第9話 いやアアアアアアアア!

 精霊山のふもとで一晩キャンプした翌朝。日の出と共に3人は登山を始めた。


 「ルエフ鉱石はあちこちに散らばってるが、リーフストーンは向かい側の洞窟の中だ。まずは迂回して洞窟に向かった後、帰り道に採取する」


 リーフストーンの眠る洞窟は山の中腹に位置する。比較的緩やかな斜面だが、地面は岩道で足場が安定しない。


 「足場に注意しろ、転ぶと痛いじゃすまないぞ」


 「りょ、了解です」コロッサスの忠告を親身に受け止め進んで行く。


 「山頂に雲はかかってない。これならすぐ着きそうだな」


 山の天気は変わりやすい。幸いこの日は快晴なためテカラは昼頃にはに着くと予想しする。


 「ところでコロッサス」


 「うん?」


 「ルエフ鉱石ってどんな形なの? まさか何日もこの山で探す羽目にはならないよね」


 「安心しろ、速ければ明日にでも帰れるし。ルエフ鉱石なら今踏んでるのがそうだ」


 「踏んでるって.........この地面の全部が?!」健人は地面の石を拾い上げコロッサスに見せた。


 「この山全部がルエフ鉱石出来てるからな」


 「この山全部が鉄で出来てるってことか、最初は特別な鉱物化と思ったけどこんだけあると何かなぁ」


 「それは少し違うな。この山と森は私たちの縄張りだから、市場には出回らないし、鉄よりも頑丈だ」


 「何世紀も生きるエルフにとって手入れの事も考えると鉄よりもはるかに使いやすい。使い手に合った素材を選ぶのも、商売する上でも大事な事さ」


 「その言い方じゃ、何度エルフに頼まれて制作したんだ」


 「まぁかわいい新兵達に何度かな。ばあさんに拒否できないよう非営利の奴隷契約結ばれたからな」


 「本来エルフの森に人間なんか住めないからな。これでも多めに見てやってるんだ」


 「おかげさまで懐はいつもすっからかんだ、ハハハ」


 「へぇ~」コロッサスにためになる教えを教わりルエフ鉱石をその辺に捨てた。


 中腹に差し掛かるにつれて斜面も辛くなり、風も強くなってきた。


 「そろそろ村が見えなくなってきた」振り返ると遠くに小さく見えていた村が岩山に隠れようとしていた。


 「ならもうすぐだな」


 標高3657m。3人のいる中腹で2100mの高さ。木々が一切生えていない為、冷えた風が体に直撃する。


 「はぁさみぃ! そんな恰好で寒くないんですか?!」テカラの鎧から露出した腕や脚を見て寒くないかと聞いてみた。


 「日々の鍛錬のお陰だ。寒くはない」


 「確かにマッチョはいつも薄着で平気そうな顔してるけど」


 「戻ったら鍛えてやろう、その内向的な性格も治るかもしれないぞ」


 「考えとくよ.........」


 ここ1日でテカラとも打ち解けて何気ない談笑をする仲にまでなった。


 「よし、着いたぞ! 速く中に入れ!」先頭のコロッサスがリーフストーンの眠る洞窟を見つけ、2人に大声で知らせた。


 洞窟の中は外の光が入らないほど暗い。「健人、入り口にあるたいまつを取ってくれ」


 「これ?」親切に壁に固定された木の棒を指さし、金具を外して渡しす。


 「サンキュー」先端の樹脂が染み込んだ布切れに手から出した魔法フレムで火をともした。


 「なんでたいまつがここに?」


 「よく訪れるから、親切心で村の人が付けたんだ」


 「その結果、バカな人間が立ち入って亡き者になってしまう」


 コロッサスの照らす先には、今まで暗闇で見えなかった人骨の残骸がちらほら落ちていた。


 「ひっ?! これって人間の.........」


 「リーフストーンも同様、市場で高値が付く。一攫千金を夢見ようとここにやって来る」


 「その結果、最近厄介な事になっている」


 「厄介な事って.........?」


 3人は洞窟の中を進み、厄介な事になっている原因に直面した。


 「これが厄介な事だ」コロッサスは下を指さす。


 下り坂の先にはコロッサスよりも大きなクモの群れが潜んでいた。


 「ぎ、ぎゃお.........」


 「しっ! 叫ぶと一気に襲ってくる」絶叫寸前でテカラは健人の口元を覆い、今にも失神しそうな健人を後退させた。


 「人の味を知ったオオグモが森からこの洞窟に住み着き、繁殖を繰り返すうちにこんな数になってしまった」


 見えてる範囲で30体はある。さらに先にも潜む場合、その数は100体を超える。


 「お前はここに残れ、俺とテカラで片づける」


 「マジ?!」


 「片づけたらお前も降りて来い」


 「安心しろ、私の後に1匹も通さん」


 コロッサスとテカラはリュックを地面に置き、腰の鞘から剣を抜いて下り坂を降りていく。


 「リーフストーンがある事を考えると、フレアは控えてくれ」


 「こんだけいると、流石の俺もちびりそうだ!」


 2人の存在に気づいたオオグモは一斉に動き出した。大群が迫ってくる中、2人は躊躇なく剣を振るい落とす。


 「オラァ!」


 「セイ!」


 2人は慣れた手つきで一撃でオオグモの頭に命中させ、次々に倒していく。健人から見た2人は、まるでアニメの中の闘うキャラ達そのものだった。


 「すげぇ、あんなにいたのにもう」闘い始めて数分も経たないうちに、30体いたオオグモは全て全滅した。


 「なんだ、リーフストーンは先か」


 「とりあえず健人が通れるよう、端にどけてまとめて燃やそう」


 「おう」2人はオオグモの残骸を全て端に寄せるとコロッサスは手のひらから魔法陣を出現させ、フレアを放つ。


 放出された炎は瞬く間に燃え広がり、残骸を全て焼き払った後静かに消滅した。


 「も、もういい?」


 「今言おうとしたが、また仲間がぞろぞろやって来る!」


 騒ぎを感知した仲間のオオグモが再び群れをなして襲い掛かる。


 「しつこい!」


 再び剣を構え1匹づつ処理していく。


 「このやろう!」


 さっき同様数分でかたをつけ、全て焼却する。


 「今度は.........?」


 「う~ん.........」コロッサスは洞窟の先を見つめ「うん。大丈夫だ降りて来い!」


 「了解!」健人は下り坂を降り、2人の元へと駆け寄った。「すげぇ! あんなデカいクモを軽々やっつけちまうなんて!」


 「私もだ、コロッサスがあんなに戦えるなんて驚いた」


 「ハハハ! なに、鉱物採取にはよくある事だ。それよりさっきチラッとリーフストーンらしきものを見た」


 闘いの余韻に浸る事なく、コロッサスは先頭をきり突き進む。


 「あったぞ!」進んだ先の地面に緑に輝く魔法石リーフストーンを見つけた。


 「これがリーフストーン!」


 まるで地面を突き破って生えてきた大きな結晶は健人の胸辺りまであった。


 「デカいの本体だから、砕けちまうと魔力が失う。根元にある小さい物を採取する」コロッサスは採取しようと持ってきたつるはしを探すが「しまった、あそこに置いてきちまった」


 「じゃあ俺取って来るよ」


 「すまん、任せた」


 「一応私もついて行こう」


 健人とテカラは来た道を戻り、坂を上ってリュックを拾い上げる。


 「今向かうよコロッサス!」


 リュックを背負い、テカラの待つ元へ下ろうとした時「危ない! 後ろ!」1匹のオオグモが健人の背後に回る。


 さっきの戦いで取り逃がした1匹。気づかないうちに天井に張り付いていた。テカラの声で振り返った時に、もう至近距離で健人に牙を剝いていた。


 「うわっ!」気づいて走り出した瞬間にはリュックを嚙みちぎり、その衝撃で下り坂に足を滑らせる。間一髪でテカラが間に合い、健人を受け止め一緒に転げ落ちた。


 「どうした?!」慌ててコロッサスが2人の元へ駆け寄る。「まだいやがったのか!」地面横たわる2人を見て剣を抜き応戦しようとするが。


 オオグモは尻尾から放った糸の塊をコロッサスに命中し、その場で身動きが取れなくなった。


 「クソっ、なんだよこれ!」


 なんとか目を覚ました健人。「おい、しっかり!」横に倒れたテカラの体をゆするが、落ちた衝撃で気絶してしまい健人の呼びかけに応じなかった。


 「起きてよ! うわ?!」坂の上にいたオオグモがテカラ目掛けて飛び降りる。気づいた健人はすぐさま横に転がって回避した。


 「おい何しやがる!」オオグモはテカラの鎧を咥え健人を見つめる。「お、置けよ! テカラは餌じゃない、俺たちの仲間だ!」


 オオグモは言葉を理解したのか、咥えたテカラを横に捨て健人を威嚇し始めた。


 「何なんだよお前、ちょっとデカいからって調子に乗りやがって!」


 オオグモの習性の一つに同類に決闘を申し込むことがある。偶然にも健人を同類と見て、獲物を賭けた決闘を申し込んで来た。


 「や、やろうってのか.........この俺と。めちゃ怖いけど、俺しか闘える人いないしな」健人は散乱した荷物の中から、1本剣を拾い剣先をオオグモに向ける「やるしかねぇ.........やるしかねぇけどやっぱ怖い!」


 健人が悲痛の叫びを上げた途端、オオグモが飛び掛かって来た。


 「ぎゃあぁぁぁ! だからまだ心の準備が!」何とか横に避け、オオグモの脚目掛けて一心不乱に剣を振る。


 脚にぶつかった瞬間、虚しくも剣身が折れてしまった。「折れたァ!」そのままオオグモの反撃にあい、壁に打ちのめされる。


 「うえっ!」腹部に凄まじい衝撃を喰らい、吐しゃ物を地面にまき散らす。


 健人を見つめ威嚇を繰り返すオオグモ。その姿はまるで弱者をいたぶる強者の如く。


 「な、何か他に剣は.........」辺りを見回すと坂の上に1本取り残された剣を見つけた。3本の内2本は折れてしまった。最後の望みをかけて全力で坂を上る。


 オオグモが気づき後を追うも、健人はすでに到着して剣を握っていた。


 「死ねやクソグモ!」健人は飛び上がり、オオグモの脳天目掛けて剣先を突き下ろす。


 脳天に直撃したオオグモは絶命し、背を向けて下へと落下した。


 「大丈夫か小僧!」下では落ちた衝撃で突風が巻き起こった。


 「だいじょうぶ.........だー!」オオグモの腹の上に落ちた健人は奇跡的に無傷だった。「やったぞー! 見たか! クモの分際で人間に楯突くからこうなるんだ!」こことぞばかりに調子づいて勝利の余韻にどっぷり浸かる。


 「早く降りろー! 大変な事になるぞ!」


 「確実に殺したんだ! 多少は喜んでもいいだろ!」


 「早くしないと死後硬直が始まるぞ! クモの脚とハグしたいのか!」


 「ハグ?! えっ.........ああああああああああ!」つかの間の喜びは悲鳴へと変わった。オオグモの死後硬直により、6本の太い脚が中心へと集まり健人はその中に閉じ込められてしまった。


 「いやアアアアアアアア! アアアアアアアアアアアアアアア!」 


 「だから言ったのに」


 コロッサスがクモの糸から脱出する10分間。無人の洞窟には健人の悲鳴が響き渡る事となる。


 「アアアアアアアアアアアアアアア!」

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