第12話 進路を西に!

 季節は秋に移り、木々が紅葉を見せる秋晴れ。


 健人はサボっていた。


 「はぁ~あったけ.........」村の外れの森の中で焚火で暖を取っていた。


 村に来て半年。次第にエルフたちと打ち解けていった健人。今では誰も軽蔑しなくなり、村の一員として受け入れてくれるようになった。


 「そうですね~」


 「だね~」


 健人の隣に座る少女たちは、かつて草原を裸でさまよっていた時に会ったエルフ。内気で金髪のロングへアーの子がフリル。活発で三つ編みの子がコットン。


 「そろそろいい感じじゃない? 食べていいんじゃない?」


 「ふふふ、もう食べてもよろしいですよ」


 「マジ! じゃあいっただっきまーす!」フリルのゴーサインが出た瞬間、我先に木の枝に刺したと言い張るキノコにかぶりつく。


 「ただのキノコにここまでなれるなんて、どんだけ食べたかったんだよ」


 「わかってないなキミたちは、これよ! 俺の世界じゃ高級食材よ!」


 「普通のどこにでもあるキノコなんですが.........健人さんが喜んでるなら、採ったかいあったかな?」


 フリルの言う通り、わかってないのは健人のほうである。


 事の発端は、健人が武具制作をサボり地下から出てきた時、たまたま家の近くの森でフリルとコットンが収穫したナタレサマダケを焚火で暖まっていたところを見つけた事。


 ナタレサマダケの外見はマツタケに酷似している。そのため一目見た瞬間、健人はマツタケだと勘違いしてしまった。16年の浅い知識では本物とは見分けが付かず勝手に舞い上がり、食べたいと懇願し今に至る。


 「ほらお前たちも食え食え! マツタケなんて一生食べれないかもしれないんだぞ!」


 「私はキノコはちょっと苦手でして.........」


 「うちも.........そもそもこれおつかいだからあんま喰わないでもらえる」


 「おいおいマツタケ嫌いとか、どんだけマセてんだよ! ハハハ!」


 まるで巨額の富を得たかのようにはしゃぐ健人。それを横で「今度草むしりの時、このキノコ渡せば2つ返事でやってくれるんじゃない」と良からぬ事をフリルに耳打ちし、首を縦に振った。


 「ほう~そんなにうまいのかそのマツタケって」


 「だってこれ高級食材だぜ、コロッサス.........あっ!」上を見上げると不敵な笑みを浮かべる。


 「いつまで油売ってんだ! 行くぞ!」


 「あぁ! ちょっと喉詰まるでしょうが!」問答無用に首根っこを掴まれ、フリルとコットン見送られながら村の中まで引きづり込まれる。


 「知ったこっちゃねぇよ」


 「わかった悪かったよ。すぐ残りに取り掛かるよ」


 「お前がキノコ喰ってる合間に終わらせたわ!」


 「え?! 納期は1週間後だろ」


 「事情が変わった。今すぐ出発だ」


 「えぇ?!」健人の想像とは違い。地下の工房へは行かず、村の入り口まで連れて来られた。


 入り口では2頭の馬が引く馬車が止まっており、その横でエーデルワイスが険しい顔で立っていた。


 「わりいなばあさん、今出るぞ!」コロッサスは軽々と片手で健人を馬車の中に投げ入れ、御者台に座る。


 「うわっ?!」訳も分からず宙を舞い、中にいたテカラに軽々と受け止めた。「ナイスキャッチテカラさん。じゃないよ! どういうことか説明してくれよ!」すぐに状況を説明して欲しいと外に身を乗り出す。


 「テカラ、2人を頼んだぞ」


 「はっ! 必ず生きて戻ってまいります!」テカラは心臓に手をあてエーデルワイスに忠誠を誓った後、落ちないよう健人を中に引き入れ馬車は動き出した。


 森を抜けた馬車が草原に降り立つと、コロッサスの緊張の糸が切れ健人に事の経緯を話し始める。


 「いやすまんな。急を要する事態なもんでお前に全て話すとばあさんに殺されちまう」


 「ホントにすまない。私がいて驚いてるだろ」


 「あぁ驚いてるよ。予定じゃ来週出発じゃなかった?」


 健人とコロッサスはエーデルワイスからの仕事で、300本の剣を作りそれを西のエルフの森に届ける予定だった。「見た感じ、足りないような気がするんだけど」積み込まれた大量の木箱の中には100本程しか入っていなかった。


 「お前がサボって出た後、ばあさんがやって来てな。すぐに荷物をまとめて出発しろって怒鳴って来たんだ」


 「エーデルワイスさんが?!」


 「訳を聞いてみたら、険悪な顔でって言ってきた」


 「姪が.........殺された? 話が見えないんだけど」


 想定通りの反応で困っているとテカラが補足で割って入る。「これから向かう村はエーデルワイス様の生まれ育った場所なんだ」


 「へぇ~でも殺されたってモンスターか何かに? だからこの剣を届けに行くの?」


 「モンスターか.........ある意味モンスターと言えるな」


 「じゃあだったらやっつけちゃおうよ!」1人事情を知らない健人とは違い、事情を知る者たちは沈黙を貫く。


 「健人。この世で恐ろしいものは、1に死霊ハイゼンベルク、2に人間だ。おそらく姪を殺したのは王都の奴隷商の連中だろう」


 「奴隷商.........」聞きなれない物騒な言葉に戸惑う健人。


 「子供には酷な話だ。いいのか話して.........」


 「あの村に住む以上、避けては通れない話だ。遅かれ早かれいつか話さなきゃいけない」


 秋の空は変わりやすい。秋晴れが続いた空に雲がかかる。雷雨が降りしきる中、コロッサスは奴隷商について語り始める。


 「読んで字の如く、人を拉致し売買を生業にする輩の事だ。12世紀までは当たり前に行われてたが、時代が進むに連れ戦争の火種になったり階級社会の撤廃が原因で今は多くの国で違法行為とされている」


 「じゃあなんでまだ存在するの?」


 「違法とされているのは人の売買であって、それ以外は対象外。王都では人と大差ないエルフの人身売買が行われてる」


 「ふざけてる.........エルフも人間なのに」


 「そう言ってもらえてうれしいが、人から見れば言葉を喋る動物に過ぎない.........」


 「人間もそうだ、元は猿から進化した動物なのにいつしか自分たちを特別だと思うようになってしまった」


 「どこの世界も変わらないんだな」この世界の負の一面を教え込まれた健人は腹の底からぶつけようのない怒りが湧いてくる。「許せねぇ.........マジでやっちまおうぜ」


 「健人?」


 「あんなの人間のやる事じゃねぇ! 犬や猫じゃねんだぞ馬鹿野郎!」頭に血が昇り目を尖らせ奴隷商と闘う意思を見せる「この俺が作った剣があれば、あんな奴らなんて簡単に.........」


 「落ち着いて、気持ちだけで十分だ」テカラは健人の頭を撫で気持ちを落ち着かせる「闘いは私の専門分野。戦闘経験を積んでいないキミが剣を振っては命を落とす」


 「でも俺、洞窟でオオグモ倒したし.........」


 「人と怪物では闘い方も大きく違ってくる。闘わなくていい」


 優しくもどこかぎこちなく撫で下ろすテカラに説得され、徐々に気持ちが落ち着いていった。「ごめん。俺らしくも無い事言っちゃって.........」


 「心配すんな、思春期ってのは感情的になってムラムラするもんさ」


 「そうなのか.........してたのか」テカラはムラムラと言う言葉の意味を分かっていないようだ。


 「いや違うから! 変な事教えんなよコロッサス!」


 「ハハハ! まだまだお堅いな、お前らは!」険悪な空気を貫くコロッサスの高笑いによって馬車の中が一気に晴れやかとなった。

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