第15話 ヘイルストロームの奴隷

 約束の支払い期日の1月が過ぎた。今日までツバキはオトギリの工房に訪れる事はなかった。


 「あのボケが.........」机に座りソーサラーを吸いイラつくオトギリ。「この煙草を吸い終わるまでに来なかったら殺す」


 猶予はそんなにはない。フィルターギリギリにまで達したリトルシガーがそれを物語る。やがてフィルターに到達したリトルシガーを灰皿に擦り付け、颯爽と工房から出て行く。


 ヘイルストームは王都の東に位置する最大の貧困スラム街。片道1時間の距離を国営の馬車に乗って移動する事に。ウォルター通りの外れの公道で馬車を止め「ヘイルストロームまで」御者に行き先を伝える。


 「勘弁してください、あそこは管轄外です.........」


 「なら近くまでいい。倍の料金を払う」


 「倍ですか.........ヘイウッド通りの国税局までよろしいでしょうか?」


 「構わん」御者の老人の説得に成功したオトギリは馬車に乗り込み出発する。


 通常は客と御者の間で運賃の交渉は禁止されているが、ヘイルストロームなどの一部交通が禁止されているエリアでは内密で価格交渉ができる。無論この事がバレれば御者は罰せられ職を失うが、1日の推定売上ノルマを達成するために仕方なく行う者もいる。


 「あの.........あちらにはどのような御用で」


 「滞納した奴をシバキに」車内で窓を開けリトルシガーに火をつける。


 「困ります、一応禁煙なので」


 「窓開けりゃ匂いつかないわよ」


 それ以降会話が発生することは無く、目的地の国税局に着いた。


 「4000Gになります」倍の料金を御者に手渡し降りると、馬車は一目散に走り去って行く。


 オトギリはヘイルストロームに向けて歩き出す。国税局が近くにある関係上辺りは秩序が保たれた閑静な通り。


 歩くに連れ次第に雲行きが怪しくなる。きちんと舗装された道に亀裂が現れるようになったり、腐敗した刺激臭が鼻に漂ってくる。


 そして曲がり角を通り、ヘイルストロームの入り口へと辿り着いた。


 「マジ最悪.........」


 先ほどまでとはまるで別世界。腐りかけの家屋が建ち並び、糞尿と違法薬物の混ざった臭いが充満する無法地帯。


 並の人間では、とても入る勇気が湧いてこない。それでもやらなければいけない、意を決してオトギリはヘイルストロームに足を踏み込む。


 「よう嬢ちゃん.........一晩500Gでいい夢見せたるよ」路上では男女問わず溺れた人間がその日凌ぎの金のためにウリを行っていた。その1人に声をかけられた。


 「奴隷商を探してるの。知らない?」


 「奴隷より高品質で格安だぞ〜絶対後悔させない」聞いてもいないのにしつこく宣伝してくる中毒者ジャンキーに腹が立ち、アソコ目掛けて蹴りを入れる。「あう〜!」激痛に襲われ倒れこむ。


 「確かに、蹴りがえがある」憂さ晴らしを済ませリトルシガーを咥えて再び歩き出す。


 少し探すと路上で男に鎖で繋がれた少女を見つけた。「奴隷を探してる」何か知らないか男に話しかける。


 「職を失いこの地にやって来ました。恵みを我に与えてくだされ.........」


 彼らの正体は物乞いだ。悲劇の親子に見えるが「どこの世界に子供を鎖で繋ぐ親がいる」一目でそれが演技だとわかり、少女の足元にある皿に吸い殻を投げ入れる。


 「どうかあなたに神のご加護を.........」小銭を投げ入れた勘違いされオトギリに感謝を述べた。


 「神に見捨てられた奴に言われたくない。それより奴隷を探してるの、売ってる所知らない」再び問いただすが返事はなかった。目元を手で振ってみるが、一切目が動かない。男は薬物の乱用による意識障害を起こしていた。


 それがわかるとすぐに男から鎖を離し、少女を立たせた。「ここを出て右に曲がって走れば国税局が見える。運が良ければ保護してくれる」そう言うと少女は全速力で来た道を走り去っていった。


 手が掛かり掴めないまま再び歩き出したオトギリ。行手に見える露店で出何処不明の肉料理を売る店主に話しかける。「奴隷を探してるの? 何処で売ってるか知らない」


 「おいカマル! 客だ」店主が誰かの名前を叫ぶと隣接されたテーブル食事をとっていた男がオトギリに近づいて来た。


 「奴隷が欲しいのか?」男は奴隷商のカマルという男。身長183cmのヘイルストロームでは珍しいガタイの良い大男。3mmに刈られた坊主頭に威圧感のある黒い革のコートを羽織っている。


 「ツバキってエルフいるよね。用があるんだけど」


 「うちは人間しか扱ってない」商品であるツバキの名前を出され、咄嗟に嘘をつく。


 「舐めんな24年王都に住んでだぞ、エルフ売ってんのはアンタのとこだけぞカマル」


 「はぁ.........で、ツバキに何の用だ」


 「1月前にエンチャントした代金12000Gの徴収に来たのよ」


 「チッ。あのマヌケが.........今外に出てる、戻るまでうちで待ってろ」事情を聞いたカマルはオトギリを自分の店まで案内する。


 カマルの店はヘイルストロームでは珍しく大きい。それだけ奴隷商は儲かる。


 売人である彼は、狩人と呼ばれる下っ端から拉致したエルフを買取、それを王都で高値で売り捌く。買い手は富を腐れせた富豪に水商売の経営者など、オトギリに続き王都ではそこそこ名が知られている。


 「ここで待ってろ」


 カマルの店に着いたオトギリは牢屋が建ち並ぶ店の中でツバキの帰りを待つ。


 「気分悪いんだけど.........」牢屋の中には様々なエルフが怯えるようにオトギリを見つめていた。まだ幼いエルフから熟れたエルフまで、買い手の要望に応えるために幅広く置いてある。


 そんな環境の中で待つこと数分。ツバキが息を切らしながら走って帰って来た。


 「た.........ただいま戻って.........きました」膝に手をつき、息を整え顔を上げた瞬間オトギリと目が合った。「ひぃ.........オトギリさん.........!」まるで幽霊でも見たかのように腰を抜かしその場に座り込む。


 オトギリはすぐさまツバキに駆け寄り彼女の髪を掴んで「なんで1度も顔を出さなかった!」鬼の形相で怒鳴り散らかす。


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! お金用意できなくてごめんなさい!」必死に泣きながらオトギリに謝るツバキ。奴隷生活で培った心からの謝罪方法であった。


 「金が用意できねぇなら尚更顔出しに来いや! こっちだって期限伸ばしてることぐらいできんだよ!」


 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい! お金稼いでもカマル様にほとんど取られてしまうんです! それにカマル様が払わなくていいって小切手破いて捨てたんです!」

 

 「カマル.........!」オトギリはカマルを睨みつけ、ツバキから手を離し駆け寄る。「きっちり払って貰おうか、代金12000G」


 「俺はお前に仕事を頼んでない」


 「この場合アンタにも支払いの責務が発生するんだが」


 「お前がそう出るなら、こっちも出ざるおえんな」両者互いに譲らない睨み合いが続く。オトギリの背後に6人のカマルの仲間たちが囲む「うちの商品に手を出した代償だ」


 6人は一斉に剣を抜き、オトギリに襲いかかる。

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