世界を狂わす黒剣

第55話 死別

　これまでツバキの動きを封じる魔法を繰り出していた。「これ以上長引かせるわけには行かない」オトギリは上着を脱ぎ捨て、強行手段に出る。

　「何をする気だ.........？！」

　「そのガキを連れて離れろ。少々派手に暴れる.........」コロッサスに告げると、深呼吸してゆっくりとツバキに向かって走り出す。

　「まさか殺すんじゃ.........」

　「オトギリはボコボコにはするが、殺すまではやらねぇ」コロッサスは脱ぎ捨てられた上着を拾い、健人と共に後ろに退がる。

　「ツバキ」

　「何よ.........今度こそ殺すわよ！」向かってくるオトギリと話した直後、四方八方に無数の短剣が現れた。

　「1秒やる、聖剣を捨てろ」目の前にいたオトギリは一瞬でツバキの背後を取り警告を告げる。

　メイン・ウェザーラウンド5を発動し高速で接近、任意のタイミングで爆発させる魔法チャーリー・スーをツバキの腹部に設置した後、両手の魔法陣から大量の短剣を生成し周囲にばら撒き背後に回った。この一連の工程をオトギリは1秒足らずで成し遂げた。

　全ては聖剣アトラカヨトルの思考を鈍らせるため。聖剣は所有者を保護するために自立思考が備わっていると考えたオトギリはこの様な策を編み出した。

　「はっ？！」周囲に夥しい数の短剣を目の当たりにしたツバキは、腹部から発光する赤い光び照らされ怯えた表情を見せる。

　「1.........」猶予のカウントダウンを告げるが、ツバキの右手には聖剣が握られていた。忠告に従わなかったため、設置した魔法を発動させる。無数の短剣がツバキに刺さると同時に、チャーリー・スーを爆発させた。

　体を震わす爆音と共に爆心地から黒煙が立ちのぼる。避難した健人とコロッサスが呆然と眺めていると、下着姿となったツバキが突然目に前に現れた。

　「なっ、避けたってのかアレを？！」黒煙が晴れ、無傷の姿のツバキを目視する。

　「い.........生きてる？」ツバキは自分の姿に戸惑いながらも、コロッサスの手からオトギリの上着を奪い醜態を隠す。

　「チッ.........苦渋の選択まで追い詰めたのに、聖剣が私の思考を上回るか？！」オトギリはメイン・ウェザーラウンド5を発動し高速でツバキに駆け寄る。

　音速に匹敵する速度で詰め寄る中、突如目の前にツバキが現れ、顔を掴まれ「さっき.........殺そうとしてたよね」一瞬にして地面に叩きつけられ、気づいた時にはひび割れた地面に背を向け、空を見上げていた。

　「はっ、やば？！」目線の先に迫り来る剣先を横に転がって避け、立ち上がってメイン・ウェザーラウンド5で距離を取る。

　大きく距離を離したが、オトギリよりも速い速度で徐々に追いついてくる。「どうしてそんなことするのよ！　この殺人者！」逆手に聖剣を握り刺しかかる。

　「幻獣サロニール！」オトギリは左腕を構え召喚魔法を詠唱すると、背後から紫の魔法陣が現れ「こうでもしなきゃ、聖剣を止めることが出来ないのよ！」拳を突き出すと魔法陣から獣の剛腕が現れ、ツバキにサロニールに拳が直撃する。

　空虚の壁で防がれるも、オトギリはすぐさま側面に周り、雷拳を発動させツバキの左肩目掛けて殴りかかる。

　「がッァァァァァァァァ！」数万ボルトの高圧電流を喰らい激痛の叫びを上げるツバキ。体勢を崩し、地面に吹き飛ばされる。「オトギ.........ぃいいアアアアっっっ？！」雷拳の影響で左腕が動かなくなったツバキ。聖剣を地面に突きつけ、なんとか立ちあがろうとする。

　「させん」オトギリが指を鳴らすと、ツバキの頭上に先ほどの魔法陣が現れ、サロニールの剛腕がツバキの背中にのしかかる。

　「ぐほッ？！」ツバキは再び地面に押させつけられ、弾みで聖剣から手を離してしまった。

　オトギリはメイン・ウェザーラウンド5ですぐさま駆け寄り、突き刺さった聖剣の持ち手を握る。「もう終わりだ.........」地面から引き抜こうとした時、ツバキが聖剣の剣身を強く握り込む。

　「まだ終わりじゃない！」

　「復讐はお前に代わって誰かが成し遂げる、今は大人しくしていろ」

　「私じゃなきゃ意味がないのよ！」ツバキの右腕が血で赤く染まる。

　「やめろと言ってるのがまだわかんないのか！」

　「うっさいチビヤニ！」オトギリを睨みつけ罵声を浴びせた瞬間、聖剣と共にツバキは地面の中へと沈んでいく。

　「なんだと？！」聖剣がオトギリに手からするりと抜け落ちた。見たこともない現象に戸惑いすぐさま掴もうとするが、聖剣はツバキと共に地面の中へと完全に沈んでいった。「バカな！　なんの魔法なの？！」

　魔法に精通しているオトギリですら認知していない魔法を使い完全に姿を消したツバキ。

　「地面に消えた.........どこから出てくる？！」感覚を研ぎ澄まし、極度の緊張状態の中視線を地面に移し捜索するオトギリ。

　その背後から、静かにツバキが地面の中から姿を現し、オトギリの背中に聖剣を突き刺す。

　「うぐっ.........？！」ツバキに気づかなかったオトギリの腹部からは、鮮血に染まった剣身が突き出ていた。

　「くたばれ.........オトギリ！」ツバキはオトギリの背中を蹴り飛ばし、聖剣を引き抜いた。重傷を負ったオトギリは、そのまま地面にうつ伏せに倒れる。「.........どうせ生きてるんでしょ！」

　ツバキが聖剣に付着した血を払い落とすと、地面に倒れたオトギリは何事も無かったかのように立ち上がる。「ならさっさとトドメ刺せば？」腹部に血痕が付着しているが傷は消えていた。地面に倒れる寸前ジャスト・ヒリングを発動させ、一命を取り留めた。

　「私優しいからさ.........アンタが必死に探ししてるのを地面から見て.........半殺しで勘弁してあげる」

　「情けのつもり？　深傷で負わしたから調子づいたわけ」

　「もう私は弱くない！　アンタを超えた！　あのジジィ連れて復讐が終わるまで指咥えて眺めてろ！」

　「借り物の力でよく言うわ.........幻獣サロニール、連結」残された魔力を使い、背後に魔法陣を出現させる。中から枷の付いた鎖が5本現れ、オトギリの首と四肢に装着した。「最後にもう一度だけ言う、聖剣を捨てて私に言うことを聞け！」

　「.........聞いてくださいツバキさん、でしょ」

　「黒龍弾！」オトギリは魔法を詠唱し、右手に魔力の球体を出現させ、ツバキに向かって飛びかかる。球体は黒い炎を纏い、ツバキに迫る。

　「今更何が来ようと.........私には通用しない！」発光した聖剣を振りかぶり、迫るオトギリの右手に向かって斬り込む。

　「ツバキ！」

　「くたばれー！」黒龍弾と聖剣が激しくぶつかり合う。互いの魔力を賭けたこの闘いの勝者は、聖剣の並外れた力を持つツバキだった。

　聖剣は黒龍弾を斬り裂き、オトギリは黒龍弾の爆発を喰らい、後方に吹き飛ばされた。

　「オトギリー！」遠くからコロッサスの叫び声が響き渡る。地面に叩きつけられたオトギリは、ボロボロとなって動かなかった。

　闘いに制したツバキはゆっくりとオトギリの元へと歩み寄る。煤だらけとなったオトギリの右腕は紫に変色していた。脈を測ろうと左手を近づけた瞬間、微かに体が痙攣し辛うじて一命を取り留めていた。

　ツバキはそのまま放置して健人とコロッサスの方を振り向く。「そんな.........ツバキ.........」

　「逃げるぞ！　けん.........」殺気を感じたコロッサスが健人を連れて逃げようとするが、ツバキが高速で目の前に近寄ってきた。

　「逃がさない.........」

　「健人、逃げろ！」健人を退がらせ、鞘に収めた剣に手をかけるコロッサス。

　剣を引き抜き応戦しようとするが、ツバキは聖剣を通じてカゼキリを発動し、コロッサスの右腕を斬り落とした。「ぐぉおおおあお！」

　「うぁあああ！　コロッサス！」目の前で腕が切断され腰を抜かす健人。

　ツバキは痛みに苦しむコロッサスの服を掴み「ジジィ.........あの時のお礼よ.........」コロッサスの腹部に聖剣を突き刺す。

　「うっ.........ゴホッ！」

　「あぁぁ.........何するんだよ！」

　「あの時私を.........殺そうとした！」ツバキは突き刺した聖剣を小刻みに動かし、更なる苦痛を与える。「エルフを殺す人間は.........」聖剣を抜き、地面に膝を突いたコロッサスの首に剣身を押し当て「この手で皆殺しにする」聖剣を引き首を斬り裂いた。

　「あぁぁ.........あぁぁぁ.........」首から大量の血を流し、健人の目の前に倒れたコロッサス。一時の痙攣を見せるも、ツバキの手によって呆気なく殺されてしまった。「.........コロッサス.........コロッサス！」

　健人が必死に呼びかけるがもちろん反応はない。やがて背中から流れる血が足に伝わり、恐怖で涙を流しす。

　「.........もう.........私の邪魔をする者はいなくなった.........」健人を見つめ不気味に囁くツバキ。

　「よくも.........コロッサス.........コロッサスを.........」怯えた表情でツバキを見上げる健人。

　「.........さぁ.........一緒に復讐の.........」

　「よくもコロッサスを殺しやがって！」

　「続きをしましょう.........ケント」聖剣を鞘に収め、笑みを浮かべて健人に復讐の続きを囁く。

　「うるさい！　お前なんか！　お前なんか！」怒りと恐怖の混ざった顔でツバキを睨みつける健人。「死んじまえばいいんだ！」もう目の前にいるのはツバキではない、師匠を殺した憎き人殺しであった。

　健人は憎悪と憎しみによって支配され、ツバキに対して思っていることを口に出した。聖剣アトラカヨトルの剣が目に前にあるにも関わらず。

　「ならお前が死ね！」一瞬にして豹変したツバキは、両手で健人の首を絞め地面に叩きつける。「死ね！　死ね！　人間なんてみんな死ねばいい！　子供だろうとなんだろうと等しく私が殺してやる！」

　首にツバキの全体重が乗り、呼吸が出来なくなり全身から力が抜くていく。もう健人には生きる時間は残されていなかった。

　薄れ行く意識の中、健人は最後の力を振り絞り「ぜっ.........たいに.........こ.........ろ.........す」ツバキに復讐を告げる。