第10話 初めの1歩

 「ばばんばばんばんばん~ばばんばばんばんばん~」


 「お~い。いい加減帰ってこ~い。足裏しわくちゃになっちまうぞ」


 背霊山での鉱石採取を終えた健人とコロッサスは旅の疲れを癒すため、エーデルワイスのご厚意で村の温泉に浸かっていた。


 オオグモとの死闘を制した結果、心に深刻なトラウマを抱えた健人。この2日間、村に帰るまでの間ずっと放心状態で子供の歌を口ずさんでいた。

 

 「どうだ? 少しは正気を取り戻したか」


 「相変わらず変な歌繰り返してるよ」


 事情を知るエーデルワイスが健人の様子を見に来た。


 「まぁテカラのためにやってくれた事だし感謝はしているが、こんな様子だとこっちまで気が狂いそう」


 「1つ背中でも流してやれば、カラっと元気になったりしてな、ハハハ」


 「そんな安い真似誰がするか!」


 「まぁでもそろそろ俺も気が狂いそうだ」しびれを切らしたコロッサスは、健人の頭を強引にお湯に沈め「そろそろ目覚ましたらどうだ。すっぽんぽんのチャンネーが撫で下ろしてくれるってよ」


 お湯に頭を沈められもがく健人「どこ?! どこどこ?!」男の本能をくすぐられたのか、ころっと正気に戻った。


 「そんなチャンネーいないし、私がさせない」蔑んだ目で見下すエーデルワイスを見上げ、愛想笑いで誤魔化す。


 「いや、ハハ、そんな願望私には微塵もございません.........」


 「戻ったなら早く出てくれ、ここは男子禁制だからな」用済みだとわかると、脱衣場を通って村に戻って行った。


 「だとさ、俺たちもそろそろ上がるぞ」


 「う、うん」事情も分からないまま、2人も温泉を出て服に着替えて村へと戻る。


 「いつ帰って来たんだ俺、全然記憶が無い」


 「思い出さない方が身のためだ。村には今朝戻った」


 「じゃあ無事に鉱石見つけたんだ」


 「あぁ、テカラが首を長くして待ってるぞ」


 「テカラ.........あっ」後1歩で家に入ろうとした瞬間に、洞窟での出来事を思い出してしまう。「うわ.........思い出しちゃった」


 「またばんばん歌わないでくれよ?!」


 「大丈夫。心の整理はついた.........」


 「そうか」


 コロッサスがドアを開け家に戻ると、テカラが椅子に座って2人の帰りを待っていた。


 「戻ったか、健人!」テカラは健人に駆け寄り無事を確認した。


 「テカラさん! 無事だったんですか!」


 「ただ気を失ってただけだ、それよりキミがあのまま戻ってこないのかと心配で」


 「それは、ご心配お掛けしてすみません.........」


 励まし合う2人に背中を向け、一人息を殺して笑うコロッサス。オオグモから健人を救出する時、女の子みたいに泣き叫ぶ姿にテカラが後ろで笑いを堪えていた事は黙っておこうと決めた。


 「よし! ちゃっちゃと仕事を片付けるとするか」


 「はい、お願いします」 3人は地下の工房に降りる。


 リュックいっぱいに詰めた鉱石を2つ作業台にのせ、リーフストーンを置いた後それを囲むようにルエフ鉱石手際よく並べる。


 手をかざし魔法陣を出現させて魔法をかけると鉱石たちが溶けて剣の形に成形されていく。


 「できたぞ、新しい相棒だ」出来上がった魔剣は以前のものと瓜二つ。コロッサスにかかれば切れ味、耐久度共に最高級の仕上がりになる。


 それは手に取った瞬間すぐにわかった。「魔力が以前より強い」テカラの魔力に反応した魔剣は微弱な風が工房内に吹き込む。


 「リーフストーンを傷つけず形だけを変えたからな、鍛造製法には出せない技術だ」


 「すごい.........これがコロッサスの技術かぁ」プロの技術を目の当たりにした健人は感心しつつ、自分がまだまだ未熟だということを自覚する。


 「お代は結構! さぁ持ってけ泥棒!」


 「なぁコロッサス」


 「おうなんだよ。せっかく調子よく閉めようとしてたのに」


 「わがままだと思うかもしれないが、健人の作る剣も欲しんだが」


 「え、俺?!」テカラに突然見つめられ、慌てて「俺なんてまだまだ未熟だよ! こんな風には作れねよ」と断ろうとするが。


 「客がお前を指名してるんだ、断るなんざ商人として失格だぜ。俺の弟子で良けりゃ1本作らすぜ」そう言い作業台から席を外し、無理やり健人を座らせた。


 「わかったけど.........なんで俺なの?」


 「そうだな.........万が一のために予備が欲しくてな。せっかくだからキミが一人前になるための試練でも与えようと思って.........」モジモジし照れながら訳を話す。


 「まぁ要するに、だ」コロッサスは全てを察し、軽く健人の肩を叩いた。


 「アレって.........まぁやってみます!」覚悟を決め、リュックの中の鉱石に手をつける。


 健人にとって2つの鉱石を使った武具生成は初めてだ。どのように配置するか悩みだす。


 「どうすれば.........とりあえずやってみるしかない」悩んだ結果、リーフストーンを置きその周りにルエフ鉱石を配置するコロッサスのやり方を真似てみる。


 魔法をかけ形が成形されると、さっきと瓜二つの魔剣が出来上がった。


 「と、とりあえず完成しました」健人は何とか見よう見まねで完成させ、コロッサスの方を向く。


 「客のオーダーを聞いてたのか。テカラはが欲しんだ」コロッサスは険しい顔で健人を指摘する。


 「いやでも、予備が欲しんじゃ」


 「バカ、あんなの建前に決まってるだろ。100年以上は折れない剣の予備なんかいるわけないだろ! が欲しんだ、が!」


 「って何ですかって!」


 「に決まってんだろ! やり直しだ!」強引に健人の作った魔剣を鉱石に戻し、やり直しを命じた。


 「えぇ.........もう」不満を感じながらも再び鉱石を手にする。横では本心を突かれたテカラが顔を真っ赤にしながらそっぽを向く。


 再び長考に入る健人、コロッサスの言うがわからず困っていると「生成過程をもう一度思い出してみろ」と助言を言い渡す。


 「生成過程?」


 「お前さっき俺と同じ配置にしただろ。なぜだ?」


 「それは.........2つの鉱石を使った武具生成は初めてだから」


 「模倣するだけじゃ1人前にはなれねぇ。失敗を恐れず頭を使え」


 「失敗を恐れず、頭を使え.........」


 「そして生成過程を思い出してみろ」


 「生成過程を思い出す.........」コロッサスの助言が今頭の中で何かを求めるように動き回る。「.........っ!」思考を回転させ、答えを導き出した瞬間2つのキーワードが線で結ばれる。


 「じゃ答えを聞こうじゃねぇか」


 健人は手を動かし、さっきとはまるで違う配置で鉱石を並べる。剣身の大部分をルエフ鉱石ではなくリーフストーンに置き換え、その上下ににハンマーで砕いた小石程の大きさになったルエフ鉱石を隙間なく敷き詰める。おまけで柄頭にもリーフストーンを置き、魔法をかけ生成を始める。


 溶けて一つの塊なり、成形された剣はさっきとはまるで違うものとなった。剣先から刃の根元まで続くリーフストーンの緑の輝き。それを固定するかのように両側面にルエフ鉱石を纏った不思議な剣身。柄頭の丸いリーフストーンは逆手に持てば魔法使いの杖をイメージして作り出した。


 「やった.........思い通りにできたー!」健人は歓喜を上げ魔剣をテカラに渡す。「今の俺の全力をつぎ込んだ剣だ! どう? どう? いい感じ?」


 「これは、何とも奇妙な剣だ」


 「ほう、どれどれ」


 2人の反応は良好だ。後はコロッサスが納得すれば胸を張って自信作と言える。


 「う~ん.........」真剣に見つめるコロッサス。以前とは違い剣には触れず、直で見つめる。


 「強度も悪くないし、刃も鋭利に仕上がってる。魔力もさっき同様に強く感じる。これなら実戦で使っても遜色はない」剣に精通したテカラも健人の魔剣を見て高く評価した。


 「ふん。及第点だ! やればできんじゃねぇか!」満点とはいかないものの、なんとか合格を言い渡し健人の背中を強く叩いた。


 「いたつ! いてぇーよコロッサス!」


 「俺のアドバイスを理解できたんだな!」


 「出来るまで不安だったけど、素材の話を思い出してね」


 以前コロッサスが話した鍛造製法による素材同士の耐久度の違いと武具生成の過程で素材が溶けて1つになる事を思い出した健人は、思い切ってリーフストーンを剣身にしてもルエフ鉱石と合わさった耐久度になると考えた結果、このような奇抜なデザインとなった。


 「やればできんじゃん! 1人前にはまだほど遠いが、十分誇っていいぞ!」


 「コロッサスの言う通りだ、期待以上の品をありがとう健人」


 「いや~そんなに褒めちぎられると逆に恥ずかしいよ~ハハハ」2人から褒めちぎられ、耳が真っ赤になる健人。


 「みんなにもこの事は知らせる。村に若い武器職人が誕生したって」


 武具生成を習い始めて1月。健人の腕を証明する自信作が誕生し、1人前への道に1歩近づいた。まだまだ道は長いが、成長の実感を肌で感じる事ができた。


 「これから注文が増えるかもしれんな。気合い入れろよ!」


 「うっす!」


 テカラが腰の鞘に魔剣を収めた瞬間、健人は感動のあまり目から涙が零れ落ちる。

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