第14話 現実は甘くはない その3

 西の森へ出発して5日が過ぎた。変わり映えのしない風景に健人は馬車の中で退屈していた。


 「コロッサス~」


 「なんだ?」


 「何でもない~」


 「あっそう」


 初日の張りつめた緊張の糸はとっくに切れ、木箱を枕に床で寝そべっていた。


 「テカラ~」この手の移動に慣れていない健人は暇を潰そうと手当たり次第に声をかけるがみんな2日目で適当に流すようになった。「返事が無い。ただの屍の様だ」


 初めテカラも御者台に座ったり外に出て並走したりしていたが、王都に近づくにつれ露出を控えるようになり、1日のほとんどを寝て過ごすようになった。


 この広い草原には身を隠すような場所など無い。万が一奴隷商に目を付けられ、闘いにでも発展すれば到着が遅くなってしまう。


 「お、そろそろ王都が見えて来たな」


 コロッサスの声に反応を示した健人は、馬車のカーテンを開け外を見渡す。


 「あのでっかい城みたいなのが?」視線の先に、大きな城が白くかすんで見える。


 「あれが王都だ。14世紀、闇の時代を討ち滅ぼし平和の象徴として建国されたが、今じゃ世界一治安の悪い国とまで言われる羽目になってしまったな」


 王都。正式名所、聖ハイゼンベルク王国。14世紀に闇の時代を生き抜いたハント騎士団の子孫達が建国したとされる国。規律と騎士道の精神を重んじたのも過去の話。


 「みんなを目指して田舎から出て来て、故郷の場所を忘れて朽ちていく。何とも哀れな国だよ」


 「俺の世界で言うところの東京なのかな、アレは」


 「王都が見えたって事はもう間もなくだ。テカラを起こせ!」


 馬車の進む先に目的地であるエルフの森が広がっていた。健人がテカラを起こすと馬車は森の中に入り、無数に広がる樹木の間を走り抜ける。


 「うおっ! おおっ?!」乱雑に入り組んだ森の中を走っている為、馬車の中は激しい揺れに襲われる。「だめだ.........吐きそう」


 「もう少しの我慢だ! 頼むからここで吐かないでくれ」揺れに耐えること数分。馬車はなんとか村の中にたどり着くことが出来た。


 「着いたぞ! 積み荷を降ろすぞ!」


 コロッサスの掛け声と同時に健人は外に飛び出し、地面に胃の中の吐しゃ物を全て吐き出す。「あぁスッキリした~」気分よく顔を上げるが、そこには気分を害した男のエルフが立っていた。


 「長旅どうもご苦労であった」眉間にシワを寄せ、健人を蔑んだ目で見つめる。


 「えっと.........すいません。後で掃除しときます.........」印象を悪くしてしまったことを謝罪し、積み荷を降ろしに馬車に戻る。


 健人のいる村とは違い空が木々で覆われて閉鎖的な感じだった。家も木の上に建てられており、それを繋ぐ橋が上空に設置されている。


 「ハハハ、すまんなうちの若いのが粗相をしてしまって」御者台から降りたコロッサスは男のエルフに挨拶をした。


 このエルフの名はエーリッヒ。この村の村長を務める。年はエーデルワイスとさほど変わらない。187cmの鍛えられた体型に腰まで伸びた金髪の長髪。村の長の証である白いローブを着ている。


 「急を要してすまなかった。素材を調達しておいた、残りはこちらで作ってくれ」


 「そいつは手間が省ける」


 「君達」エーリッヒは馬車で荷下ろしを行っていた健人とテカラに向かって「荷物は全て兵舎に運んでくれたまえ」指示を出し、コロッサスを臨時で建てた作業所に案内する。


 「小僧、終わったらお前も手伝いに来い!」


 「承知いたしました!」テカラは右手を心臓にあて、エーリッヒに向けて忠誠を示した。


 「うぃーす!」健人も適当に返事をし「ところで場所分かるの?」とテカラに兵舎の場所を尋ねた。


 「たぶんそこだろう」指さした先には、鎧を身に纏った兵士たちが鍛錬を行っていた。


 「なるほどね」2人は木箱を担いで兵舎へと歩き出す。


 兵舎と言われるほど大きな建物ではない。倉庫みたいな建物と訓練用の整備された土地があるだけ。そこでは兵士が鎧を着けていない一般のエルフたちに指導を行っていた。


 「頼まれていた品をお持ちしました」


 「おう、わざわざ遠いところをすまない。中に運び入れてくれ」男はテカラにそう伝えると指導に戻る。


 建物の中には予備の武具が壁に寄せ集めらていた。どれも年季が入ったもので、中に入った瞬間鎧から発する汗の湿った臭いが充満する。


 「この辺に置いておこう」2人は邪魔にならないよう部屋の隅に重ねるように置いた。


 「うん?」2人が部屋を出ようとした時、健人が何かを感じ1人振り返る。「何か声がしたような」異音は部屋の奥にある扉からだった。


 南京錠で閉められている為中を見ることは出来ないが、気にしかたがない健人は恐る恐る近づき扉に耳を当てる。


 「.........だ、出して.........くれよ.........」


 「えっ?」中から聞こえる掠れた男の声が耳に伝わってくる。


 「そこで何をしている!」


 「うわっ?!」突然エルフの男に背後から服を掴まれる。「ななな何もしてません!」その手にはさっき運び込んだ剣を持ち、鬼の形相で何をしていたか健人に問いただす。


 「どうした健人!」偶然にも離れたことに気がついたテカラが建物に引き返して来た。「その子は私の連れだ! 手荒な真似はよしてもらおう!」すぐに男から健人を引き剥がし背後に回らせた。


 「連れだと? ふん、いい趣味してんだな」


 「何を勘違いしている、彼は武器職人だ。エーデルワイス様の命でこの村に武器を運びに来ただけだ!」


 「そうかよ。なら命令を全うしろ」エーデルワイスの名前を出した途端2人に関心を失い、南京錠の鍵を開け中にいた声の主を連れ出す。


 「やめろ.........やめてくれ!」エルフに掴まれ必死に抵抗示す。頭に麻布を被せられた者の正体は、エーリッヒの姪を殺害した奴隷商の仲間の1人。長時間にわたる拷問の跡が血の滲んだ服から読み取れる。


 「バカ! 時と場所を考えろ! まだ子供だっているんだぞ!」何かを察したテカラは必死に止めるよう問いかけるが、耳を傾ける事なく建物の外に出て行った。


 「何が始まるんだ.........」


 「決して外を見るな」そう言い健人の耳を手で塞いだ。


 やがて外から聴こえるエルフたちの怒号が微かに聞こえた後、怒号が歓喜の叫びへと変わっていった。

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