第13話 なり上がる為には
オトギリは決して騒がしい場所が嫌いではない。ウォルター通りに工房を構えたのはここが最も合理的と判断したからだ。
全長2.6キロに及ぶウォルター通りには飲食、雑貨、日用品に加え娯楽、嗜好品など100を超える店が集まっている。オトギリにとってこのウォルター通りは無くてはならない生活の1部である。
「マスター。私この1本で辞めるわ」
彼女にとってこの通りで最もひいきにしている店主キャディスが務める嗜好品店。煙草の販売がメインだが、昨年の増税を機に軽食の提供も始めたこの店でオトギリは最後の一服を嗜んでいた。
「やってらんないわ。1箱350Gだった物が、今じゃ2000Gだなんて」店前に置かれたオトギリの身長に合わせて作られた立ち飲み席にもたれ掛かり、店主に見守られながら愛煙のオールド・モデル17mを嚙みしめる。
「うちとしてかなり痛手でが健康を考えるいい機会なんじゃない」
「今更菜食主義者になって、我慢しながら健康にいいとされる不味い飯食べておばあちゃんになる前に死ねと」根元まで吸い終わった吸殻を灰皿に擦り付ける。「やっぱ無理、煙草なしじゃ生きてけない。いつもの頂戴」そう簡単に断つことが出来なかった。
「1箱2000Gもするけど」
「笑いが止まらないわね。金でも買ってる気分」
「まぁ買う前にこれ吸って見な」キャディスはオールド・モデルではなく、見慣れない茶色の煙草を1本オトギリに差し出す。
「なにこれ?」
「最近の増税で高くなった煙草の代わりに規制の対象外の葉巻の葉で作った煙草だ。生産者曰く、これは
「違法じゃないのこれ?」
「国からの認可はちゃんと降りてる。生産者が連日抗議したおかげでな」
「ふ~ん」手渡されたリトルシガーに火をつけ吸ってみる。「なるほどね.........今吸ってる奴に近いね」
「既存の煙草に似せて作られてるからな。」
「でもなんか吸い口が軽い。もっと重みが欲しいかな」
「今吸ってるのがウエスタン。他にソーサラー、ジャックの3種。どれも450G」
「450Gかぁ.........劣化版って感じがするな」
「それが嫌なら2000G払って吸い続ける? サンプルで10本づつサービスだ」
「マジ?! いいの?」吸殻を灰皿に捨て、カウンターに差し出されたリトルシガーの箱を受け取る。
「お得意様だからな、今後ともうちを頼むよ」
「うんうん! 絶対ここで買う!」まるでおもちゃをプレゼントされた子供みたいに舞い上がり、また1本リトルシガーを吸い始める。
火をつけた途端、店の中から電話が鳴り響く。「はいこちらキャディス」しばらく受け答えた後「オトギリ、通信局からお前にだ」受話器をオトギリに差し出す。
「うん?」
受話器を受け取ると「オトギリ様。電話をお繋ぎいたします」通信局の職員が話した後女性の声に切り替わる。
「あの.........エンチャントを頼みたいんですけど」電話は仕事の依頼だった。
「えぇいいですよ。場所わかります?」
「はい.........以前来た事あるので」
「前にアンタと仕事したっけ? まぁいいや、今から来てください」
「私の事おぼえ.........」女性が話しているにも関わらず、オトギリは用件を済ませると受話器を返した。
「まだ喋ってたみたいだが」
「そう? じゃあ行くわ」キャディスに別れを告げ自宅への帰路につく。
人込みの中徒歩3分の道のりを歩き、自宅に続く路地裏の入り口に着いた。一人の女性が新品の剣を大事そうに抱えて路地裏の中を見つめていた。
「さっき電話した人?」オトギリはその女性に声をかける。
「はい.........」女性は静かに頷くとオトギリは彼女と一緒に工房に入って行く。
女性は一目でわかる程みすぼらしかった。身長165cmのやせ細った体型。綺麗に整っていないぼさぼさの金色の長い髪。ゴミ箱からかき集められたであろう服は、至る所に破れとシミが目立つ。
家に入るとオトギリは工房から紙を1枚彼女に手渡す。「これ契約書。サインしないと仕事受けないから」
「えっ.........前はこんなのなかった」
「トラブル防止のため。嫌なら他をあたれば」
契約書を眺める女性。次第に目から涙を流し震えた声で「わ.........私、字が読めません。書けません.........」オトギリに突き返した。
「はぁ~」オトギリはため息をつき契約書の内容を彼女に読み上げる「1、返品返金をしない事。2、作品に文句をつけない事。3、オトギリのイニシャルを消さない事。4、オトギリを訴えない事。以上の事にあなたは同意しますか?」
「あっ.........どういって?」
「従いますか、従いませんかって意味よ」
「し、従います! 従います!」
「じゃあ名前なんて言うの?」
「.........どの名前を言えばいいんですか?」
「名前なんて1つしかないでしょ。見本書くからそれ見ながら書いて」
女性は少し考えた後恥ずかしがりながら「ツバキ.........です」本名を教えた。
オトギリは床に散らばった本を1冊拾い、表紙に万年筆でツバキと名前を書いて見せる。
少女は万年筆を借り慣れない手つきで契約書に自分の名前を書いて渡した。筆圧も薄く、ところどこ黒のインクが滲んではいるが辛うじて文字として成り立っている。「書きました.........」
「まぁいいか」オトギリは契約書を机の引き出しにしまった。「で、その抱えてるピカピカの剣をエンチャントすればいいの? それともまた腰にぶら下げてるボロボロの奴にする?」
「お、覚えててくれてたんですか.........?!」
「自分の作品は全て覚えてるの。律儀にまた私の所に来るなんて」オトギリは最初から少女の正体がわかっていた。ツバキの腰の鞘には、1月前にエンチャントしたボロボロの剣はまだ形を保っていた。
「言われた通り、あれから頑張ってお金貯めて剣を買いました。なので.........これにエンチャントしてください」ツバキは身を粉にして稼いだ剣をオトギリに渡した。
「確かにまともな剣だな」持った瞬間それがヘイルストロームの
その剣は王宮護衛隊に配備されるガーディアンと呼ばれ、安価で大量生産できる軍用品。経験を積んだ中堅の騎士が新しく慎重する際に破棄されるが、中には貧困層に売りつける者もいる。そのためヘイルストロームでは比較的手に入りやすい。
「なにか要望とかあるの? こんな事ができるようにしたいとか、こんな機能が欲しいとか」
「.........この剣を強くしてください」
「強くって、具体的には?」
「私、この街で1番強くなりたいんです.........だから私が強くなるための剣にしてください!」震える声でツバキは胸の内をオトギリに伝えた。
「強くなるか.........分かった」抽象的注文に戸惑いつつも方向性が決まったオトギリは作業に取り掛かる。
剣を机に乗せ、魔法陣を出現させる。右手に炎を纏い柄頭から剣先にかけてなぞる。
「アンタがどんな身分でどう生きて来たか見ただけでなんとなくわかる」魔法でイニシャルを刻むと魔法陣を消滅させ剣をツバキに返す。「炎の中級魔法を付与した。死にそうになったらヒートウェーブを唱えて地面に突き刺しな、大体何とかなるから」
「これで.........ホントに強くなれるんですか?」
「それはアンタ次第では? 少なくとも剣は強くなった」オトギリは12000Gの小切手を切ってツバキに渡す。「支払いは2週間後まで。1日でも滞納したら取り立てに行くからな」
「は、はい.........ありがとうございました」再び剣を大事に抱えてオトギリに1礼して工房から出て行った。
「ちゃんと払ってくれるといんだけど」相手はヘイルストロームに住まう奴隷。稼ぎのほとんどは親と呼ばれる仲介業者に取られてしまう。
そんな心配をしながら仕事終わりのリトルシガーに火をつける。
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