気に30%に増え、それから毎年5%値上げされる羽目になった。


 「はぁ〜あ。やめようかな」そう言いながらも口に煙草を咥え、魔法で指先から微量の炎を付け一時の余韻を嗜む。


 「あの〜オトギリさん?」椅子に座って嗜んでいると、来客がドアをノックする音が部屋全体に響き渡る。


 「税金ならお前より多く払ってるし、新聞は毎朝新聞をとってる! ニーズ・ウィズ・ユウなら今すぐ殺してやる、毎回子供用のファッション誌を折り込みやがって!  どこの世界に年収4600万の子供がいるんだ!」


 「い、いえ違います。お仕事の依頼で来ました.........」ドアの向こうの女の声はオトギリの罵声に少し怯える。


 「仕事の依頼は電話でって広告に載ってるよね。文字嫁ない訳?!」


 「.........す、すいません。でも、どうしてもお願いできませんか?」


 「はぁ~」何かを察したオトギリは腰を上げ、ドアまで近づくと「を渡せ」と言い、ドアを腕がギリギリ通る隙間を開ける。


 「ありがとうございます!」


 声の主はドアが開いた事で中に入ろうとするが「入るな、ブツだけ渡せ」と体でドアを抑え侵入を阻止した。


 声の主は最初なんの事か理解できなかったが、恐る恐る剣を隙間から中に差し出すと、オトギリはそれを奪いドアを閉めた。


 「待ってろ」とだけ言い残し剣を持って作業場に移る。


 差し出された剣を一言で表すなら、が一番似合う。武器屋でよく見かける安物の大量生産された鉄の剣。剣先から柄頭にかけて錆が付着し、剣身は至るとこに亀裂ができ、刃はボロボロでまともに斬る事も出来ない。


 「大体わかった」


 一目見たオトギリは壊れないよう慎重に机にのせ、後ろの棚から必要なものを瞬時に手に取り作業を始める。


 オオグモの糸、カルボガメノ甲羅、アウトラスの爪が各種入った瓶を机にのせる。オオグモの糸が入った瓶を開け、ローブを脱ぐと素肌を晒した腕を瓶に中に突っ込んだ。


 オオグモの糸も掴んで取り出すと、机に置いた剣の下に紅い魔法陣が現れる。そして柄頭から剣先にかけ掴んだ手でなぞっていくと、亀裂に糸が入り込み繋ぎ合わさり全ての糸が手から無くなる。


 軽く手を払った後カルボガメの甲羅を掴み、今度は浮いた位置に置くと甲羅は魔法陣と同じ色に発光し手を離すと剣の中へと吸収していった。


 最後にアウトラスの爪を掴み剣身に近づけると同じく発行し、爪を剣身に押し当て徐々に呑み込まれていく。


 全ての工程が終わるとオトギリの意志で魔法陣が消え、付与された剣を持ってドアに駆け寄る。「終わったわよ」さっきと同様にドアを開け、隙間から剣を持ち主に差し出す。


 「え.........でもこれ」


 「オオグモの糸、カルボガメの甲羅、アウトラスの爪をエンチャントした。見た目はボロボロだけど、亀裂に糸を流し込んで分散するのを防ぎ甲羅の耐久度を付与したからそうそう壊れない。これだけでも良かったんだが、おまけで切れ味も付与しといた。リンゴ斬って見な、刃はボロボロなのに包丁みたいな断面になるから」


 ドア越しで付与したエンチャントの説明を終わらせると、向かい側から声を振らわせながら「.........ありがとうございます」顔も知らない者から感謝を言い渡された。


 「何勘違いしてんの? たまたま消費期限が切れた素材を処分したかったから、そのゴミには犠牲になってもらった。1月もすればエンチャントの効力も切れて本当のゴミになる」


 「え.........?」


 「この1月でお前の命運が決まる、生きてたら金集めてまともな剣を買え。今度は電話で私に依頼しろ。最強の剣に仕立ててやる」そう言い捨てドアを閉める。


 煙草を咥え火をつけると、ドアの向こうで床がきしむ音が聞こえた後全速力で走り去って行く。


 「はぁ~あ、この煙草の味がどうしてもやめられない」


 オオグモの糸、17万G。カルボガメの甲羅、12万G。アウトラスの爪、103万G。決して安くはない素材に賞味期限など存在しない。そして効力は剣が壊れるまで永遠に続く。

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